魅せるのはっ!
いろいろありました。
ええ、ほんとにいろいろありました。
思い返せば、なんだかとんでもないことばかりだったけれど……ついに、ついにですよ。
ついに、決闘の最終日ですよ!
最終日、残されたカードは両クラス一枚ずつ!
あっちは、代表のゼファー=ローゼンベルク君。
舞台に出たローゼンベルク君の顔色は、なんだろ、こころなしちょっと悪い?
どうしたんだろうね?
まあ、それは置いておいて。
じゃじゃーん!
はいこちらのカードです!
ついにあの人の登場です。
いまだに能力的には未知数なところが多い。
いつも笑顔で動じない。
そんな可愛いあやつ。
そう……ナァアアアアユゥウウウウタァアアアア、ひゃはぁあああああああ!
どんどんぱふぱふー。
ナユタ選手、入場です。
なんともリラックスした様子。
ローゼンベルク選手を前に欠伸すらこぼしそうな雰囲気だ!
ほんと余裕だなあの子!
さすが特別クラスの皆が勝利を確信しているだけはある。
ところで、そんな特別クラスの皆だけれど。
「古今東西ゲーム! はい、じゃあお題は『怖いもの』で! はい!」
「……母様」
「……母さん」
「……笑顔で怒ってるお母さん」
「……戦いに飢えた状態の母様達」
「……某姉妹の喧嘩」
「……お父様の鈍さにキレたお母様」
ゲームして遊んでます。
ちなみにアイリス、スイ、エレナ、茉莉、ソウ、小夜の順番。
ナユタが余裕ならこっちも余裕っすわ。
ていうかあの、怖いものの偏りがひどいんだけど。皆どんだけ母親怖いの?
あとソウ、某姉妹って誰?
なんだか一気に皆の顔が沈痛なものに変わっちゃったんだけど。
……そこまで母親怖いのか。
そういえばイリアさんとかとんでもなかったしなあ。
アイリス以外の母親も皆あんな感じだとしたら……そりゃ怖いか。
「じゃ、じゃあ好きなものは!?」
雰囲気を変えようと逆のものを聞いてみる。
「母様達に給料をかつあげされながらも笑顔の父様」
「母さん達にぼこぼこにされながらも笑顔の父さん」
「お母さん達に怒られながらも笑顔のお父さん」
「戦いに満足した後の母様」
「……担い手」
「お母様ののろけ話をしている時以外のお父様」
これまだ順番はアイリス、スイ、エレナ、茉莉、ソウ、小夜である。
ほんとに偏るなこの人達。
そしてそこの三姉妹、あんたらの父親はどんな人物だ。
あとソウ、担い手ってなにさ、担い手って。
不思議がいっぱいだけど、さっきの重たい空気は払拭されたからいいとしよう。
……さて、そろそろ試合開始の時間だろうか。
そう私が舞台に視線を向けた瞬間。
試合開始のブザーが鳴り響いた。
†
ゼファーは双剣を手にしている。
その双剣の色は、それぞれ純白と漆黒。神聖と邪悪の気配がそれぞれの刃から放たれている。
……また、面白いものだ。
あれはただの双剣ではない。
緋色の不完全な《顕現》と良く似ている。
あの双剣は《顕現》の力で作りだされていた。
とはいえ、緋色のように不完全だから武器という形でしか使えない、というわけではないだろう。
あるいはあれは、小夜の《顕現》にも近いかもしれない。
小夜の《顕現》は《顕現》をせずとも《顕現》をした力を振るうという矛盾を許容する《顕現》だ。
いうなれば、ゼファーは緋色と小夜の《顕現》を掛け合わせたような《顕現》の使い方をしていた。
そんなことをするのは、小手調べ、といったところか。
……小手調べをされるほど弱くないつもりなんだけれどね。
とはいえ一瞬で終わらせたりはしない。
しっかりと魅せなくてはならない。
あと、ほんの少しだけれど、彼らがどうして特別クラスに挑んだのかも気になる。
まさか本当に特別クラスが気に入らないから、なんて理由ではないだろう。
そんな理由で、彼らほどの《顕現》が出来るわけがない。
……一部、例外はいたけれど。
悠長に考え事をしていると、ゼファーの姿が消えた……かと思うと、私の目の前にその姿が現れる。
距離や時を超越する。
まあ、《顕現》としては初歩の初歩もいいところだ。驚くまでもない。
黒と白の双剣が認識外の速度で振るわれる。
認識の超越。
その超越を《顕現》ならざる《顕現》で打ち破り、私はゼファーの動きに反応する。
振るわれた二色の斬撃を、右手人差し指の爪で全て逸らす。
別に馬鹿にするわけでも卑下するわけでもないけれど、小夜に出来て私に出来ない道理はない。
《顕現》をしない《顕現》くらいは余裕だ。
最後に左右から振り下ろされる双剣を人差し指と中指、薬指と小指で挟んで受け止める。
「なるほど……これが、特別クラスの中で尚特別とされる人間の実力か」
「特別クラスの中の特別……って、どこでそんなこと聞いたの?」
「見ていれば分かる。明らかにお前だけは、他と纏っている雰囲気が違う。他からお前に向けられる視線も、やはり普通のものではない。信頼……とも少し違うように思えるがな」
「……よく見てる、って言うべきなのかな。正直、そのあたりはあまり自覚がないんだけれど」
「己のことには誰しも鈍くなる。俺とて……今、自分のしていることがよく分からなくなってきている」
「へえ?」
興味深い言葉が飛び出した。
「なにが分からないっていうの?」
ゼファーの目が細まる。
「……お前らはなんなのだ」
「なに、って?」
「そのままの意味だ。特別クラスが存在する意味が、俺には分からん。意味もなく、ただ特別として扱われているようにしか見えん……見えなかった」
「過去形なんだ?」
「《顕現》の異常な暴走といい、昨日の意味不明な現象といい……細かいところから言えば違和感は山ほどあった。ああ、なるほど、確かにお前らはなにかが特別なのかもしれない。そう思うようにも、なっている」
「だったら――」
戦う意味なんてない、そう続けようとした。
「だが!」
ゼファーの双剣から白と黒の輝きがあふれ出す。
「それでもやはり同じ生徒として、特別などという枠組みは不要だと俺は信じている! ここまで来てしまったのだ……もう後には退けん! 終わりは、我らの信念が折れるか、特別クラスが消えるかの二つに一つだ!」
「……そっ、か」
なるほど。
なかなかの信念だ……と思う。
けれど私には、よく分からない。
ゼファーが語った言葉の中には、どことなく義務感だとか責務だとか、そんなものが感じ取れた。
けれどそれは、なんというか……あくまで公的な気持ちであって、私的ではない。
主観でなく、客観なのだ。
ゼファーにとって、今回の行動に己というものはあるのだろうか?
漠然と、一生徒として、学園のために……そんなものしかない気がする。
私にはそれが分からない。
私は己のない信念なんて、理解できない。
それは一体、どういうものなのだろう。
自分のしたいようにすればいいのに。
自分のためになることをすればいいのに。
それがいやなら投げ出してもいいのに。
そう思ってしまう。
退けない?
退かないだけじゃないの?
分からない?
じゃあ逃げ出しちゃえばいいのに。
そんなふうに考えてしまう。
私は、誰かの為の信念なんて持てない。
それほど私は余裕を持てない。
自分のことで、手一杯なのだ。
それを考えると、もしかしたらゼファーは私よりも凄いのかもしれない。
いや、凄いのだろう。
尊敬する。
だが――それが強さに直結するかといえば、悲しいことに、そんなことはない。
《顕現》とは己を信じる力。
ならば、自己陶酔こそ《顕現》の力の源とすら言えるだろう。
そうなればきっと強いのは、他の誰よりも自分を優先する、この私なのだろう。
「答えが二つに一つっていうなら、それはもう決まっているよ」
小さく笑う。
ゼファーの言い分は分かった。
間違ってない。
ああ、きっとなにも間違えていないのだ。
けれど、負けはしない。
何故なら特別クラスが存在することを、私は間違いだと思わないから。
私がいまいる場所を間違いだなんて、とてもじゃないけれど思えないから。
どっちも間違いじゃないなら、最後にまかり通った方こそより正しい。
そうでしょ?
「答えは、貴方達の信念の敗北だよ」
「っ、舐めるな!」
ゼファーが私から距離をとる。
「俺は、ここまで力を貸してくれた皆のためにも負けられんのだ!」
双剣の輝きがさらに強まる。
白と黒の輝きは、そのままゼファーの身体を侵食していく、
ゼファーの身体が輝きに溶けて、再構築されていく。
純白の右手甲。漆黒の左手甲。
両の手首からは、鋭い三本の爪が伸びている。肘や肩から鋭い角のようなものが伸びていた。
白と黒は混じり合うことなく、螺旋を描くようにゼファーの胴を包み鎧となる。
純白は兜に。漆黒は腰から下を覆う布に姿を変えた。
それは、清濁を象徴したような歪な騎士だった。
両手首から生えた爪が大きく開く。
「……貴方に敬意を表して、選ばせてあげる。万能、守護、創造、疾走、破壊、追求……さ、どれがいい?」
「なにを言っている?」
「いいから、選びなよ」
「……」
「なら、全てだ」
「全て?」
思わず苦笑する。
「そう。全て見せろ」
「なるほど……そういえば、数は指定していなかったっけ」
でも、本当にいいのだろうか?
……まあいいか。
「なら、約束通り、全部魅せてあげるよ。私の《顕現》を……まずは、そうだね。追求からにしようか」