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試練はっ!


 暗闇の中を漂うように私は浮かんでいた。


 突然、情報が頭に叩き込まれる。


 文字通り、叩き込まれたのだ。


 試練ナンバー〇。


 現れる幻影を倒し続けること。


 幻影にやられた場合、精神が摩耗することになる。


 精神が摩耗し続けた場合、それは死に繋がる。


 ……ちょっとぉ!?


 なにそれ内容グロいんじゃないですかあ!?


 ――試練開始。


 そんな文字が脳裏に浮かぶ。


 次の瞬間、暗闇に光が差した。


 眩い光に、思わず目を瞑る。


 すると、足の裏に地面の感触を覚えた。



「え……?」



 驚いて目を開けると、そこはもう暗闇でもなければ、眩い光もなかった。


 ビルのような高い物体が辺り一帯に聳えた空間だ。足元は黒いタイルで覆われ、空は雲ひとつない青空。


 そしてビルのような物体は……全て本棚だった。


 憶などではとても足りない。兆ですらも。


 眩暈がするほど大量の本が、あった。



「なに、ここ」



 信じられないくらいに巨大な図書館、とでも言うのか。


 空があるじてんで館ではないけれど。



「どうしてこんなとこ――あ?」



 最後変な声になってしまったのは、なにも私の頭がアレなせいではない。


 変な声が出たのは、変なものを見つけたからだ。


 人だ。


 人が向こうから歩いてくる。


 笑顔で。


 それ自体は、別におかしいことじゃないのかもしれない。


 でもその人は、私のよく見知った顔だった。


 そりゃあそうだ。


 毎朝、顔を洗う時に熱い視線のやりとりをする相手なんだから。


 つまりは、私がいた。


 私は笑顔で私のところまで歩いてくる。


 え、なにこれ。


 ぶっちゃけ自分が近づいてくるとかホラーなんですけど。


 思わず一歩あとずさる。


 近づいてくる私が笑顔で大きく手を振ってきた。


 頬を引き攣らせながらも、私も手を小さく振り返す。


 次の瞬間。


 胸が、熱くなった。


 比喩表現じゃないよ。


 出会った瞬間に私は恋に落ちた、とかじゃ決してないよ。


 見下ろす。


 私の胸に、なにかが突き立っていた。


 それがなんなのか、分かっているのに、判断できなかった。


 あまりにも馴染みがなかったせいだ。


 剣。


 一本の剣が根元まで深々と私の胸に、心臓に突き刺さっていた。


 熱いが、痛いに変わった。


 違う。


 熱くて痛い。


 ううん。


 熱いのが痛い。


 ああ、もうなんだかわけがわからない。


 熱い。熱い。熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い!


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


 そして、身体から何かがこぼれ落ちて行くような感覚。


 これって……。


 それを実感しながら、私は何気なく顔をあげた。


 私が、まだ笑顔で私に手を振っていた。


 振られているのとは逆の手には、一本の剣が握られていた。


 笑顔のまま、私は剣を振りかぶる。


 ああ――そっか。


 あれが、幻影ってやつなのか。


 気付いたと同時、私の顔面に私の投げた剣が突き刺さった。



 気付いたら同じ場所に立っていた。


 違う。


 戻ったのだ、と頭に叩き込まれた知識が教えてくれた。



「リトライ、か」



 おいおい冗談じゃないって。


 つうことは、なんですか?


 ――再び向こうから現れた人影に、笑うことすら出来なかった。



「もう一度、っすか」



 剣が目で追えないくらいの速度で跳んでくる。



「っ……!」



 どうにか私はそれを回避した。


 私の背後にあった本棚にその剣は突き刺さる。



「……うっわ」



 刀身の半分くらいまで突き刺さってる。


 そりゃ私の胸とか顔とか簡単に突き刺せますよね、この威力なら。


 私の姿してる癖にスペックはダンチですな。


 さらに剣が飛んでくる。



「ど、どっちから取り出してるのか私は知りたいですぜ!?」



 幻影は、どこからともなく剣を取り出してくる。



「このままじゃ……!」



 やられる。


 そう思った私は、反射的に本棚に突き刺さった剣に手を伸ばしていた。


 とにかく武器。


 それで、応戦しなくちゃ。


 こんなふざけた空間から脱出するには、あの幻影とやらを倒さなくちゃいけないらしい。


 やってやろーじゃねーの!


 剣を引き抜――けない。



「へ?」



 へえ、剣ってここまで刺さってるとそう簡単には引き抜けないものなんだねえ。


 なんて感心する暇もなく。


 私の側頭部に幻影の投げた剣が突き刺さった。



「りとらぁあああああああああああああああああい!」



 どうしろっていうんじゃあああああああああああああ!


 死ぬのもうやだ!


 普通に痛いんですけど!?


 っていうか頭刺される感触とかなにあれキモい!


 このままじゃ私、発狂するよ!?


 わりかし真面目にピンチだ。


 とか思っている間に向こうから幻影さん登場わーぱちぱち!


 じゃねえ!


 とりあえず逃げよう!


 そう判断して、私は飛んでくる剣を回避しながら本棚の陰に跳び込む。


 そのまま、幻影からとにかく遠ざかるために走る。


 けれどこの空間の果てはどこにも見えなかった。


 どんだけ広いんだ、ここ!


 しばらく走ったところで、本棚にもたれかかる。


 荒れた息を落ちつける。



「はあ……まったく、激しいヤツだぜ。こんな調子で毎晩相手してくださいってかぃ? おいおいアチシがミイラになっちまうぜ」



 とかほざいてみる。



「にしても、ほんとに凄い量の本」



 改めて本棚ビル群かっこ私命名かっことじを見上げる。



「一体どんな本を置いてるのさ」



 興味が沸いて、本棚に並んでいる本のタイトルを見てみる。


 ――今日から始める魔術入門。


 ――簡単お手軽暗殺術。


 ――毒殺を極めたいアナタにこの一冊。


 ――超古代技術研究書・初級編。



「……おおぅ」



 なんじゃこれは。


 こんな物騒な本ばかり……もしかして全部こんな感じなの?


 こりゃあ……全部読んだらとんでもない人間になれそうですなあ。



「あっはっはぐべっ!?」



 首に灼熱が走る。


 赤い液体が飛び散った……私の首から。


 手でおさえるが、おさえられない。


 血が、溢れだしていた。


 振り返ると、剣を突き出した幻影さん。


 あー……。


 ばたり。



「りとるぁああああああああああああああああああい!」



 いい度胸だこん畜生!


 私ぁ趣旨を把握したぞ!


 つまりあれか。


 ここにこれだけ物騒な本があるってことは、つまりだ!


 この本で勉強してあの幻影ぶっ倒せってことですね!?



「どおだ正解だろうがこの野郎、ざまあ見やがれ、首洗って待ってろよ! げははははははははははは!」



 とか笑ってたら首が落ちた。


 もとい落とされた。


 次いってみましょー!



「り☆と☆ら☆い」



 というわけで百とんで一回目のリトライでございます。


 聞いてくださいよ奥さん。


 あの幻影ったらわたくしが真面目にガリ勉してるのに横から剣で刺してきたりして邪魔してくるんですのよ?


 困った子ですわねえ。


 だがしかし!


 そんな横暴も今日までだ!


 もう体感時間とかぐちゃぐちゃで痛覚とか「え、腕? どーぞどーぞ」くらいおかしくなってるし、血を見てもうわー私また死んじゃうテヘくらいにしか思わなくなっちゃったけど、それでも私は!


 私は!


 私は!


 わ・た・し・は!


 横から剣が飛んでくる。


 私はそれを、指二本で挟むように受け止めた。


 身体強化!


 このスキルを手に入れたぜ私!


 さすが私頑張った!


 百一の命を犠牲によく覚えた!


 これでかつる!


 幻影が次々に剣を投げてくる。



「きかぬわぁ!」



 それらを全て、素手で殴り飛ばす。



「ふはははは! うぬの力はその程度か!」



 いいながら、私は剣を弾きつつ一瞬で幻影との距離を詰める。


 そして、幻影の手から剣を奪い取る。



「これでお終い!」



 剣を、幻影の胸に突き立てた。


 生々しい感触。



「……ぁ」



 漏れた声は……私のものだった。


 なにこの感触。


 この感触は……知らない。


 それはそうだ。


 これまでは、私が刺される側だったから。


 でも、今刺しているのは私。


 私の剣が幻影を突き刺していた。


 幻影の身体が崩れ落ちる。


 その際に剣が抜けた。


 赤い血が幻影の胸の傷から溢れだした。


 幻影の眼から光がなくなる。



「……やべ」



 剣を取り落とし、私は地面に尻もちをついた。



「殺しちゃった」



 命を奪ったという感触。


 これが幻影だとは分かっている。


 でも、リアルすぎる。


 こんなの……キツいって。



「っ……!」



 口元を押さえる。


 吐かないぞ。


 吐くとか惨め過ぎる。


 もっと、飄々とさあ……。


 ねえ?


 不意に、視界が翳った。


 なにかと思って顔をあげると……そこに私が立っていた


 あー。


 そういえば。


 幻影を、倒し続けろ、だっけ。


 倒し続けろってことは、一体じゃないってことで。


 つまり……。



「りとらい、かあ」



 最初の場所に立つ。


 向こうから私が近づいてきた。



「……また、やらなくちゃならないの?」



 正直嫌でたまらない。


 でもやらなくちゃ、出れないし。


 それに、これは幻影なんだから……。



「……」



 目を瞑る。


 風の切る音が聞こえて、私はそれだけで飛んできた剣を上に弾いた。


 目を開く。



「よし、割り切った!」



 くるくる回りながら落ちてくる剣の柄を掴む。



「よっしゃいくぜい!」



 剣を振りかぶり……投げた。


 凄い勢いで剣が幻影に向かう。


 直接切りかからなかったのは、また肉を貫く感触がいやだったから。


 ちょっとした逃げだけど、これくらいは許されるだろう。


 幻影に剣が突き刺さる未来を予見する。


 だが……その予見は外れた。


 幻影が素手で剣を弾いたのだ。



「へ?」



 気付けば、幻影が私の目の前にいた。


 この動きって、まさか……。



「そりゃ、そか」



 同じ強さの幻影を何体も出してきて、なんの意味があるっていうのか。


 試練システム。


 試練なのだ。


 だったら……これは当然のこと。



「レベル二ですか……!?」



 幻影の拳が私の顔面に叩き込まれて、私の首から上が消し飛んだ。


 初めての死に方だった。


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