悔しがるのはっ!
目を開く。
天井が見えた。
「……」
――ああ、そっか。
どうして自分がここにいるのか、把握する。
記憶には、はっきりと刻まれていた。
《顕現》を前に、凌駕され、倒された瞬間のことが。
どうやらあの後、保健室に運びこまれたらしい。
「……」
身体を起こす。
節々が痛かった。
……まったく、堪らないわね。
「ほんと……堪らない」
保健室には、誰もいないようだった。
ゆっくりと、天井を仰ぐ。
「……はあ」
溜息を吐いて、肩から力を抜く。
「負けた、か……」
それなりに努力したつもりだった。
勝つつもりだった。
でも、そう簡単じゃなかったみたいだ。
当然と言えば、当然だけれど。
……そうよね。
私は、弱い。
それは認めなくちゃいけないことなのだろう。
情けないことだ。
あの人達の娘がこんなものだなんて……ほんとに、情けない。
こんな私の姿を見たら、あの人達はなんと言うだろう。
父さんは……うん。
きっと、頭に手をのっけて、甘やかしてくれるんだろうな。
でも母さんは……考えたくもない。
細切れか挽き肉か……どっちにしても楽しい未来はないわよね。
「……はあ」
また、溜息が出る。
「……くやし」
「スーイー、そろそろ起きなよー!」
その時、保健室の扉が勢いよく開いた。
†
というわけで、どうも緋色です!
「ほら、皆のアイドル緋色ちゃんの登場だよ!」
「……」
ベッドで上半身を起こしたスイが、ぽかんとしている。
って……おお。
「起きたんだ、スイ」
「ええ、今さっき……あなたはどうしてここに?」
どうして、って……。
「薄情なこと言うなよう。スイが倒れたら看病くらいするに決まってるでしょ?」
「……」
スイが、少し驚いたような顔をする。
「なに驚いてるの?」
「いえ……うちの家族って、ほら。父親以外は、基本的にスパルタじゃない? だから、ちょっとね」
「……ああ」
うん、納得。
だってほら。
現に今だってアイリスとエレナは「大丈夫だろ」って言って訓練に行っちゃったし。
それに、スイとアイリスのお母さんが同じかどうかはまだ不確かだけれど、例え違ったとしてお……イリアさんに並ぶような人だ、その性格が普通だとは思えない。
「一つ聞いていい?」
「なに?」
「スイ達のお母さんってさ……イリアさん?」
聞くようなことじゃないとは分かっていても、やっぱり気になってしまう。
「別にそこまで聞きたいわけじゃないから、答えなくていいけど」
「別に隠すようなことでもないわよ」
スイが苦笑する。
「私達の母親は、三人が三人とも違うわ」
「へえ……やっぱり。顔立ちとか、あんまり似てないもんね」
「そうね。私達姉妹は、全員母親に似て生まれてきたから」
なるほどなるほど。
「となると、スイのお母さんもお綺麗なわけだ」
「……我が母ながら、確かにその通りよ」
やっぱりね!
っていうかこんな可愛い娘を生んだ母親が綺麗じゃないわけない。
偏見かもだけど。
「スイのお母さんは、どんな人なの?」
「イリア母さんと真っ向から喧嘩する人よ」
「……オケ、把握した」
もうそれ以上はなにも言わなくていいです。
私の態度に、スイが微笑する。
「あなたも、絡まれないように気をつけなさい」
「もちろんですとも」
……あれ?
これ、なんかフラグじゃね?
……気のせい、だといいなあ。
うふふふふふ。
気のせい、だよね?
だよね?
だよねぇ!?
「誰かそうだと言ってぇええええええええええええええ!」
「……?」
突然身もだえ始めた私に、スイが怪訝そうな視線を向ける。
「……失敬、気にしないでくれたまへ」
「え、ええ……」
とりあえず気をつけよう。
スイの母親がどんな人かは知らないけれど、スイに似てるそうだし、うむ。気をつけよう。
……あれ?
今なんか、ちょっと引っかかるものが……。
なんだろ?
んー?
……分からないな。
分からないってことは、きっとどうでもいいことなのだろう。
「それよりスイ。身体の調子はどう?」
「ん……まあ、問題ないわよ」
スイが手を握ったり開いたりする。
どうやら大したことはないらしい。
流石坊さん、手加減はちゃんとしていたらしい。
まあしてなかったら今頃スイが消し飛んでるか!
笑い話にならないな。
「……でも、悪かったわね?」
「ん?」
「負けちゃって」
スイが少しだけ気まずそうな顔をする。
「ああ……」
そんなことか。
「気にしないでいーよ」
「気にしないで、って……この負けは、小さくないわよ?」
「そうかもね。でも、それでもあと二回は負けられるんだよ? で、二回勝てば私達の勝ち。状況はこっちがまだ優勢だし」
「それでも……やっぱり……」
意外とスイって、こういうこと気にする性質なんだ。
言っちゃなんだけれど、ちょっと意外だ。
「ごめんなさい」
スイが、頭を下げた。
……頬を掻く。
そんなこと、しなくていいのに。
なんて答えたらいいのさ、私は。
「……ん」
なんだかもう言葉が見つからなかったので、いっそ抱きしめてやった。
「え?」
スイの少し驚いた声。
「問題なし!」
断言する。
「小夜がいる。アイリスがいる。ナユタがいる。私だっている。私達が……そんな簡単に負けると思う?」
「そうは……まあ、思いたくないけれど」
「思いたくないって、じゃあ思っとるんかい」
「……だって緋色と、それにあの馬鹿姉は《顕現》が出来ないじゃない」
「ぐっ……」
痛いところついてくるなあ。
「でも、それでも茉莉と小夜がいるよ。あの二人が二勝してくれればいいんだから」
「もし万が一、どっちかが負けたら?」
「その時は私が勝つとも」
「……その自信、どっから来るのよ」
「もち」
にやりと笑う。
「私の胸の中から」
「くさい台詞。恥ずかしいわね」
「恥ずかしいとな!?」
なんて言い草だよ!
「……でも、そっか……」
小さく、スイの笑い声が聞こえた。
「さて……いつまでくっついてんのよ!」
スイが私の身体を引きはがす。
「ああっ、そんなご無体な! もうちょい!」
「駄目。さっさと離れなさい、この変態」
「そんなバナナ!」
私は紳士――もとい淑女だ!
†
「……仲、いいな」
「羨ましいんですか?」
扉の隙間から、姉さんが病室の中を覗き込んでいる。
私はそんな姉さんの姿を見ていた。
「……別に、そうじゃない」
そんな不満そうな顔で言っても説得力はありませんけれどね。
……ちなみに。
「それって、どっちを羨んでるんですか?」
「む?」
「……いえ。なんでもありません」
この姉には、少し変化球の質問すぎましたか。
かといってストレートに聞くのも気がひけますし。
今は、このまま見守りましょうか。
……。
今は、ですけれどね。
ふふ。