このジジイはっ!
おら、びっくりしちまったぜ。
ナユタが帰ろうって言った後、いきなり地面に虹色に輝く魔方陣が浮かび上がったんだ。まほーじんですよ、まほーじん!
ロマンのかほり!
私がわきわきしていると、ナユタが私をその魔方陣の上に移動するように促して……気付くと、私は街の目の前に立っていた。
目の前には街を囲う、十メートルはありそうな城壁。視界の端から端まで続いてるとかどんだけ。
キュートな間抜け顔で私が城壁を見上げていると、後ろの空間が歪んでナユタとソウが現れた。
これ、きっとあれだよね。
転位とか、テレポートとか、そんな感じの。
なんという貴重な経験。
「あざーす!」
「え、なにいきなり」
私の唐突のお礼に、ナユタが首を傾げた。
「なんでもない。それより、これってどうやって入るの?」
見たところ、城壁に門とかはついてない。
「こうやって」
ナユタが腕を振るうと、城壁に青い光がはしった。かと思うと、次の瞬間細い溝が入り、スライドするように城壁の一部が地面に沈んだ。
開いた城壁の向こうに広がっていたのは、イメージ的には中世ヨーロッパって感じと街並み。
「おおお……」
入口から続く大通りには、多くの人が行きかっていた。中には角や耳が生えてたり、空を飛んでたり、異様に大きな剣を持ってたりと、様々な様子の人々がいる。
「おおおおおお!」
やばいテンション上がってまいりました!
なんていうか、異世界っぽい。
しかも中世ヨーロッパな街並みの向こうには近代的なビルディングが立っていたりするそのアンバランスさもまたイイ!
「ほら、緋色。中入ろ」
「あ、うん」
ナユタとソウが私の横を抜けて街に入っていくのを、慌てて追う。
「それで、緋色は新入りだし、校長と理事長に顔を見せに行かないとね」
「校長と理事長?」
「まあ、この世界の偉い人って認識でいいよ」
「ふうん」
偉い人と聞いてひげを蓄えた老人を想像した私は間違っちゃいないはずだ。
「私は先にギルドに依頼達成の報告をしてくるから、緋色は先に校長に会いに行っててよ」
「いやいやいや。会いに行けと軽く言われましてもね、どうすれば会えるんですか?」
「あ、そっか。じゃあちょっと待ってね」
ナユタが空中に指を滑らせる。すると、ナユタの目の前にいきなり薄緑色の透明な板が現れた。
「お、おおう?」
「仮想モニター。ま、持ち歩き簡単なパソコンとでも思えばいいよ」
説明しながら、ナユタが仮想モニターとやらを指で何度か叩く。
モニターに通信中という文字が表示される。
『む。なんじゃ、ナユタ』
どこからともなく、老人の声が聞こえてきた。
「おお……電話にもなるわけですか」
「そうそう」
『誰かと一緒におるのか?』
「うん。さっき見つけた新入りさんとね」
『ほう? 新入りとな』
「で、私はちょっと用事が在るから、少し面倒見てもらっていい?」
『もちろん構わんよ。それじゃあ、こっちに引っ張るぞ』
「お願い」
あれやこれやと、なにやら話がまとまったらしい。
不意に、私の足元にまた魔方陣が浮かんだ。
「それじゃ緋色、また後でね」
「お、おおう?」
どういうこっちゃ、と尋ねるよりはやく、私の視界がブレた。
思わず目を瞑る。
くっ、これはまさか、あの忌まわしき力が俺の眼を……!
とかふざける間もなかった。
不意に目を開けると、視界に飛び込んできたのは今の今まであった街の風景ではなかった。
豪奢な内装の、広い部屋だ。
うちのリビングより広い。妬ましいぞ。
「よく来たのう」
部屋に置かれた黒い大きな机。そこで書類に羽根ペンを走らせている老人がいた。
仮想モニターから聞こえた声と同じ声だ。
ということは、つまり……この人が、校長って人なのかな?
……うわあ。
「え、なにその顔。おかしい、初対面の人間にそんなつまらなそうな、かつ期待を裏切られたと言わんばかりの顔をされる覚えないんじゃけど」
「だって普通のおじいちゃんなんだもん。着てる服は結構すごい感じだけど」
藍色に金の刺繍が施されたローブを着た老人。
うん、なんていうか……いかにも、って感じ。
ここですげえ美系のお兄さんとか出てきたらよかったのに。まあそれで声だけ老人ってのも気持ち悪いものがあるけどさ。
「……失礼なやつじゃな」
「そんな馬鹿な。常に最高品質の礼儀を持つ私になんて言い草ですかこのクソジジイ」
「礼義の欠片も見えない!?」
むしろそっちこそ失礼ではなかろうか。
思わず鼻をならしちゃうぜ。
「はん!」
もとい、鼻で笑っちまうぜ。
「わしの精神にこんな短時間でよくもまあこれだけダメージを叩きこめるもんじゃなあ!」
「褒めてくれてうれちー!」
きゃはっカッコはーとカッコとじ。
「こやつ殴りたい!」
出たよ暴力。
切れやすい世代ってやつですかあ?
いやでもどっちかっていうと耄碌して切れやすくなっちゃった感じですよねー。
「今、ひどく不当な評価を受けた気がするんじゃが!」
「気のせいじゃないでしょう」
「じゃないんだ!?」
こらこら御老体、そんな机を叩いて立ち上がったりして……急な運動で倒れちゃいますよ?
「何故こんなにも酷い扱いされなきゃならんのじゃ?」
「なんか、そういうキャラの雰囲気がぷんぷんするもので、つい」
てへっ。
「つい、じゃないわい!」
疲れたように校長が椅子に座りなおす。
「なんだかこの小娘からあやつらと同系統の感じがする! やじゃ! いやじゃあ!」
机につっぷして校長が嘆く。
おやおや、なにか辛いことでもあったんですか?
「よかったらこの緋色ちゃんが相談に乗りますよ? 一時間十万で」
「暴利!」
がばっ、と身体を起こして校長が叫ぶ。
「元気ですねえ」
「うっさい、もうお主とは余計な話をしていたくない!」
涙目になりながら――老人の涙目って――校長が一枚の書類を投げる。
書類はそのまま、ひらひらと不思議な動きで私のところまで飛んできた。
ひらひら。
ひらひら。
ひらひら。
書類が私の周りをひらひら回る。
ひらひら。
「さっさと受け取れい!」
あ、これ取るの?
「やだなあ、言ってくれなきゃ分からないよ」
「流れ! 今の間違いなく受け取る流れじゃったろ!?」
「大河の流れすらこの私は断ちきってみせませう」
「ストレスが溜まるぅっ!」
校長が頭を抱えて身体をくねらせる。
気持ち悪い――げふんげふん。奇妙奇天烈摩訶不思議な動きだ。
とりあえず書類を掴もうとして、ふと私は伸ばした手を引いた。
そのまま書類に背中を向けて走り出す。
書類が私のあとを追うようにひらひら飛んでくる・
おお……。
部屋の中を駆けまわる。
「うふふー、つかまえてごらんなさい」
ひらひら書類が私を追っかける。
なんという意味不明のシチュ。
「どりゃあああああああああああああ!」
校長がどこからか取り出した杖を私の足元に投げつける。
「ぷぎゅう」
私は杖に足をとられて勢いよく地面に倒れてしまった。
書類がその私の頭の上に落ちる。
「外道校長……!」
「お主だけには絶対に言われとうないわ!」
まあ、そろそろおふざけはなしにしよう。
にしてもなにこの絨毯めっちゃ気持ちいい。ぐへへ。
とりあえず寝っ転がりながら書類を手に取る。
「リラックスしすぎじゃろ……」
テンション上げて張り切りすぎたのか、校長は肩で息をしていた。
まったくもう、この私と出会えて嬉しいのは分かるけどはしゃぎすぎると心臓止まっちゃいますよ。
「ええっと……あれ?」
首を傾げる。
私が手にした書類には、何も書かれてはいなかった。
つまり白紙。
「すみません校長。御目が御腐りになってはいやがりませんでしょうか?」
「……よう見い」
頬を引き攣らせながら校長が言う。
よく見ろって、そんなこと言われてもね……。
なんて思っていると、白紙に黒い文字が浮かび上がった。
「な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!」
「大袈裟じゃなあ!」
「あ、そう?」
じゃあもうちょっと下げて――。
「なにコレー。めっちゃうけるんですケドー!」
きゃぴきゃぴ。
「……」
「その視線止めてー」
今自分でも痛いと思ったから。
異世界に来てちょっとあれなんだよう。嬉しいんだよう。
「それで、なになに……おお」
なんていうか、それは履歴書だった。
ところどころ分からない欄があるが、これまでの私の簡単な経歴が小奇麗な文字で紙に書かれていた。
「それにわしがサインすれば入学って形になるんじゃよ。ほれ、返せ」
「ほーら」
渡された時を真似て私は書類を校長に投げた。
ひらひらと書類が校長の手元に落ちる。
「……ふむ。問題ないのう」
軽く書類に目を通してから、校長が羽根ペンを手にとって、書類に走らせる。
「これで入学じゃ。それと……ほれ」
私の目の前にいきなり青いカードが浮かんだ。
「なにこれ?」
「学生証じゃ。この世界では、そのカードが身分証明書で財布代わりとかにもなったりするからのう。なくすんじゃないぞ」
「へえ」
とりあえず懐にしまう。
「まったく……ここまで疲れた新入生は久しぶりじゃわい。神様であるわしをここまで疲労させるなぞ……やれやれ」
ほ?
おや、今この人なんて言いましたか?
「あのー、つかぬことをうかがいますが、あなたは校長ですよね?」
「そうじゃ」
「それで……他にも何か肩書とかをお持ちで?」
「ふむ? なんじゃいきなり。まあ挙げるとすれば、神じゃろうな」
神……だと……!?
「マジっすか」
「マジじゃ」
……あー。
私、神様をクソジジイって呼んじゃった。てへっ。
っべー。
っべーよ。
「……まいっか!」
「なにがいいのか分からんがとりあえずお前が失礼なこと考えてるのは予想がついた」
「読心術……あの神様――じゃないらしい女の人と同じことをしやがりましたか!」
「読心術など使わなくてもわかるわい……ところで、その女の人って誰じゃ?」
「そりゃ私をここに連れてきてくれた人に決まってるでしょ?」
「なにを言っておるんじゃ? この世界は、各世界で死にかけている才能ある人間を自動で意思確認して連れてくる仕組みになっておるんじゃぞ? そんな女の人が連れてくるシステムじゃ……ぁ」
途端、神様の顔が青くなる。
っていうか、それならあの女の人って何者?
「まさか、あやつか……!」
神様が冷や汗すら流しながら呟く。
「あやつって、誰?」
「む、小娘……お前、まさかあやつの手先……あやつが自ら拾いに行くなど、どれほどの厄介の種なんじゃ!」
びしっ、と神様が私を指さす。
いやいや。それはいったいぜんたいどういうことでありますか?
私が厄介の種だなんて、この純真無垢の塊のような緋色ちゃん相手になにを言いますか。
「要警戒じゃな!」
神様に警戒されるとは私もなかなかやりますね。
なにをやったんだろう?
「でさ、どういうことなの?」
「うっさいわい! もうわし、お主には関わらん! 他に丸投げすることに決めた!」
あれ、今私神様の職務放棄発言を聞いたような気が……。
そもそも私に詳しい話を聞かせてはくれないのでしょうかね?
……もう老人の戯言と思っておけばいいか。
「お久しぶり、校長。緋色を迎えに来たよ」
ふと、部屋にひょっこりとナユタが入ってきた。その後ろにはソウもいる。
「はやくこの小娘を連れて行け!」
涙目になりながら神様が叫ぶ。
「なにかしたの?」
不思議そうにナユタが尋ねてくる。
「さあ?」
私にも一体全体何が何やら。
「はやく出て行かんか!」
「……とりあえず、じゃあ次は理事長にでも顔出しに行く?」
「理事長……」
校長が神様なんだよね?
それじゃあ次はなんだ。
理事長は魔王とか?
あはは、まさかねー!
というか魔王なんて神様の敵みたいなものだし、いるわけないかー。
とか思いつつも一応確認。
「理事長ってもしかして魔王とかだったりー?」
「まさか」
ですよねー。
「理事長は魔王じゃないよ。まあ、教師の中には何人か魔王が混ざってるけどね」
「あ、そうなんだ」
えぇえええええええええええええええええええええええ!
なんでやねぇえええええええええん!
平然としつつ内心ではどえらいツッコミをするというこの高等テクニック!
魔王って……え、いるの?
神様と魔王が同じ職場に……あなどれない。あなどれないぞ学園世界。
しかも何人かってことは魔王複数!
とんでもない。
「じゃあ理事長ってどんな人なの?」
興味本位で尋ねる
「綺麗な女の人だよ」
おお。それはナイスな情報。
こりゃあすぐにでも会いに行かないとね!
「それじゃあナユタ、案内よろしく!」
「急にやる気出し始めたね?」
「そりゃね!」
考えても見てよ。
「こんなじじ――校長――やっぱじじいと綺麗な女の人なら、私は後者と会うほうが楽しみで楽しみでしかたないよ!」
「さっさと行かんかぁああああああああああああ!」
校長に追い出されるように部屋を出て、綺麗な赤い絨毯がひかれた廊下に出る。なんか置いてある調度品とか見るからに高そう。
「それじゃあ、案内ついでに歩いていこうか?」
「オッケー。よろしくね、ナユタ」
「うん」