日程はっ!
殺す。
殺す。
殺す。
意思など持っていられない。
感情など持っていられない。
壊れてしまうから。
ああ、なんて残酷なことだろう。
殺したくなど、ない。
けれど残酷なこと。
殺さなくてはならない。
悔しいけれど。
悲しいけれど。
大切なものは、順番づけされる。
だから、私の大切なものを守るために、大切でも、殺す。
そう決めても、やっぱり辛すぎるから。
だから、機械になることを選んだ。
私のこの身体はただ殺すという作業をこなすだけのもの。
殺す。
殺す。
邪魔なものを排除して、殺しに行く。
あの子達は、どこ?
あの子達は、どこにいるの?
殺しに行こう。
愛おしくとも、愛おしくとも、拾うことのできない、彼女達を。
私はきっと、最低なのだろう。
本当に――最低だ。
†
「――っ!」
飛び起きる。
呼吸はひどく乱れていた。
「っ……な、に……」
胸を抑える。
心臓が張り裂けそうなくらいに激しく鼓動をきざんでいた。
「……今の」
いつか見た夢に、すごく似てた。
なんなの、この夢。
すごく、嫌な感じがする。
「……うぅ」
やめよう。
所詮は夢だ。
考えたところで、なにか分かるわけでもない。
だったらきれいさっぱり忘れてしまったほうが、よほどいい。
そう。
悪夢なんかにうじうじするのは私のキャラじゃない。
私はいつでもどこでも面白おかしく愉快に奇天烈に、そして余裕で。
そういうキャラでしょうが、私ってやつぁ。
棘ヶ峰緋色ってやつぁね。
あはっ。
†
――ゼファー君、独身からの熱いメッセージが全校生徒どころか学園世界全土に届けられた翌日。
私は初めて、特別クラスの教室というものを訪れた。
教室は、至極一般的な学校の教室だった。
……うん、そうだよね。
机があって、椅子があって、教壇があって、教卓があって、黒板があって……これが教室ってもんだよね。
うんうん。
……なんで特別クラスだけ教室がまともなんだろう。面子はアレなのに。
というわけで、教室に六つ置かれた机に特別クラスに所属する生徒達が座っていた。
つまり私、ナユタ、アイリス、エレナ、スイ、小夜である。さらに教室の後ろには静かにソウが立っていて、教壇の上には茉莉が立っている。
「それで、どうするのだ、茉莉」
アイリスがタメ口で茉莉に問う。
こら、彼女あれでも先生ですよ!
私も敬語使ってないけどね!
てへっ。
「どう、とは?」
「回りくどいのはいい。こうして集められた理由は全員承知しているだろう?」
言って、アイリスが教室にいる面々を見回す。
「……そうですね」
エレナが頷いた。
「先日の、ゼファー=ローゼンベルク、でしたか? 彼の宣戦布告について、ですよね?」
「まあ、常識的に考えてそれ以外ないでしょ」
エレナの言葉にスイが同意する。
……ですよねえ。
「面倒なことするよね、その彼も」
ナユタが苦笑しながら言う。
また、ナユタンはいつも通りだねえ。
私を見てみなさい。
小心者の私はこれからの学園生活がどうなるのかと戦々恐々ですよ。
おっほっほっ。
……ごめん、実は割とそこまででもない。
ぶっちゃけ、どうでもいっかなー、ってのが本音だったり。
諦めてるとか他人事みたいに感じてるとかじゃなくて……なんだろね。
この面子と一緒にいて心配ごととか、馬鹿馬鹿しくない?
ねえ?
「それで、どうするのですか? あの話、受けるのですか?」
小夜がどことなく面倒くさそうな雰囲気を漂わせながら茉莉に質問する。
全員の視線が茉莉に集中した。
「……理事長と、理事五人からの伝言がある」
茉莉がそう口を開いた。
理事長ってのは、ツクハさんだよね。
で理事はこないだのナンナ理事とかのことか。言い方からすると、複数いるっぽい。
まあこれだけでかいところだし、理事が何人もいてもおかしくはないか。
って、ありゃ?
「ん?」
なんか……おかしいな。
私以外の面々の顔がちょっと青くなっているような。
「その面子からの話なんて聞きたくないわ」
スイがそう嫌そうな顔をする。
アイリスとエレナも似たような顔だ。
というかエレナは「うわぁ、きたよ面倒事。ウゼェ」みたいな顔してるんだけど。あの、いつものいい子ちゃんな顔はどこぞへ?
小夜は目を瞑り眉間に寄った皺を揉みほぐしている。
でソウは天井を仰いでいて、ナユタは……なんか疲れた顔だ。
皆どうしちゃったんだろ?
「緋色、どうして平然としてるのさ」
ナユタがそう尋ねてきた。
「いやいや、そっちこそなに顔青くしてるの?」
「……ああ、そっか。緋色は知らないのか」
ナユタが溜息を吐く。
「ツクハさんはともかくとして、うちの理事連中は、その……うん。濃いんだよ。いろいろと。それでねえ……あの人達からの伝言かぁ、絶対まともな内容じゃないよ」
嘆くようにナユタはそう机に頬杖をついた。
うーむ。
ナユタにここまで言わせるとは、一体何者なのだろうか、理事の人達は。
会ってみたいような、会ってみたくないような。
「伝言は三つ」
茉莉が指を三本立てる。
「まず一つ目は、ローゼンベルクの挑戦を受けること」
指が一本減る。
「二つ目は、負けるといろいろ面倒なので、絶対に勝て、ということ」
さらに指が減る。
「それで最後が……もし負けたら、おしおきに……本気の全講師との戦争やらされる。三日間耐久で、瀕死になるまでリタイア無しで」
茉莉が手を下ろし、俯く。
教室中に、一気に思い空気が発生した。
……うわぁ。
え、なに。
負けたらそのままバッドエンドルート?
全講師ってこたぁ、あれですよね。
ライスケ先生や臣護先生、さらには佳耶先生とかもくるわけで。
ガチですか。
……あれ、なんでだろう。目から汗が……。
「……試合は、今日含め三日後から、一日に一組ずつ、やるって」
「――!」
ばん、と。
机を叩いてアイリスが立ちあがる。
「特訓だ! エレナ、スイ!」
「ええ、ええ! 姉さんにスイ! 三日で《顕現》をマスターしてもらいますからね!」
「やむをえないわ。エレナ姉さん……殺す気で特訓して。負けるより、その訓練のほうが、絶対に楽だし……!」
おお、三姉妹が燃えている。
小夜は静かに席を立ち上がり、そのまま教室を出ていく。
だがその背中には、しっかりと静かに炎が灯っていた。
「……うわぁ、どうしよ」
思わずそんな言葉が口から出た。
チーム戦だし、私足引っ張れないじゃん。
「大丈夫だよ、緋色」
ナユタがそう声をかけてきた。
「緋色以外の全員が勝てば、問題ないんだから」
「そ、そりゃそうだけど……」
でもなあ……それでも、なんかしないと。
「ね、ねえナユタ、《顕現》の訓練とかしてくれない? なんかないの?」
「え……?」
ナユタがきょとんとして、次に苦笑した。
「ごめん、緋色。普通の訓練ならともかく、《顕現》はねえ……人に教える教わるってものじゃないんだ」
そういえばいつぞやの似非関西弁もそう言っていたなあ。
「じゃ、じゃあどうしよう……」
「まあ、やれるだけやってみたら? そうだなあ、とりあえずこのクラスの一人一人の訓練に付き合ってみるとかは? もしかしたら、なにか掴めるかもよ?」
「おおっ」
ナイスアイディアですよ、ナユタさん。
残り三日か……。
おし!
「そんじゃとりあえずナユタさん! まず訓練突き合わせてくださいッス!」
「了解」
ナユタが笑顔で頷く。
「それじゃあ、広い場所に移ろうか」