放送はっ!
「やはー、小夜……って、おろ?」
風紀委員会外特別支援殲滅執行部の部室を訪れた私は、室内に小夜ともう一人、見知った顔を発見した。
「茉莉じゃん」
「……ん」
「入る時はノックくらいしてください」
無表情の茉莉に対して、窓際に座っている小夜が冷ややかな目を私に向ける。
そんな視線にぞくぞくしちゃうっ!
まあ冗談ですけど。
……ま、マゾじゃねえしっ! 本当だし!
「次からは気をつけるよ」
言って、並んでいたパイプ椅子の一つに腰を下ろす。
「ちょうどいい……緋色も、聞いていく」
茉莉がそう口を開く。
「うん? なにを?」
「最近の不穏な動き」
「不穏……?」
これまた、なんか嫌な響きだ。
「どういうことですか?」
「……最近、というわけではないけれど……一般生徒の間で、特別クラスへの不満が溜まってる」
「不満?」
小夜がちらりと茉莉を見て、眉を寄せた。
「どういうことですか?」
「……特別クラスだけが贔屓されていると、一般生徒は感じているみたい」
「……なるほど」
頷く小夜だが、私にはよく分からない。
「別にそれっておかしなことなの?」
首を傾げながら尋ねる。
「特別クラスって、優秀な生徒を集めてるんでしょ? それが贔屓されても、特権でしょ。別に不満を抱かれるようなものじゃないと思うんだけど」
「それは持てる者の台詞でしょう」
溜息をつきながら小夜が言う。
「自分で言うのもなんですが、私達は本当に特別なのです。それなりのものを持って、それなりの力を持って、それなりの理由を持って、今この時まで生きて、特別クラスに所属している。私達は、それなりのものを最初から持っているのです」
「それなり、ねえ」
例えば才能とか?
……まあ、ぶっちゃけその辺りは否定しないけど。
でもそれだけじゃない。
私だって試練で延々自分と殺しあってようやくここまで辿りついたんだ。
他の特別クラスの人だって、私と同じようなものではないのだろうか。
「この学園には、特別クラスの者より努力している者はいる。中には、特別クラスの者並みの実力を持っている者も、少なくはない」
「へ?」
あれ、そなの?
私はてっきり特別クラスって突出した生徒の集まりなんだと思ってたんだけど……。
「……知らなかったようですね」
「め、面目ない」
そうなんだ……へえ。
……あれ?
「それじゃあ特別クラスって、なにを基準に選ばれてるの?」
「……」
そこで、小夜は口をつぐむ。
私は代わりに茉莉に視線を向けた。
「……正直、私にもそれは知らない」
えー。
担任さんも知らないんですか。
それっていいのだろうか……。
「……ごめん」
「あ、いや。謝るほどのことじゃないよ?」
……ただ、特別クラスってのは、思ったよりも複雑らしい。
てっきり強い人集めただけのものだと思ってたのになー。
うわー、もしかして私、とんでもないところに所属しちゃった?
厄介事の予感がする。
「……それで、その不満とやらは、今どのように動いているのですか?」
小夜が話題の続きを促す。
「今のところは、学園側への特別クラス撤廃の活動。でもこれは、理事達が抑えてくれるから問題ない」
「へえ……それなら心配ないんだ」
「あなたは馬鹿なのですか?」
「うぐっ」
さらりと小夜に罵倒されて、胸の奥が熱くなった。
ああっ、なにこの痛み。
き、気持ちい――げふんげふん。
いけない。
私はマゾではない。
ノーマルだ。
どっちかと言えばサドだ。
……ま、まさか私の内にはSとMが同居しているのかっ!?
「いいですか。人というのは、行動を抑え込まれると、別の方向に向かうものなのです。時として、さらに強引に」
小夜が目を細める。
「この場合、訴えが通らないとなれば……次に考えられるのは、実力行使でしょうね」
「へ?」
実力行使?
またそんな、物騒な話があるわけが……ある、わけ、が……。
……ありそうだ!
だってこの学園だし!
いきなり特別クラスの面子と一般生徒から選出された面子で総当たり戦やるぞ!
みたいな展開になっても不思議じゃない!
「で、でもそういうことになったら学園側でなんとかしてくれるんじゃない?」
「そういうデリケートな問題に学園側が手を出すと、余計に状況を悪くしかねない」
茉莉がぽつりと言う。
……つまり、学園側に期待するな、ということですかい?
そんな殺生な。
「まあ実際にどうなるかは分かりませんが、気をつけるに越したことはないでしょう。この話、他の特別クラス……特に、アイリスには?」
なぜアイリス、と考えてすぐに答えは出た。
あの性格だしなあ。
こないだの学食でもやらかしてたし。
……ああ、よく考えればあの時のあれも、特別クラスへの不満からきてたんだなあ。
でも私的にそれを言うならエレナも十分やばいと思うけど。だってあの人、腹黒だし。腹黒だし。大切なことなので二度言いました。
改めて、特別クラスの面子を思い浮かべる。
私。
ナユタ。
アイリス。
エレナ。
スイ。
小夜。
それと担任の茉莉。
……なぜだろう。
クラスメイトと担任の顔を思い浮かべただけで悪寒が止まらない。
やっべえ滅茶苦茶不安だ。
頭を抱えたい衝動に襲われていると、不意に校内放送のピンポンパンポーンという音が流れた。
あ、この学校で校内放送流れるの初めて聞いたかも。
『いきなりの放送失礼する。ゼファー=ローゼンベルクだ』
そんな声が聞こえた。
ゼファー=ローゼンベルク?
んー?
どっかで聞いたことあるなあ。
『今日、この放送を流した理由はただ一つ……私達の要求を学園全体に知らしめるためだ』
おや、なにやら嫌な雰囲気。
というか背筋に汗が……。
あー。
やっべ。
思い出した。
ローゼンベルクって、あの食堂でアイリスと問題起こした人じゃん。
あの、特別クラス大っきらいです、って顔してた。
『我々はこれまで、ずっと疑問に感じていた。特別クラスという存在について』
ほらね。
あっはっはっー。
『私はここに断言しよう。特別クラスとは、学園の贔屓に他ならないと!』
「派手にやるものですね」
眉間をおさえ、小夜が呻くように呟く。
『故に、私は要求する! 特別クラスの解散を!』
「言っちゃったよ……」
もうやめようよー。同じ学園の生徒だろー。アイラブ平和! ノーモア闘争!
『しかし言葉だけでは学園側も頷いてはくれない。そこで、私はここに提案する』
私の本能が警鐘を鳴らしまくっていた。
絶対まずい。
いけないことが起きるぞ。
『特別クラスの担任を含めた七人と、我々が選抜した一般生徒七人による対抗戦を行い、それに勝利した方の要求を敗北した方が受け入れる! それでどうだ!』
ほらきたぁー!
やっぱりね!
そんなことだろうと思いましたよ!
……うわあい。
もうなんか憂鬱だねえ。
『再度言う』
天井を見上げる。
他の皆はこれをどんな気持ちで聞いているのだろう。
『特別クラスよ、覚悟しろ! 私達は、貴様らを認めん!』
アイリスあたりはニヤニヤしてそうだなあ……。
あ。あとで一回軽く殴ろう、そうしよう。