怖いのはっ!
「次は平和な授業なんだよね?」
「だから、そうだって言ってるでしょ?」
「ひたすらに強力が攻撃を防ぎ続けるドM授業だったり、教師がまるで生徒を獲物を狩るように追い回す授業だったり、人型戦闘兵器が次々にスクラップにされる授業だったりしない!?」
「しないしない」
言って、ナユタがその教室のドアを開けた。
頼む、平和な授業であってくれ……!
願いながら、私は教室に一歩踏み入れた。
目の前に飛び込んできたのは――体育館。
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
これまでの教室とのギャップがひどいのだから仕方がないだろう。
いかにも体育館って空間だった。
広さとしては、決してそれほど広くはない。本当に中学とか高校とかにありそうなサイズの体育館だ。
「それじゃ、確認するぞ」
その声に、私は視線をそちらに向けた。
生徒らしき人達と一人の男の人が向かい合っていた。
男の人は……なんていうか、あの人って日本人?
黒い髪だし、瞳も黒だし、顔立ちとか……。
しかも、なんだか私と同じくらいか、下手したら年下にすら見える。
今度は、あの人が講師なのだろうか。
ふと、彼が私達のほうをちらりと見た。
視線が合った瞬間、なんでか思った。
――あの人には勝てない。
そんな直感。
ううん。
恐怖?
恐怖とは、正確には違う感じなんだけれど、でも限りなくそれに近い。
なんなの、あの人……。
それと、気になるのはもう一つ。
この授業に参加している生徒のほうだ。
なんていうか……うん。
肌が緑色だったり、角が生えていたり、身長が優に三メートルあったりと……ちょっと普通とは違う身体をしている人達だ。
そんな人達が三十人くらいいて……なんか妙な威圧感がある。
「俺や君達は、普通の人とは違う能力を持っている。もちろん、それが悪いわけじゃない。個人の能力として、それは評価されるべきものだ。でも、評価ってのは良い面ばかりじゃない」
普通の人とは違う能力……?
「ここ……特殊技能クラスはね、特殊な能力を持った人達が集まるんだよ。見ればだいたい分かるでしょ?」
横からこっそりナユタが教えてくれた。
確かに、いかにも特殊な能力持ってます、って人達ばっかりだ。
「例えば、そうだな。君は翼を持っているだろう。それは、普通の人間にはないものだ」
男の人が生徒の一人を見て言う。
……おや、私翼を持っている人を奇遇にも知っていますよ。
それも六枚。
あの人も特殊技能を持ってるのかな……あれ?
でも、姉妹だっていうツクハさんは翼生えてなかったな……。
どういうことだろ?
うーん。
……うん!
まあいっか!
考えても答えが出ないので思考を中断することにした。
思考放棄はお手の物だぜ!
「君はその翼で空を飛ぶことができる。だが、その空を飛べるという評価は良いものか? 当然、空を飛べるという能力の活用は多くあるし、それは多くの利点を持つ。だが、逆にそうじゃない……悪い評価だってあるんだ。なんだと思う?」
「……塀とかを飛び越えて、簡単に不法侵入とかが出来る、とかですか?」
「そうだ」
生徒の答えに、男の人が頷いた。
「それ以外にも、純粋に、外見が違う、なんてところも周囲から見れば、悲しいことだけれど悪い評価になる。人は、自分と違うものを恐れる悪癖を持っているからな」
む?
失礼な。
私にゃそんな悪癖ありませんよ!
翼結構!
つかちょうだいよー。
私それで天使ごっこするから。
――なんて言うのはKYだって分かってるので発言は自重。さっすが緋色ちゃん!
「俺達は、そういう周りの、時に理不尽とも思える評価と折り合いをつけていかなくちゃならない。さっきも言ったが、別に俺達には不利なところだけじゃない。有利なところだって沢山あるんだからな」
なんか……この授業ほんとに平和だ。
いいなあ。
なんか、講義、って感じ。
今まで講義とか眠るためのものでしょ、とか思ってたけど、うん。そうじゃねえよ。講義大切だよ。大切すぎるよ。
だって講義って安全なんだぜ?
なに言ってるか自分でもよくわかんねえけど、講義って安全なんだぜ!?
「そういう有利なところを伸ばしていくことを俺達は考えていかなくちゃならない」
「でも、先生。自分の能力は壊すことに特化しています。それは、どうすればいいのでしょう」
おお、ごつい生徒が手を上げた。腕の太さが私のウェストくらいあるぜ!
「それだって使いようはある。一つだけ教えてやる……笑うなよ?」
人差し指を立てて、彼が口を開く。
「世界平和だ」
生徒が固まった。
私も固まった。
世界平和ですと?
「その力で悪い奴らを退治して、平和な世の中を作って行くんだ。それなら、破壊の力だって使えるだろう?」
しばらくして、生徒の中で笑いがいくつか起きた。
「あ、おい、お前ら笑うなよ!」
男の人が少しだけ恥ずかしそうに怒鳴る。
「でも先生、世界平和って、子供じゃないんだから」
「そうですよ」
「いいだろ別に! 目標なんて人それぞれなんだから!」
男の人がいかにも不愉快です、という顔をして言い返す。
「ああ、ちくしょう折角恥ずかしいこと言ってやったのに! もういい! さっさとそれぞれ自分の能力を上手く使えるように練習! それと、自分の能力をこれからどうやって使って行くかを考えていくこと! 能力が暴走したりしたら俺がおさえてやるから心配するなよ! それじゃあはじめ!」
男の人が手を叩いて、生徒達が散っていく。
「まったく」
頭を掻きながら、男の人がこっちに寄って来た。
「ようナユタ。今日はどうした」
「はろー」
近づいてみて、やっぱりその人は私より年下に見えた。
それなのに、どうしてずっとこの人に逆らったらいけない、って感じてるんだろ?
なんていうか……本能?
兎がライオンにいきなり飛びかかったりせず逃げ回るように、そういうものだ、って私の本能が判断してるみたいだ。
……この人、きっととんでもなく強い。
「そっちの子は?」
彼の視線が私を捉えた。
瞬間、身体が強張る。
うっわ、やべ、殺される。
とか自然に思ったけどそんなことはなく、彼はただ私を見ているだけだ。
「あ、えと、棘ヶ峰、緋色っす。新入りです」
自己紹介して、ぺこりと頭をさげる。
「へえ……このクラスに?」
「違うよ。彼女は特別クラス」
「……あ、そういうこと」
ナユタの言葉に、彼はすぐに私がどうしてここにいるのかを把握したらしい。
「っと、そういえば忘れてた。俺はライスケだ。このクラスで先生してる。よろしくな」
「あ、はい」
手を差し出されたので、恐る恐る握手する。
やべー。鳥肌ががが。
「うん? どうかしたか?」
「なんか怯えてるね」
ライスケ先生とナユタが不思議そうに首を傾げる。
「ライスケさんの力を本能的に感じているのでは?」
ソウがそんなことをぽつりと言った。
そのとーり!
ソウ流石!
普段は喋らない影の薄いキャラだけれど、もうあなたは私の癒し! 親切の具現だ!
「あ、マジで? そりゃ悪かったな……ええと、とりあえずなんにもしないから慣れてくれ」
慣れろ、って……あなたそりゃ無茶じゃないですか。
ぶっちゃけ身体が震え出しそうなんですぜ?
こえーんだよ、ちくしょう!
「……あはは」
とりあえず私の得意技、愛想笑いで誤魔化しておく。
身体が自然と後ずさってしまう。
くぅ、止まれ、私の両足……!
これ中二病じゃねえんだぜ! リアル恐怖なんだぜ!
「……なんていうか、そう後ずさられると地味に傷つくんだが」
ライスケ先生が引き攣った笑みを浮かべる。
「さ、さーせん!」
でも、でもだね!
無理だって!
おおおおおおお!?
やべえそろそろ限界なんですけど!
「ナユタン、謝っといてぇええええええええええええええ!」
私はそのまま、身を翻すと教室を飛び出した。
無理無理無理!
なんだあの人めっちゃこうぇええええええええええええええ!
†
「……え、泣いていい?」
「まあ、ほら……ライスケさんだしね?」
「はい。ライスケさんですから」
「なんだその言い方!?」
「ま、いいや。緋色も悪気があって逃げたわけじゃないだろうし、気にしないで上げてね」
「……はぁ。ま、いいやじゃねえよ……さっさと後を追ってやれ」
「うん。そうする。それじゃあね、ライスケさん」
「ああ」