アイドルはっ!
「うにゅー」
「やー、あんつーか、こういう人前でいちゃつくってのも変な感じだぜー」
「うにゅ」
ああリセちゃん! 首が、首が左右にかくかく揺れてるよ!
なんか太陽電池で動くおもちゃみたいだ!
そんなところがめっちゃキュート!
そしてアキナちゃん!
「へっへっ。まあ、てきとーにいちゃつくかあ」
ああん、あのボケな感じがたまらない!
ぼんやりリセちゃんとふわふわアキナちゃんはやっぱり最強コンビだよ!
とか舞台袖で興奮していると、後ろ髪をスイに引っ張られた。
「……あの、スイさん? 痛いです」
「なににやにやしてるのよ」
「え?」
スイがいかにも不機嫌です、という顔で私のことを軽く睨み付けていた。
「あ、すんません」
「……ふん」
スイがそっぽをむく。
ええと……?
「もしかしてスイ」
「なによ?」
「……嫉妬?」
「っ……!」
ボン、と。
スイの顔が真っ赤になった。
「は、はぁっ!?」
彼女の声は見事なまでにひっくり返っている。
「そそそ、そんなわけ、はぁ!?」
「……おおう」
なんていうか、うん。
……マジか!
「スイ、抱きしめさせておくれ!」
「わけがわからないわ!」
「うわぁああ!?」
あ、あぶなぁっ!?
今私の首があったとこ、爪翼が通ったよ?
しゃがんでなかったら首が胴体とさよなラッキョウだったよ!?
「……次は、あいてるわ」
「さーせんっした」
暴力反対だよ。
世の中理不尽だぜ。
とかやっているうちに、リセちゃんとアキナちゃんは演目……演目? うんまあ演目か――に入っていた。
それは……。
「リセですぅ」
「ども、アキナでーす」
「二人合わせてぇ」
「「武ッ血切裏シスターズです!」」
そして会場が、
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
絶叫に包まれた。
大地が震えている。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ひ、い、ろ?」
すっごい笑顔をスイに向けられた。
背筋がゾクリと冷たくなる。
「……す、すみません」
私だって一ファンとして盛り上がったっていいじゃないかよぅ。
なんだよ、アイドルへの嫉妬とか、かわいいじゃねえかよぅ。
へん。
いいもんいいもん。
後で盗撮でもして鬱憤晴らしてやるもんね!
スイのあられもない姿を激写しちゃうもんね!
ぐっへっへっ。
「……なにか不穏なこと考えてない?」
「えー、まっさかぁ」
「……」
疑いマックスの目をされた。
「まあいいわ」
スイが深いため息をこぼす。
「それで、あの二人はなにをするのかしら?」
「んー、多分」
と、その時。
音楽が流れ始める。
「これは……歌」
「うん、そだよ。あの二人、アイドルっぽい活動はなんでもしてるから。もちろんアイドル歌手もやってるんだ」
「へえ」
舞台の上が、様々な色のライトで照らされる。
リセちゃんとアキナちゃんの身体が淡い光に包まれたかと思うと、次の瞬間彼女たちの纏う服装が、一瞬で変化した。
フリルがたくさんついた、リセちゃんは赤の、アキナちゃんは青のドレスだ。
なんていうか、うん。
ぶっちゃけイメージとしては魔法少女。
二人の手の中にマイクが現れる。
そして……歌がはじまった。
「――――」
いつもはのんびりしてるリセちゃんが、この時ばかりは目をぱっちり開いて、笑顔で歌う。
「――――」
アキナちゃんも、いつもとは違う、どこか凛々しくも可愛らしい表情で、リセちゃんの柔らかな声色とは対照的な、澄んだ声色を響かせた。
「……これ、すごいわね」
私の隣で、スイがつぶやく。
その爪先が少しリズムをきざんでいるのを、私は見逃さなかった。
「でしょ?」
アイドル歌手なんて、容姿で売ってるって思う人もいるかもしれない。
でもあの二人は違う。
正真正銘の本物だ。
それは、この場の全員が二人の歌に聞き入っていることからも明らかだろう。
「でもこれじゃあ、茉莉達の二番煎じととられるわよ」
「だね」
まあ、でも……。
「あの二人なら大丈夫じゃない?」
私がそういったとき、いきなり曲調が変わった。
リセちゃんとアキナちゃんの動きが変わる。
急に、激しいステップを踏み始めたのだ。
二人がマイクを空高くほうり上げる。
するとマイクが光の粒子となって消える。
その代わりのように、二人にヘッドホンのような形のマイクがついた。
二人が地面とける。
すると空中に大量の魔法陣が浮かび上がった。
二人はその魔法陣を足場に立つ。
スピード感のある歌が、二人の口から紡がれる。
歌いながら、彼女たちは魔法陣を使って、三次元的なダンスを繰り広げる。
「パフォーマンスも一流、ね」
「そうだよ」
二人のダンスに、観客のボルテージはどんどんあがっていく。
二人の指から放たれた魔力の塊が花火となって散る。
無数の魔弾が空に幾何学の模様を描いた。
「……なにあれ。魔術やらなにやらまで一流って言うの?」
「だけじゃないよ」
そして、ついにそれが怒る。
二人の身体が、光の粒子となって溶けていく。
「……へえ」
今度こそ、心の底から感心した、という声をスイが漏らす。
「すご……」
リセちゃんとアキナちゃんの姿が、一変した。
リセちゃんは漆黒の、けれど暗さを感じさせない、まるで光を反射する黒曜石のようなドレスへ。
アキナちゃんが金色の、しかし刺々しい輝きではない、日向のような暖かな光を放つドレスへ。
「《顕現》まで、するのね」
「うん。なんかね、『自分達を表現することが私達の想い』って公言してたよ」
「へえ……」
その想いも、こうして二人を見ればすごく納得できる。
はっきりと伝わってくる。
こうしていて、楽しいんだろうな、って。
それに……見ている人を、楽しませたいんだな、って。
……多分私が知る中で、こんなにも人を想う想いは、そうない。
だからだろうか。
私が、彼女達のことを、すごく尊敬しているのは。
†
「……ねえ」
「……なに?」
リセちゃんとアキナちゃんの番は、大盛況のままに終わった。
つーか、今現在進行形でアンコールの声が……すげえするんですけど。
「……私達、この中、行くの?」
「……そう、なりますかねえ」
うん。
次、私達の番だしね。
「……正直に言っていい?」
「一応、聞くだけ聞くけど」
「逃げたい」
ぶっちゃけちゃったよ……。
うん、まあね。
私もね、ぶっちゃけるとさ、もうこれいいんじゃね? と思わなくもない。
だって、前の人達に、一部除き、勝てる気しないんだもん。
もちろん私とスイの絆が誰かに負ける、とは思わないよ?
でも誰かに理解してもらう、ってところだと、やっぱ違ってくるでしょ。
「……でもここで逃げたら、なさけないよねえ」
「う」
私の言葉にスイが息を詰まらせる。
「……分かってるわよ」
スイが肩を落とす。
「行きましょう、緋色」
「うん」
そして私達は、前の組へのアンコールが響く会場に踏み出した。