私の名前はっ!
目の前に、トラックが迫っていた。
人気のない、暗い夜。
ガラス越しの運転手の顔は真っ赤で、しかもぐったりとしている。
酒気帯び、ついでに居眠り運転だ。
……うわー。
部活で最後まで自主練するというこの努力家な私への報酬が不幸とは、なかなかまたやるじゃねえか運命とかそこいらのやつ。
まあ自主練っても文芸部ですが。単に小説の執筆に夢中になっていただけですが。なにか?
ちなみに文芸部って聞けば通りはいいけど、実際にはたんなるラノベ愛好家の集いです。私部長だったり。つまりあれですね、オタク代表。いやいやラノベ呼んでるからオタクとは限らないか。
むしろ今オタクって聞いて根暗想像したやつ前に出ろ。文武両道なわたくしが鉄拳による愛の鞭――いや間違えた拳だった――をお見舞いしてやる。
大丈夫、痣とかは残らないように秘密のレッスン風味でお送りするから。
ちなみに今年の新入生に配られた部活案内の冊子で、文芸部の勧誘文句は『ビタミンY。この単語にぴんときたら入部!』だったり。ビタミンYわかる?
いや、いいよね美少女同士の絡みって。
もちろん『美』がつくことが最低条件なのは言うまでもないね。
おっと話が逸れた。
ははは。暴走トラックを目の前にしてこうも平然としていられる私を褒めてくれてもいいんだぜ、神様。
あ、なんなら転生とかいう選択肢もオッケー。もち、チートじゃないと、嫌ですけど。
そんなこんなでこう、私がトラックとキスするのまであと数秒ってかまあ多分一秒未満。
ふむあと何か考えることはあっただろうか。
そうだ、走馬燈を見よう。
――生まれた。育った。オタクった。高校二年生ととある夏の夜、私にトラックが猛烈な求愛行動。
やべえどうしようもう終わっちゃったんですけど。
そのくらい平凡な人生だったってことですね。ええ。平凡万歳! 嘘やっぱり非日常もいい。フンアンタジー最高!
ってもこんなトラックと勢いよくフュージョンあ悪ぃミスったテヘッ、みたいなノリでごっつんこしちゃう非日常は特に求めていないけど、あれもしかしてこれって好き嫌い。そうだよね好き嫌いは良くないよね。
よっしゃかかってこいトラック。
だが逃げるなら今のうちだぜ。私の総重量は四十五キログラムとスリムさだけにはちょいと自信があるので貴様なぞ逆に轢いてやるわ。嘘だけど。やべえラノベのキャラの口癖パクるとか私超イタいぞ。
だがあえてこれからラノベのキャラの口癖をパクっていく所存である。まあこれからという先があるかどうかはマジ不明。
ちなみにスリムをイコールで美形と結びつけるのはどうかと私は思う所存でございますオホホホホ。
さてはて……あ、間違えた。
はてさて、ところでトラックさんやい。そろそろその熱いキッスで私をとらえてはくれないのかい?
さっきから私は緊張の余り目をつぶっちゃってるんだが。目、開けていいですか?
でも目を開けて目の前に目があったらビックリするじゃん。
んー、でも流石にそろそろザ・ワールドという言い訳も出来なくなってきたね。何秒時間をとめている私。そもそもいつスタンドに目ざめた。
よーし、じゃ、目を開けるよー?
いーち、にー、さんっ。
ふぉっ。
やべえ今、私は世界の中心にいる!
冗談。
いやあながち冗談でもないかも?
うーん、まあそれは置いておくとして、とりあえず冗談――いやだから冗談さん(年齢不詳)、そこらに転がっていてくださいよ。私今大切なことを考えてるので。
さて……現状を整理しよう。
トラックに「お前を、愛してる」と言われた。まあ多少の脚色には目を瞑ってよ。
そんで私はこう答えたわけさ。「貴方のタイヤの跡を私につけてっ!」いや私マゾじゃねえよ。ってかそれ跡付ける前にミンチだわ。もしくは安いホテルの朝のバイキングで出る水気たっぷりなスクランブルエッグ。
そんで、まあよくよく目を凝らしてみたら、おやどうしたことか。
私、真っ白空間に立ってます。
ここどこー?
私こんな歳で迷子とかマジ恥ずいんですけど。ひゃっほぅぃ!
『大丈夫よ、私がいるから迷子ではないわ』
おんや?
後ろを向く。
おやおやおや。
そこに、まあなんていうか、いましたよ。
銀の髪を長く伸ばし、ポニーテールに纏めた女性だ。瞳は見たこともないくらい綺麗な蒼で、その身にまとう黒いドレスはウェディングという単語を前につけていい感じのもの。んで、背中からは白い翼が六枚生えてる。
翼が生えていることにはとりあえず沈黙を通すことを決めて、総評。
絶世の美女。もしくは傾国の美女。後者は若干悪役寄りになります。
『なら、絶世の美女でいいかしら?』
鈴の鳴るような声で、その人が笑んだ。
「おおう……」
なんだ思考が読まれてるのか。
『ええ』
テンプレだな!
なら私はこう返さざるを得ない。
この頭の中の不法侵入者!
『口に出して喋ってくれるなら、もう思考は覗かないわ』
「なら喋ろう」
これ以上頭の中身を覗かれたら私の過去が赤裸々にバレてしまう。
『あら、ならもう少し覗いていようかしら』
「もう覗かないといったその口をホッチキスでとめてしまえ」
『冗談よ。本当にもう止めたわ』
バーカバーカ。
『……』
「……よし」
『まあ何を考えていたかは予測できるのだけれど』
「なっ、これでも近所では寡黙で無表情で氷のような美しさを持つむしろさっさと石になってしまえこの野郎いや私は野郎じゃねえし、というこの私の思考を予測するだって!?」
『楽しい子ね』
そんな評価のされ方は久しぶりです。
「それで神様ー」
『私は神様ではないわよ?』
「え、そなの?」
てっきり神様かと……。
「じゃ、天使?」
『いいえ、一応、人間ね。知り合いはもう誰も私を人間という扱いで見てはくれないけれど、悲しいことにね』
背中から翼生えてる人がいたらおそらく私もその人のことは人類のカテゴリーから外すよ。
「まあ、じゃあ神様」
『そう呼びたいのならば構わないけれどね』
「チート能力付けて異世界転生よろぴく!」
よろぴくってすげえ昔の言葉じゃね?
『貴方は本当に面白い子ね。こういう場面でそんなリアクションをしたのは貴方が初めてよ』
「アンチ・マジョリティな人間なので」
カラスが白と言われると黒くしたくなる。実は世界のカラスが黒なのは私が全て黒く染め上げたからなのだ。
まあでもぶっちゃけカラスが何色だろうが気にしないけど。うん、なんだこの思考。不毛だ。
『まあ、混乱していないなら話がしやすくて助かるわ』
「めっちゃ混乱してます」
ほれ、私の心臓止まっちゃってますよ? もちろん嘘だけど。
でも少なくとも今すぐにでも「不幸だー!」と叫べるくらいには混乱してますね、ええ。
『貴方には、二つの選択肢があるわ』
「素敵に無視する貴方が大好きです!」
『あら、本当? ありがとう』
無視しろよ。
そんな笑顔向けてきやがって、ちょいとドキッとしちゃったじゃない。
『一つは、このまま元の場所に戻って、あのトラックに轢かれて万事問題なく死亡するか』
問題ありまくりですね。
『一つは、何年かを異世界で過ごすか。その後は、上手くやれば元の世界に戻ることも出来るわ』
「せんせー質問」
『はいどうぞ』
おい今その教鞭どこから取り出した。
「チート性能はつけてくれますか?」
『はっきり言って付ける必要がないわ』
「へ?」
なんですと?
つまり異世界でスライムに殺されろと?
あるいはあれですか? エッチなイベントを起こせと? くそうスライムが初体験なんて流石に御免こうむる。
『勘違いしないでね、なにも見捨てようと言うのではないのよ?』
「だったらどういう腹積もりだ」
『貴方、もう魔術の才能とかがそのままでも凄いのよ。だから、普通に勉強したら、すぐにチートになれるわ。そういう人間だからこそ、こうして私がすくい上げようとしているわけだし』
「ナ、ナンダッテー!」
生まれてこのかた十何年。自分にそんな才能があったなんて!
でも中学の頃にSLB(とある魔王の大砲撃)を撃てないか超真剣に試そうとして使えなかった覚えがありますよ!
あれか、デバイスがなかったのが駄目だったんか。
『そして、貴方が行くことのできる異世界は、学園世界。様々な世界から、才能がある子達が集まる世界よ』
「そんな世界があるんだー」
『ええ』
学園都市ならぬ世界とは、スケールでけぇぜ。
『それで、どうする? このまま平凡を愛して終わるか、非日常に飛び込むのをよしとするか』
「一つ訊きたいんだけどさー、その学校ってどういう目的で存在してるの?」
『表向きは、有能な子を見つけて、天界の仕事に就かせたり、違法な行為をする悪魔を取り締まる組織に入れたりと、まあいろいろね。普通にそういう仕事に就かずに日常に戻る子もいるわ。あと、稀にだけれど他と比肩しない程の能力の持ち主は神様に新しく世界を作ってもらって、その世界の管理人にしてもらう子もいるようね』
世界の管理人とかなにそれ超楽しそうじゃん。それ以上に面倒くさそうだけど。
「へー。で、裏は?」
『私の趣味で作ったのよ。ちょっと私の愛する女の子達に制服を着せたくて、それをデザインしたついでに学園を作ったの』
この人、百合な人でしたか。ヤッタネ。
っていうか制服のついでで学園とか普通逆でしょう。そういう正当なツッコミは今はすべき時ではない気がするので自重。
「ちなみに私はどのくらいのレベルに到達できます?」
『世界の管理人くらいなら余裕ね』
「マジか……」
やべえ野望が今から広がる。
「よっしゃじゃあもう決定ですね異世界レッツゴー」
『本当にいいの?』
「ここまで行って私が行かないという選択肢を取ると思ってるんですかユー?」
『まあ、そうでしょうね』
まったく人が悪いぜ。トラックと一夜限りで燃え尽きるような抱擁を交わすか、世界の管理人も進路に含まれる学園ですよ?
悪い、トラックさん。私ビジネスに生きる女だからアンタとのラヴもこれで終わりだわ。
『それじゃあ、早速行ってもらおうかしら』
「イク!」
なにがとは言わない。
『ふふっ……それじゃあ、頑張ってね。名前、聞いてもいいかしら?』
「知ってんじゃないの?」
『それでも、本人から聞きたいのよ』
意味が解りません。ですがまあ聞かれたのなら紳士として答えましょう。淑女だけど。
「棘ヶ峰。棘ヶ峰緋色」
そしてわたくしの非日常のスタートボタンが押されたわけさ。
一年明けてのエイプリルフールの嘘を真に変える!
去年の嘘が嘘になりました! ということで今年のエイプリルフールは完遂ですな。