仲間を求めて酒場へ行く
仲間が欲しくなったので酒場へ行ってみた。
仲間といえば酒場と相場は決まっている。
それは昭和の頃に作られた古い橋の下にひっそりと建っていた。
レンガ造りの小さな建物で、太陽の当たる壁の一面が蔦でめちゃくちゃに覆われている。
赤いドアは薄汚れている。ガラスは中が見えないように直接模様が入っている。鍵が開いているのか分からない。
それだけで引き返す理由には十分だった。でも家に帰ったからといって、他にてっとり早く仲間を作る方法なんて分からない。結局俺はドアを押す。
開けるとからんからんと音がする。
中は意外に片付いている。正面にカウンターがある。そこに髪の長い、ちょっと訳ありという感じの女性がいる。
20代後半くらい。右目を髪で隠している。
俺と彼女以外に人はいなかった。狭い部屋だ。四人も入れば満員だろう。
近づいても、彼女から挨拶はない。
壁にはなんの張り紙もない。メニューとか値段とか、そういうものがあってもいいだろうに。
「あの」
と、俺は声を発する。
「はいなに?」
彼女が反応する。
「仲間を探しにきた」
「どんな?」
急に具体例はでてこない。なんでもいいといえばそうだ。付き合ってみて相性がわかるのが仲間というものだろう。
「なんでもいいから言ってみ」
「俺と相性がいいやつだ」
彼女はとても大きなため息をついて、思い切り髪をかき上げる。
「一緒にどっか行きたいとか、責められたとき味方になってもらいたいとか」
俺は首を横に振る。
「知らない誰かとどこへいくんだ? 責められたら自分が悪かったらすぐ謝る」
それに味方になんてなられたら、あとでもっとややこしいことになる。弱みを握られる恐れだってある。
「ならなんで仲間が欲しいのさ」
俺を見る彼女の目は、一週間分くらい溜まった洗い物の山を見るような感じだった。
「知らない人はごめんだ。だが俺のことを知っているやつも嫌だ。そんな仲間が欲しい」
もちろんそれ相応のお金は払うつもりではいる。
「それは有名人とか、そういうことなんでしょうね」
俺はその言葉を少しだけ考えて、やがて静かに目でうなづく。
それで彼女は何やらその要望を白い紙に書きつける。
「求めるのはそういう友だち、ということ?」
ともだち、という言葉にひっかかる。
「欲しいのはあくまで仲間だ」
「ならあんたのおっしゃる仲間と友だちとの違いはなあに?」
かなり馬鹿にした口ぶりのわりに、テキパキとメモを取りながら、女が尋ねる。
「俺の基準でいいのか」
一応前置きしておく。また溜まった汚れ物を見る目で見られたくない。
どうぞというように彼女は目を伏せる。
それから無言で髪をかき上げる。
「俺にとっての友だちというのは、どんどん仲良くなって、なれなれしくなって、最終的に嫌になるものだ」
メモを書く手をとめず、彼女は小さくうなづく。正直何か反対意見が出ると思っていた。でも黙って聞いてくれていた。
俺は続ける。
「でも仲間はそうはならない、いや、もちろんそうなる可能性もあるんだが、なりづらくはある」
「つまり何かのビジネスパートナーを求めてここへやってきたと」
まあそんなところだとうなづく。
「いやだがはっきりビジネスではない。そういう仲間が欲しいと思ってここへきた」
「利益の追求はなし?」
俺はうなづく。
そういうことをしたければ、ハローワークへ求人を出すなり、転職サイトを頼るだろう。
「わかった」
彼女は答える。それから俺の名前と住所と連絡先を控える。それをノートパソコンに打ち込む。
「今そういう客多くて」
「そうなのか」
ならもっと波風立てないようにやってもらいたい。
彼女は小気味よく最後のキーボードを叩く。
「手配した。明日から発送可」
「信用してないわけじゃないがどんな人だ?」
「人じゃない」
「?」
彼女はパソコン反転させ、画面を俺に見せる。そこには大きな熊が両手を挙げて映っている画像がある。
「熊ね」
言っている意味が分からない。
「そういうときは人よりも動物」
「は? いや」
「今ちょっと猫や猿が品切れでね。でも大丈夫。この子サーカスにいたから、人を襲ったりもなし。完璧にあんたの求めるお仲間になれる」
「いや、いきなり家に熊を寄越されても。アパートだし」
だが女性は引き下がらない。
「有名よ。ほとんどの人が彼のことを熊だと存じていますこと受け合い」
トンチじゃないぞ。
彼女はなおも説明を続ける。
「それに、ご飯の上げ方次第では、友情関係の調整もできる。もし完璧に服従させたいのなら、何日もご飯を抜いて、死にそうになったところにちょっとずつ与えてあげればいいの。でも食べられるかも知れないから、気を付けること」
なんて言いながら、彼女はカタカタキーを叩き続ける。
「お支払は?」
「いや、だから」
俺の声は少し荒くなっている。
「一緒に寝ると温かいわよ」
「帰るぞ」
ちっと彼女は舌打ちする。
「心強いと思うけど」
俺はもう返事もしない。
結局彼女は熊の発送を取り消して、なんとかこちらの要望に叶うような人を選びだした。
後日やってきたのは、ひどく痩せた若い男だった。
髪が肩まである。
無口、いや、何も言わない。
俺の部屋に上がり込んで、担いでいたリュックから専用のペンとタブレットを出して、俺の机の上に広げ椅子に座る。
やがて絵を描き始めた。
漫画のようだ。
彼がトイレ立ったときチラッと見たが、少年誌で見るような漫画で、素人目にもうまいことが分かった。
SNSで発表している人気の漫画家というのは後で知ったことだ。
しかし彼は俺の問いかけに一切答えなかった。
机に陣取り、黙々と原稿を上げて行く。
たまにトイレに行く以外移動はない。お昼はネットで注文する。むろん彼一人分。
夕方五時になると机を片付け始め、家を出て行く。
そして翌朝8時にやって来る。
そしてまた同じことを始める。
俺は彼を置いたまま仕事へ行った。帰ってくると彼はいない。
そういう日が続いた。休みの日は一緒にいる。
これが仲間なのか。いや、少なくとも求めていたものではない。だが、俺があの酒場の女に要求したものではある。
それに限りなく近いことは確かだ。
だから返品しようにもうまい文句が思いつかない。まあだが熊よりはいい。
そうやってズルズルと、俺と仲間の生活が続けられた。
彼は俺のことなんてまったく気にかけないし、未だ一言だって口もきかない。
ただし、できた漫画の最新号を見るのだけは許してくれた。
出前が来たとき、そっとタブレットをこちらに渡す。そうして彼がオムライスやらハンバーガーやらを食べている間、黙って漫画を読むことになる。
それですっかり彼の作品の虜になってしまった。
でも彼は依然と口を聞いてくれなかった。
作品は評判で、週刊誌の依頼が来た。何故か俺の携帯電話に。
俺は彼とメールでやりとりをし、その旨を再び編集者に伝えた。
やがて俺は仕事を辞め、彼のマネージャーになった。
そう、俺は彼の仲間だ。
彼の本がさらに売れるようになると、編集部の勧めで会社を作ることになった。
俺は一人女の子を雇った。彼女が事務と雑用をしてくれたので、仕事は楽になった。
そうして新しくオフィスを借りた。さすがに今のアパートだと、防犯上問題があったから。
酒場の女性は、熊の紹介を断った腹いせにこの漫画家を紹介したのだろう。だが俺にとっては中々良い仲間だったようだ。
今度うまい羊羹でも送ってやろうかと思う。