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日記の最後

*あなたは最後のページをめくった。


 ここまで読んだか、はたまたここまで飛ばしたかわからないけど、とにかくこれだけは読んで欲しい。


 もう開かないと思ってたけど、このまま終わらせたくなかったんだ。


 ここからは、推測混じりの真実を書き記す。わかってる、これは贖罪にはならない。


 真実に気づいても、疑念が浮かんでも私は日記に書かなかった。日記というパーソナルなものにすら、書けなかったんだ。


 何故か?簡単だ。読まれるのが怖かったから。人の日記なんて誰も読まないのは常識だろう。ただ、書いて残すというのは、万に一の確率で見られてしまう可能性がある。それが怖かったから書けなかった。


 臆病だ。醜い。そこまでして私は私を守りたかったんだ。


 私がやっている行為は、時効が成立した途端に出頭するようなもの。今日この村を離れるからこそ、私はここに書き記す決心がついた。


 だから、これは贖罪じゃない。この裏切りを許してもらおうだなんて思わない。真実を書くのは、私の罪をあなたに見てもらいたいからだ。要はただの自己満足だ。


 見て欲しい。そしてあなたの手で裁いてほしい。私のわがままを、どうか、お願いします。




 前置きはこのぐらいにしておいて、ここからは私が目にして耳にしたことをベースに真実を記す。


 まず最初に言う、魔王はいない。


 崖から落ちたレイゼを助けるときに見た魔物の様子が、勇者の日記で記されていた魔王出現時の魔物の特徴と合致しなかった。違和感を感じていたけど、その時点では無理矢理見間違いだと思い込むことにしていた。信じたくなかったし。


 でも、一昨日、つまり25日に、大司教のある言葉を聞いて魔王の不在が私の中で確定した。


 大司教は「子供なら誰でも良かったとはいえ、レイゼという小娘に勇者を任せて良いのか」と言っていたんだ。


 まず、前提として勇者の日記は本物だ。要は、嘘でも書いてない限りほぼ100パー真実が書かれているということだ。


 そして勇者の日記曰く、勇者は女神が決めるものだという。つまりは、誰でもいいはずがないんだ。ということは、大司教たちは、女神教会は、お告げを聞いていないということになる。


 では何故、お告げを聞いていないのに、勇者を独断で選ぶのか。


 理由は恐らく、魔王という存在を鮮明にさせるためだ。勇者が選ばれたという情報は、教会を疑っていた人も、魔王の存在を信じるようになるほどの大きな証拠となりうる。魔王がいるから勇者が生まれる。その逆もまた然り。それがルールであり、常識であるということは、物語を読んだことのある人なら誰でも知っている。


 しかし、もし魔王が実在するなら、こんなまどろっこしいことをするはずがない。


 魔王がいないなら、話は別だ。


 いもしない魔王という存在の信ぴょう性を高めるために、勇者を登場させた。そう考えるのが自然だろう。


 問題は何故、魔王の虚像を作り上げたいのか、その理由だ。


 魔王は死の病の原因となった存在、と、話が広まっている。そして恐らく、その情報を広めたのは女神教会だろう。


 中央王国は大国であり、その大国は女神教会によって支えられている。しかし、死の病の流行をきっかけに、女神を信仰し、勇者の伝説を語り継ぐ教会に、不信感が募られていた。


 国からの支給もないし、女神の救いもない。日々の不安を素材に生まれ、募る不信感。それは、女神の存在すら疑うほどに高く積み重なった。


 きっと国は、薬を行き渡らせることも、医者を辺境に送ることも、そして、既に流行っている死病を食い止めることも、不可能だと悟ったんだろう。しかし、不可能を不可能のまま放置すれば、そんな状態を放置する女神への不信感は極限まで溜まり、信仰を失った教会は信用を失うことになってしまう。


 ただ、それをなんとかするだけの具体的な策はない。


 だからこの『魔王が生まれ、勇者が生まれた』という情報を作った。その情報はそんな不信感を取り除くための薬になるからだ。


 つまり、権威の失墜と各地の暴動を恐れて、自らを信奉する女神の信憑性を証明するために、魔王を作り上げたのだろう。


 そうすれば、女神の存在は疑われることなく、それに支える女神教会の不信感は晴れる。


 また、原因があれば解決すればいいだけとなる。つまり、魔王という病の黒幕を原因として用意することで、解決を匂わせ、ありもしない希望を作り上げたんだ。それによって、見せかけの安心感が生まれ、暴動の兆しも薄れる。


 本当は、病気の原因なんてものはなく、ただただ絶望が広がっているだけなのに。


 奴らは嘘を塗り重ね、私たちを騙した。


 これならうちの家族が、真実を記した日記を女神教会に送らないのも納得だ。あの日記は、騙してくる奴らに唯一対抗できる真実という武器だ。それを渡すわけにいかない。


 きっと、お父さんもおじいちゃんも、私以外全員、女神教会が信用できないということに気づいていたんだろう。


 あの時、お父さんが私に言わなかったのは、私が信じないと思っていたからだ。それほどまでに奴らの嘘が浸透していたんだ。


 だから私が信じられるように、お父さんは話さず、私自身の目で確認させようとした。自分で見たものは、どれも真実だから。


 ともかく、魔王も勇者も、今この世界には存在しない。


 奴らは勇者なんて誰でも良かった。だから私は、奴らを利用することにしたんだ。


 私は何も知らないフリをして、大司教に頼み込んだ。自分が勇者になりたいと必死に頼んだ。それが真相を知った私が選んだ選択だった。


 奴は私に何故かと聞いた。私は素直に答えた。


 死ぬのが怖いから、この村からいち早く出て行きたいから、そう答えた。


 大司教は気色の悪い笑みを浮かべていた。奴は、思っていた以上に腐っていた。だから私は、恥も外聞も、女としてのプライドも一夜にして全部捨てた。


 そうして私は勇者として認められた。


 このことがバレたらきっと、勇者の座を奪おうと誰かが狙ってくるだろう。勇者の座が奪われれば、私は一生この村で過ごすことになる。そしてこの村にいれば、十中八九、苦しんで死ぬことになる。


 だから私は、隠すために真相を日記に書かなかった。誰にもこのことを言わなかった。


 唯一の親友にすら、だ。


 嘘に踊らされたあの子は、きっと病気で死ぬだろう。お父さんは、私に決めさせようとしてたし、多分こうなる覚悟を決めていたと思う。


 この村は人里から遠い。食料もないし、発症してないだけで感染者もいるだろう。村人全員逃げるだなんて100パー無理だ。


 そう、私は私を尊重して、命惜しさに今からこの村の住民を見殺しにするんだ。


 酷いでしょ?悪魔みたいでしょ?でもこれが私なの。夢を見ずに現実だけ見てきた私の選択がこれ。

あなたはどう思う?私があなたなら、酷い奴だって思う。お前も一緒に死ぬべきだって。


 だからさ。あなたが裁いて。過去の私を罰して。お願いだから、この思いから解放させて。


 あなたに頼んでも、今の私が裁かれるわけじゃないから、意味ないのはわかってるけど、それでもいいの。


 最後に。お父さん、ありがとう。お父さんが何故私に対して「自分で見て聞いて判断しろ」って言ったのかわかった気がする。


 私は女神を信仰してたし、その女神の力を持った女神教会も同じように信仰してた。つまり信じてたんだ。だから多分、あの時言われてても、お父さんの言うとおり信じてなかったと思う。


 それにこの選択は、自分の力で確かめて来なかったら選べなかったと思う。目で見て耳で聞いたおかげで、こうしてこの選択を選べた。情報という名の材料を自分で取って判断して、そして悩みながら自分なりの正解を導けた。


 きっとお父さんは、信用しないっていうのもあるけど、後悔させないために、私にとっての正解を選ばせるために、あえて言わなかったんだと思う。


 だから重ねて感謝を申し上げます。ありがとうございました。


 ああ、時間だ。レイゼが私の家に尋ねてきた。そろそろ、締めないと。


 お父さん、私は今から勇者になってきます。物語のような綺麗な心を持った勇者ではなく、悍ましく真っ黒な、醜い勇者だけど。


 私は出発する時、みんなにお別れする時にどんな顔を浮かべるでしょうね。悲しみに暮れて泣く?それとも全て堪える?


 多分どれも違う。きっと笑ってると思う。だって私は醜い勇者だから。


 罪を背負った醜い心を持つ人間が「これで助かる」「やっと逃げられる」そう思ったら、自然と笑顔になるでしょ?


 じゃ、行ってきます。


*あなたはゆっくり本を閉じると、手に持ったオレンジ色の花を本の上に置いた。

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