表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

別の家で見つかった日記(3)

*あなたはページをめくった。


 11月11日(雨)


 13人だ。患者の数は13人。恐らく、いや、間違いなく全員死ぬ。最初の患者はもう死んだ。


 お父さんに「今日は休んでおけ」と言われた。釈然としないというか、離れてても昨日の光景を思い出して落ち着かない。働きたいと言ったけど、「明日からもっと忙しくなるから、今日だけでも休め」と。結局そういうことか。


 まあ、お言葉に甘えて今日は休んでレイゼの家へ行った。レイゼは...まあ、思った通り落ち込んでいた。魔法はどうやら諦めたらしい。自分より私の方がよっぽど勇者に向いているから、自分如きが魔法を学んでも意味がないと言った。


 言葉の節々に感じる嫉妬心。レイゼから敵意に似た視線を感じるようになった。


 悲しいことだけど、責める気にはなれない。


 ただ、私の方もレイゼに対して嫉妬心を抱くこともあるということを、レイゼにも知っておいてほしい。


 醜い感情を抱いているのは、あなただけじゃない。


 私だって...いや、よそう。




 11月12日(曇り)


 患者数は増える一方で、今日は働かされた。患者からは離されたけど、この診療所で働く以上、どうしても恐怖心を手放せない。


 ともかく、精神的にも体力的にも疲労困憊で今日は日記を書くのをやめようかと思っていた。ただ、聞き捨てならない情報を聞いてしまったのでとりあえずそれだけ書くことにする。


 魔王の復活が確認されたという情報が村中に知れ渡っていた。


 女神教会からの手紙により、魔王復活が明らかになったらしい。聞いた時は、驚きの気持ちよりも、納得の方が上回った。前に問われた時はあやふやな考えだったけど、苦しむ患者を見てきて、ようやく答えが出た。こんなありえない病気が蔓延してるだなんて、魔王が復活して災をもたらしたとしか考えられない。


 しかし、村中大混乱かと思いきや、意外とそんなことはなかった。


 むしろ、その逆だった。死病が目の前に迫り、補給も来ない現状に中央王国に対して不信感を抱くようになりピリついていたが、魔王が生まれたという情報によってその空気がわずかに弛緩した。希望を抱いているようだった。


 最初は何故かわからなかった。何故希望を抱くのか。


 言われてみれば簡単な話だった。


 ゴールが見えたからだ。今まで死病は対処不能だったし、流行った原因や根底にあった問題すらわからなかった。


 もちろん今でも対処自体はできない。しかし、魔王が生まれ、それが死病の原因とあれば話は別だ。だって魔王が原因なら、魔王を倒してしまえば解決するのだから。不透明な未来が、現状が、その情報だけで少しだけ透明になった。


 解決方法がわかれば、希望を抱くのは当然だ。


 これは、この村にとっての吉報なのかもしれない。


 魔王が復活したということは勇者も生まれるということだ。女神様、どうかよろしくお願いします。




 11月22日(晴れ)


 忙しくてここ最近日記を書く暇すらなかった。まあ今も眠いしすぐ寝たいけど、現状に進展があったので書き記す。


 端的に言えば、この村に女神教会の大司教様が来た。そしてこの村に勇者がいると言い放った。驚いたけど、この村は元々勇者を排出した村だ。私が女神様なら、実績のある村を選ぶし、そう考えると納得できる。


 私含め子供らが集められた。そしてよく見えなかったけど、誰かの腕を取ってなんか話していた気がする。その後、大司教は「判別に時間がかかるから」と言って村の宿へと向かっていった。


 どう考えても怪しい。絶対にわかっていたはずだ。そもそも時間がかかるとわかっているのに、わざわざ早めに村まで来る必要はないだろう。死病が移る可能性もあるんだし、こんなことするなら王国で判別を終わらせてからでいいはずだ。


 十中八九裏に何かあるだろうな。


 しかしそんなことはどうでもいい。


 その情報は村人たちを前向きにさせた。それは事実だ。これで勇者が魔王を倒せばいいだけ。問題は、それまでに村が持つかどうかって話だけど。




 11月23日(晴れ)


 今日も忙しかったけど、とりあえず日記は書いておく。


 患者は増える一方だ。今では死者数が30人へ昇っている。私にはわかる、多分、この村はもう手遅れだろう。


 そんな状況なのにも関わらず、村人たちは皆、目の前に広がった束の間の希望に浮かれて、勇者が誰だか予想していた。


 私だという声が多かったけど、それは間違いだ。大司教と話していたあの人影の正体は私ではないし、その人がもし勇者ではなかったとしても、そもそも女神様が私を選ぶわけがない。


 確かに私は歳の割にしっかりしてるし、色々できるし知識もあると自負してる。ただ、私にだってどうしてもできないことがある。


 それは夢を見ることだ。夢を見るということは、理想を掲げ、高みへ行こうとするということ。


 それこそが勇者の精神性の根本だろう。夢を観れるからこそ、魔王という強大な敵を倒せた。理想を掲げられるからこそ、そこに至ろうと努力できるし、無謀なことにも挑めた。


 私にはそれができない。知識があり、力もある。だからこそできるのではない。むしろその逆で、だからこそできない。


 自分の実力を知っているからこそ、手の届く範囲を理解しているからこそ、それ以上の高みを夢に見ることができない。


 だってそうでしょ?不可能と気づかなければいくらでも夢を見れるけど、それがただの無謀と知ってしまえば、そんなできもしないことを夢に見ようだなんて愚かなことをするはずがない。


 簡単に言えば、私はバカになれないんだ。だから私は勇者になれない。


 もしなったとしたらきっと、歴史上で最も醜い勇者になるでしょうね。




 11月25日(晴れ)


 知ってしまった。やってしまった。これは全てを裏切る行為だ。みんなを見捨てる行為だ。でも、それ以前に私は怖かった。だからそうするしかなかった。これが正しいんだ。きっと正しい。


 お父さん、私、お父さんの言ったことを全部理解してしまったよ。だから、私が選ぶことにした。


 最後のわがままになります。許して下さい。




 11月26日(雨)


 昨日のこともあって眠れなかったから外に出たら、村から出ようとするレイゼを見かけた。様子もおかしかったからとりあえず話すことにした。


 レイゼは自分の心のうちを吐露した。自分が勇者であること、あの日を機に誰かを助けようとすることが怖くなり、挫折したこと、そして、私に嫉妬していたこと。


 私は全部受け止めた。レイゼに流れる黒い感情を全部。私は全部知っていたから、受け止めることができた。


 ただ、彼女の胸の内から出た黒い感情は私に蓄積していった。


 私はレイゼを慰めるだけ慰めたけど、正直、そんなことする気になれなかった。


 レイゼは私に嫉妬をしていたと言った。なんでもできる私と自分を比べたのだろう。


 今日が最後の日記になるだろうから、言えなかったことをここで書く。


 レイゼ、私もあんたのことを妬んでいる。あんたは何もできず、何も知らないから、愚かにも夢を抱いた。そして身の丈に合わない高望みをした結果、勝手に恐怖し挫折した。


 正直、ずっと言えなかったけど、私から見たあんたは馬鹿そのものだった。


  あんたのその馬鹿な挫折のせいで、この村は滅亡の道へ舵を切ってしまった。


 でも、それを責めようという気持ちよりも、嫉妬心の方が上回っていた。


 あんたは庇護される側だ。何もできず何も知らないからこそ、何でもでき何でも知ってる私が守るんだ。そういう風に世界はできているんだ。たとえそれが不本意でも、できるから、知ってるから、それだけの理由で守らなければいけないという責務を負わされる。それが理だ。


 夢を見て、誰かに守られて...それがどんなに幸せなことか、あんたにはわからないでしょうね。


 私は生まれた頃から医者の娘として期待され、血の滲む努力をさせられ、自分の実力を嫌というほど知った。そして挙げ句の果てには、死病が身近にある、危険な目にも遭わされている。


 だから、夢なんて見れなかった。見れるはずがなかった。


 レイゼ、あんたは誰かを守るのが怖いって言ったよね?私も怖いよ。でもあんたとは違う。あんたほど高尚なものに恐れているわけじゃない。


 私はただ、死ぬのが怖い。病気にかかって苦しんで死ぬのが堪らなく怖い。


 あんたを助けに行ったのだって、日記ではあんたが死ぬのが怖いとか書いたけど、本当は自分が死ぬのが怖かったからなんだ。あの村で患者に関わることが怖くて、あんたを捜索するということを免罪符にして逃げたんだ。


 あんたは多分、身を身を挺してでも誰かを守りたい、勇者になりたい、でも怖い。そう思ってるだろうさ。けど私は勇者になりたいとも、身を挺して誰かを守りたいとも思えない。


 ただ私は死にたくない。利他的なあんたと違って、私は自己中心的なんだ。


 だから私は、あんたがのことが好きになれないんだ。


 私がもし、あんたのようにバカになれたら、何も知らず何もできず、守られるだけの存在になれたらどれだけ楽だったか。愚かにも自分の身の丈に合わないような夢を見ることができたなら、どれだけ良い人生を歩めたか。


 ...とにかく、ずっと書いてきたけど、結論として言いたいのは、やっぱり私よりレイゼの方が、勇者に向いてるってことだ。


 それはどう足掻いても覆らない。それこそ、生まれた家が入れ替わりでもしない限りあり得ない話だ。


 でも、残念ながら勇者になるのはレイゼじゃない。私だ。


*あなたは震える手で最後のページをめくった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ