別の家で見つかった日記(1)
*見覚えのある部屋の中で、あなたは日記を手に取った。
この日記を手に取ってページをめくったあなたに告げます。
途中は読み飛ばしても構わない。ただ、最後だけは読んで欲しい。この日記に興味を持ってくれたあなたに、知って欲しい。例えそれが意味のないことだとしても、あなたにとってはどうでもいいことだとしても、それでもいいから。
どうか、私の罪を裁いてほしい。
10月30日(曇り)
レイゼと一緒に森へ遊びに行った。レイゼは道中に人助けをしたらしい。そのことを自慢げに話してきた。
あの子はいつからか勇者に憧れるようになった。率先して誰かを助けることは悪いことじゃない。ただ、いつか転んで立ち上がれなくなるんじゃないかと思うほど、危なっかしいところがある。
私は、言ってはなんだがあの子よりはしっかりしてる、と思う。あの子よりもいろんなことを知ってるし、あの子と違って魔法も使える。
だからこそ、レイゼのことをしっかり支えていこうと思う。レイゼのお父さんからも言われたし、何より、誰かに頼られるのは悪い気がしない。
10月31日(晴れ)
森へ遊びに行った。その道中でレイゼが派手に転んだ。全く、この子は何かしようとする度にヘマをする。だから、心配なんだ。
魔法を使って綺麗にしてやったけど、その時のレイゼの目が忘れられない。あんな羨望の眼差しで見られても困る。確かに私は魔法を人並み以上に使えるけど、そんな目をされるほどの才能ではない。
結構雑に洗ったのに、だいぶ興奮して喜んでたな...。そんなにすごいことか?
そんなことよりその後、普通に鬼ごっこをして遊んだレイゼの体力とテンションのほうがすごいと思う。あの子は...やっぱりバカだ。
バカだから大丈夫とは思うけど、風邪が心配だ。
とりあえず女神様に祈っておこう。
11月1日(晴れ)
朝、お父さんがレイゼの家に行った。しばらくして帰ってきたお父さんに聞いてみたところ、レイゼが熱を出したらしい。診たところ、風邪だそうだ。女神様でも無理だったか...。
だから今日は風邪に効く薬草と果物を持って、家にお邪魔した。
レイゼが遊べないことを残念がっていたらしいから仕方なく。まあ、悪い気はしないけど。
そうしてしばらく他愛のない会話を交わしていると、レイゼは眠りについた。本当に子供みたいな寝顔だった。私の心配も知らないでぐっすり寝ちゃって...。
まあでも、風邪でよかった。今、全世界で致死率の高い伝染病が流行っているらしいから、それじゃなくて本当に良かった。
流行りの死病。あれが何故流行っているのか、原因はなんなのか、はっきりと言われているわけじゃないけど、この世界に生まれ育ってきた人なら、なんとなく思い浮かべるだろう。
勇者の物語に出てくる、魔王。其れは世界に災いをもたらす者。地も空も赤に染める、負の権化。
こいつの存在が、どうしても脳裏にチラつく。なんだか...胸騒ぎがする。
まあ、憶測で語るのは良くないな。原因はさておいて、あの病気はお父さんも警戒している。だから私も警戒するに越したことはない。この村も、レイゼも大切だから、守りたい。
11月2日(曇り)
レイゼの風邪が治った。早っ!
でも、昨日みたいに調子出てないレイゼを見るのは心苦しかったしなによりだ。
「外で遊ぼ」と言って玄関から出ようとしてたけど、即アルフさんに捕まえられていた。そりゃそうだ、私も止める。
だからまあ、代わりに今日は家で遊んであげることにした。しかも今日は魔法だ。あの時あんなにキラキラした目で見られてたから、喜ぶと思った。
案の定喜んでいた。
ただ、今まで大して練習してきてなかったからか、まだまだだ。私に追いつくとか言ってたけど、この調子ではいつになるのやら。
何度やっても失敗するもんだから、私が手を加えてあげた。そうするとレイゼがもっと喜んではしゃいだ。
喜んでくれたことは、素直に嬉しい。それはいいことだ。
しかし、あの子が言った言葉に少し、ほんの少しだけイラついてしまった。
レイゼは私のことを天才だと言った。もちろん、褒め言葉として言ったのだろう。ただ、私はその言葉が嫌いだ。
私はこれまで、勉学も魔法も努力してきた。実力者であるお父さんの影を追いかけるように、夢を見ることすらやめて、診療所の後継として恥じぬようにずっとずっと、1人で。
でも、天才のたった一言で、その努力が否定された気分になる。だから嫌いだ。
...こんな暗いこと書いてどうするんだ私。
ま、私の好みはどうであれ、すぐ才能のせいにするのはあの子の悪い癖だ。前にも魔法を学ぼうとした時期があったけど、その時もこんな感じですぐやめた。
勇者を目指すなら、その癖治さないとね。ここで書いても意味ないか。
11月3日(曇り)
今日は薬草とか備品とかの整理をやった。診療所を休むわけにはいかないから、そっちの手伝いもあって何かと大変な1日だった。
蔵の整理をしているところ、懐かしいものを見つけた。
勇者の日記だ。
昔、蔵で見つけた恐らく本物であろう勇者の日記。これの存在は私とその家族以外は誰も知らない。中央王国の女神教会も知り得ないものらしい。
なんでこんなものがあるのか聞いたことがある。お父さんは「いずれ話す」と言って今まで話してこなかった。
この本をとって、久しぶりに何故こんなものがこんな辺鄙な村の診療所にあるのか気になってしまった。
ま、今日は忙しそうだったし聞けなかったんだけど。
それより、久しぶりに読んでみたらやっぱり面白い。女神様のお告げによって勇者になったとか、魔王が生まれてから世界がどう変わったかとか、魔物の生態や見た目が急激に変わったとか、子供の頃に読んだような物語や、言い伝えには記されていないような細かいことが書かれている。
想像が膨らむ。どういう旅だったんだろうな。
こんなこと考えていると、なんだか申し訳なくなってくる。だってこの本はうちらだけの秘密、勇者になりたいっていつも言ってるレイゼには、この日記を読ませられないんだ。そう考えると可哀想だな。
今日は遊んであげられなかったし、明日はお詫びも兼ねて遊んであげよう。
11月4日(雨)
今日は酷い目に遭った。山の方で雲がかかってるのを見て一雨降りそうだなあと思っていたはずなのに、てっきり失念してしまっていた。
そのせいで、レイゼも私もびしょ濡れになっていた。折角今日はレイゼのために魔法を教えようと思っていたのに、出来なかった。
でも、雨宿りで入った洞窟で、魔法を使って泥人形を作ったら喜んでくれた。びしょ濡れになったのに、なんともまあ単純だな。しかし、その素直さは純粋に羨ましいし、人を惹きつけるものがある。
レイゼは私のことを「すごい」とか「勇者みたい」とかいうけど、私はそんな大層な存在じゃない。
むしろ、純粋なあなたの方こそ、ふさわしいんじゃないかな。
私はレイゼよりも知識があるし、魔法も使えるししっかりしている。だからこそ引っ張って守っていかなきゃいけないのに、天気のことすら失念して、レイゼに風邪を引かせるリスクを負わせてしまった。
多分、やっぱり私よりあなたの方が向いてるよ、レイゼ。
11月5日(晴れ)
今日は昨日できなかった魔法の練習のために森へ行った。
そしたらレイゼがいきなり火の魔法を使って、手のひらに火の玉を出現させた。これには少し驚いた。前まで自分の手で魔法を使うことすらできなかったのに、まあそこそこ様になっていた。
どうやら家でも自主訓練をしているらしい。道理で。
ただ、やっぱりまだ荒削りだ。それは本人も理解しているようで、お手本を見せたら色々勉強していた。勉強熱心で何より。
女神様、どうか勉強熱心な彼女に力を。
*あなたはそっとページをめくった。