古びた日記(3)
*あなたはページをめくった。
11月11日(雨)
村人たちが忙しそうにしています。どうやら私がダラダラと過ごしている間にも、患者が増え、今では13人が流行病にかかっているそうです。最初の患者さんは、既に亡くなったそうで、ミリオちゃんのお父さんが必死に食い止めようと尽力しています。
外では手紙を送ったのに王国の対応がないからと、みんな怒っていました。正直、とても怖いです。
しかしミリオちゃんはそんな状況でも「明日からしばらく遊べなくなるだろうから」と言ってお手伝いせず、私を優先して遊びに来てくれました。
今日はかくれんぼです。
その前に、ミリオちゃんからは魔法は?と聞かれました。何と答えようか迷いましたが、素直に答えることにしました。軽蔑されないか心配でしたが、ミリオちゃんは「そっか」と一言言うだけで、後は何も言いませんでした。
やっぱり、ミリオちゃんは違うなと思ってしまいました。遊んでる最中も、ずっと醜い感情が胸の中に湧いていました。
嫉妬しているのです。私が勇者様にふさわしくないからこそ、物おじせず、誰かを助けるだけの力と知識を持ったミリオちゃんに対して、醜いほどに嫉妬している。
ダメな人間です。
11月12日(曇り)
なるべく外に出るなと言われました。
患者数はいまだに増える一方で、今日だけで5人増えました。このままじゃ村が終わってしまうかもしれません。
そして今日、大事なことを盗み聞きしてしまいました。
馬鹿な私でも薄々勘づいていましたが、魔王の復活が確認されたらしいです。多分、流行病が災なのでしょう。つまりこの惨状は魔王復活のせいです。
原因がわかって良かったです。あとは物語通りに、魔王復活に際して女神様のお告げにより、勇者様が生まれるだけです。そうすればきっと、救われるでしょう。
女神様、どうかこの村をお救いください。私は勇者様にはなれないのです。だからせめて、どなたかを勇者様に選んで、この世界を救ってください。
11月20日(雨)
どうしても日記を書く手が動かなくて、8日越しに筆を取っています。
ダメですね。目標も何も諦めて、忙しそうに働くミリオちゃんを見て嫉妬して...私は一体何ができるのでしょうか?
そんなことはさておき、村が大変です。
患者数が増えに増え、村人の三分の一が感染してしまいました。もう既に死者は20人以上にまで昇っています。魔王復活を告げる手紙以降、中央王国からの手紙は無し。最初のうちは女神様への祈りを捧げていた人たちも、手を合わせなくなりました。
もう、終わりの時が近づいているようです。
11月22日(晴れ)
まだ動揺しているので、落ち着くためにもここにまとめます。
今日、村が騒がしかったので外に出てみると、甲冑を着た人が数人と、威厳のある神父さんが村を歩いていました。
一目見てわかりました。あれは大司教様です。でも何でここに来たのかわかりませんでした。女神様の祝福でこの村を復興させてくれるのかと思いましたが、それは違うようでした。
みんな、怪しむような視線を送っていました。
そんな中、大司教様が言ったんです。女神様から「この村から勇者様が生まれた」という啓示を受け取った、と。
私は喜びました。勇者様が生まれたということは、魔王を倒せるということ。魔王さえ倒してしまえば、やっとこの村が病魔から解放されるんです。
私だけでなく、村人全員の顔が希望に満ち溢れました。
そうして甲冑の人が、誰が勇者様か選別をするからこの村にいる子供を連れてこいと言いました。
集められた私たち子供は、大司教様の目で直々に見定められました。
そして私を見た途端、顔色を変え、腕を取ったのです。
そう、勇者様は私でした。
それを察した私は、大司教様がみんなに宣言する前に、咄嗟に声を被せました。
きっと、このことを知れば、村の人も、その場にいた子供も、お父さんも、みんな喜ぶでしょう。
しかし、私だけ喜べません。
期待され、もてはやされることが目に見えています。そんなの...嫌です。
だからせめて、公表は出立の1日前にして欲しいと耳打ちしました。その時は我ながら、意外と頭が回ったなと思いました。
大司教様は渋い顔をしましたが、わかったとだけで言って「記憶との照合に時間を有するから判明次第発表する」とだけ言って宿の方へ去っていきました。
大司教様は私のために嘘を吐いてくれました。罪を背をってくれるだなんて、流石は女神様を信仰しているだけのことはあります。
ともあれ、考えないといけないのは自分のことです。どうしましょう、私には無理です。命を賭して魔物と戦って、自分を犠牲にして誰かを助けるなんて、私にはできません。
できないから、諦めたのに。こんな醜い勇者様がいていいはずがないのに。
現実は非情です。女神様なんて...いえ、たとえ誰かに見せるものでなくとも、こんなことは書くべきではありませんね。
11月23日(晴れ)
出立は5日後だそうです。一度中央王国に行って、装備とお金をもらって旅立ちだと言っていました。
村中誰が勇者様かの話題で持ちきりでした。中でも声が多かったのは、ミリオちゃんです。
側から見ても、ミリオちゃんが勇者に相応しいのです。
では、何で私なのでしょうか?私ではなく、ミリオちゃんだったら良かったのに。今日だって色んな人を助けて、忙しそうにしていました。みんなからも支持されていますし。
ああいう人こそ、勇者様に相応しいと思うのです。それなのに、なんで私が...。
11月24日(曇り)
あと4日。不安でしかありません。内緒にしたいけど誰かに話したいという、矛盾した気持ちがあります。
ああ、でも話したところで私が勇者様であるという事実からは逃れられません。なんで私が、なんでミリオちゃんじゃないんですか、女神様。
こんな才能もなく怖がりな私が、嫉妬ばかりして自分の道を諦めた私が、何故?
あなたは...女神様はこんな醜い人間を勇者様として選んでも良いのですか?
月 日( )
怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
もう、逃げちゃおう。
11月26日(雨)
たった今帰ってきました。
1時間前、逃げ出すために荷物をまとめて、お父さんが寝ているのを確認したあと、家から出て行きました。
そしたら、ミリオちゃんと鉢合わせしました。
ミリオちゃんは私の顔と格好を見るなり、話をしようと私をベンチに座らせました。察しがいいです。
ミリオちゃんに話を促され、私はついつい本音を吐いてしまいました。劣等感、嫉妬、憎悪、これまで連ねてきた黒い塊が、ボロボロと口から溢れました。
そして、私が勇者様であり、その責務から逃げ出そうとしていることも、全部言いました。
酷いことも言ったと思います。情けないことも言ったと思います。
それでもミリオちゃんはじっと聞いてくれました。そして怒りもしないで、号泣している私をそっと抱きしめて「きっと大丈夫、なんとかなる」とだけ言いいました。
そこでやっぱりミリオちゃんは違うなって思ってしまいました。
ああ、どれだけ吐いても、黒い感情はどうしても消えないですね。
ミリオちゃんは本当にすごいです。あんなに酷いこと言われたのに、勇者様なのに醜い私を怒るでもなく抱きしめて慰めるなんて、普通はできません。
まるで、私の現状を全て知っていたかのように、全てを受け止めてくれました。
だから私は信じることにしました。ミリオちゃんの言葉を。
ミリオちゃんが言ったんだから、大丈夫だと信じられます。
11月27日(晴れ)
まだ頭が混乱しています。こんなことってあるのでしょうか。
今日、広間で大司教様による勇者様の発表がなされました。
呼ばれたのは、私ではなくミリオちゃんだったのです!
村は歓喜に包まれました。私は何が何だかわかりませんでした。その後大司教様の元へ行き、聞いてみると「人違いをした」とだけ言われました。
こんなことってあり得るのでしょうか?もしかしたらミリオちゃんが変わってくれたのでしょうか?でも、馬鹿な私でもそんなことができないって流石にわかります。
じゃあなんで?本当に人違い?
...そんなこと考えていても仕方ありません。今はただ喜びましょう!良かった!
ミリオちゃんの言う通りでした。やっぱりミリオちゃんはすごいです!
でも、少し寂しいです。ミリオちゃんは「なんとかなったでしょ?」と得意気に言って、私が本当に大丈夫なのかと聞いても「大丈夫だよ」と返すだけでした。
偶然なのかもしれませんが、どうしても私の責務をミリオちゃんに押し付けてるように思えてしまいます。
ミリオちゃんは私が勇者様にならずに良かったと言ってくれますが、本当に良かったと思えているのでしょうか。
気のせいなら良いのですが、どこか表情が暗い気がするのです。
11月28日(晴れ)
ミリオちゃんが旅立ってしまいました。
朝早くにミリオちゃんと広場で、たくさん話をしました。
これまでの楽しかった思い出を、そして、私からミリオちゃんへの感謝と謝罪を、たくさんしました。話しているうちに自然と涙が溢れてしまいました。
その涙には、黒い感情は含まれていなかったと思います。純粋に私は、ミリオちゃんと離れ離れになるのが嫌でした。もしかしたら、旅の途中で死んでしまうかもしれない。そんな不安もありました。
あれだけ嫉妬していたのに、自分勝手なものです。
ミリオちゃんは泣き喚く私を、また抱きしめてくれました。そうしてミリオちゃんは冗談めいてこう言いました。
「実は私の祖先は勇者様なんだ。私は勇者様の血を継いでいる。だから絶対に死なないしこの村も世界も救ってみせる」
と。
笑ってしまいました。勇者様が祖先なら、私も安心できます。
自分も不安なはずなのに、私を勇気づけようだなんて、優しいです。ミリオちゃんなら、本当に祖先が勇者様だとしても、何も驚くことはありませんけど。
そうして、時間がやってきてしまいました。
涙を浮かべる私に、ミリオちゃんは頭に手を乗せて撫でてくれました。私は思いを込めてスイートピーをあげました。そしたらミリオちゃんはお返しにとオレンジ色の綺麗な花の束を私に渡してくれました。
【マリーゴールド】と言うそうです。
その後、ミリオちゃんはその場にいた村の人たちと別れの挨拶をして、とうとう行ってしまいました。
ミリオちゃんは最後の時まで泣くことはなく、泣き言も言わず、むしろ笑っていました。
村の状況が状況なので送ってくれる村人たちは少なかったですが、しっかりと門出を祝うことができたと思います。
今、この村は病魔に侵されています。でも大丈夫、きっと、きっと、ミリオちゃんが魔王を倒して救ってくれます。
私をいつも助けてくれたように、またもう一度。
その日を切に願っています。
*あなたは本を閉じると、記憶にある家へと向かった。