表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

古びた日記(2)

*あなたはページをめくった。


 11月7日(曇り)


 日記を忘れていました!忘れっぽい私が忘れないように始めたのに、書くこと自体を忘れるなんてありえません!


 でも、言い訳...かもしれないですけど、仕方ないと思います。忘れるほどまでに、私は魔法の特訓をしていたのですから!


 魔法だけじゃありません!困ってる人を見かけたら手を差し伸べるようにしてました!偉い私!


 魔法は朝から寝る前まで、ミリオちゃんと一緒の時はもちろん、お部屋に入ってからも必死に練習しました。


 ですが、中々思うようにはなりません。そもそも、魔法が使えたこと自体奇跡だったのです。それを安定させて、出力を抑えて...なんて器用な真似が私にできるはずなかったんです。


 いえ...諦めてはいけませんね。あの日、初めて魔法が使えた日、あの時の魔法は、今までで一番綺麗で安定していました。


 一度できたんです。使えた初日にできたことが、散々練習してできなくなるなんてことあり得ません。


 もっと自分を信じて、明日から頑張っていきましょう!




 11月8日(雨)


 今日は一段と村が騒がしいです。


 どうしたのかとミリオちゃんに尋ねてみたところ「村人の1人が例の流行り病で倒れた」と言いました。ミリオちゃんのお父さんが懸命に救護しているそうです。


 患者さんはこの日記を書いている時点ではまだ生きているそうですが、心配です。何より、その流行病はこの村で初めて感染が確認されたらしいので、少し不安です。


 ...不安がっていても仕方がないとは思いますが、どうしても拭えません。村のみんなも私と同じように、不安感を抱いていました。


 誰かの不安な表情は見たくないので、私も手伝おうと荷物を持ちましたが、怒られてしまいました。知識もない部外者が勝手に持ち運ぶなんて怒られて当然です。


 ですが、私がいかにちっぽけかどうか、思い知らされました。私には何もできません。ですからせめて、魔法をもっと上達させて、勇者様のように、少しだけでもみんなの役に立てるようにしたいのです。


 私もその勇者様に近づけるよう、頑張りたいです。


 女神様、お願いします。




 11月9日(曇り)


 私は勇者様にはなれません。




 11月10日(雨)


 昨日は心身ともに疲弊していてうまく日記が書けなかったので、今日、昨日起きたことをまとめます。


 昨日は遭難してしまいました。ミリオちゃんがお父さんのお手伝いで忙しそうにしていたので、1人で森へ行ったのです。森へ行くときは必ず2人以上で行けと、お父さんから言われていたはずなのに、1人で行ってしまったのです。


 道を少し外れて歩いていたところ、困っている様子の行商人とその護衛2人を見つけました。話を聞くと村への道を間違えて迷ってしまったようなので、一緒に着いていくことにしました。


 行商人の人は急いでいる様子だったので、近道で行くことにしました。これが過ちでした。


 近道は確かに早く着くことができますが、片側が崖になっており、とても危険です。それに、前日の雨でぬかるんでいました。


 そうして案の定、私と3人は崖から落ちて遭難してしまいました。幸い私は木と茂みがクッションになって助かりましたが、3人は......。


 上を見上げると落ちた崖、そして、急流を流れるような雲。痛みで押し殺した声は、静かな森へ吸い込まれ、返ってくるのは助けの声ではなく、虫と小動物の鳴き声だけ。あれほどまでに孤独を恐怖したことはありませんでした。


 怖かったです。動けないまま時間だけがすぎて、物音ひとつに身を跳ねて驚くほど、恐怖が頭を支配していました。


 どんどん暗くなって、夜に差し掛かったところで、後ろから物音が聞こえました。魔物が来たのです。魔物は3人の亡骸を食べ始め、行商の荷車の中身も荒らし始めました。


 息を押し殺してなんとか気付かれませんでしたが、死を覚悟しました。きっと魔物に食べられて死んでしまうと。


 そんな時、私を呼ぶ声が聞こえたんです。上を見ると、息を切らしたミリオちゃんが崖に立っていました。


 ミリオちゃんは私の名前を大声で呼び、私は涙ながらに返事をしました。ミリオちゃんは飛び降りながら魔法で魔物を焼き、私の元まで来ました。


 そうして抱きしめ合ったところで良かった助かったと安堵して泣いてしまいました。


 ミリオちゃんは優しく背中をさすってくれました。


 そして一言、帰ろっかと言ってくれたんです。


 ミリオちゃんのお家はあの流行病のこともあって忙しかったはずです。ミリオちゃん本人もきっと、疲れていたはずだし、こんなことに構ってる暇なんてなかったはずです。


 それなのに、ミリオちゃんは私を怒るでもなく、呆れるでもなく、抱きしめて受け止めて助けて許して、そうして私が欲しかったことをしてくれたんです。自分ではなく、私を優先してくれたんです。


 そこで1つ気が付いてしまいました。いいえ、厳密に言えば、最初から気づいていたのかもしれません。


 私は勇者様にはなれない、ミリオちゃんみたいな人が勇者様になれるんだって。


 今回のことで学びました。勇者様がした人助けは、人のために何かをするということは、相応の力と心が必要なんだということ。


 それを理解しないまま私は、何もできないくせに、何かをしようとして人を殺してしまった。そして逆に迷惑もかけてしまった。


 勇者様は誰かを助けながら、戦いながら生きてきました。それはつまり、助けられないリスクを抱えていたということです。


 私は怖くなってしまいました。勇者様として生きることが。誰かを優先することが。逆境の中で親切心を忘れないなんて、絵空事でした。


 勇者様が恐怖に直面しながら戦っているだなんて、今まで想像してきませんでした。だからこそ、勇者様たり得る行動を想像するだけで、その全てが怖くなってしまったのです。


 何より、そんなこと最初から気づいていたことなのに。魔法の才能がないとわかっていたのに、抗った結末がこれです。


 あの日の安定した魔法だって、ミリオちゃんが手を握った際に手伝ってくれただけ。


 わかっていました。ですが、それでも勇者様になりたかったんです。


 もう、その気持ちも恐怖で塗り替えられてしまいましたが。


 ともかく、勇者様になる資格があるのは私じゃない。誰かを助ける意思と、相応の力を持っているミリオちゃんの方だったのです。


*あなたはわずかに湿った手でページをめくった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ