85 隣国の辺境伯令息の悩み ①
次の日の昼休みも、ブロッディ卿は私たちと昼食を一緒にとりたがった。
イグル様の記憶が書き換えられないことを知ったブロッディ卿は、イグル様には驚くくらいフレンドリーだった。
「お前はいい奴だったんだな。誤解してた。今まで嫌な態度を取って悪かったな」
「別にいい奴とかじゃなくて普通だよ。というか、まだ許すとも言ってないのに馴れ馴れしくない?」
「まあまあ、気にすんな。細かいことは気にしなくてもいいじゃねえか」
「良くない。そういう言葉は謝る側が言うことじゃないんだよ」
イグル様はなんだかんだと言いながらも面倒見が良いので、ブロッディ卿の相手をしてくれるので本当に助かる。
ブロッディ卿も楽しそうにしているし、イグル様の社交の能力は本当に尊敬しかない。できれば、私も身につけてみたいけど無理かしら。
「いつまでこの状況が続くんだ?」
ため息を吐くルカ様に苦笑して謝る。
「この様子ですと、ここにいる間は続くかと……。私のせいで申し訳ございません」
「別にリゼのせいじゃない。イグルには絶対に学園を休まないようにしてもらうから気にすんな」
いや、気にしますよ。イグル様だって用事や体調不良などあるでしょうしね。
「とにかくリゼのせいじゃない」
ルカ様はそう言ってくれるけど、絶対に私のせいよね。男性一人どうにかできないようじゃ、辺境伯夫人なんて務まるわけがない。
ここは強く言わなくちゃ。せめて、お昼はゆっくり食べたいわ。
「あの、ブロッディ卿」
「なあ、リゼ。前に話していた件なんだが、いつならいいんだ?」
「はい?」
意を決して話しかけたのにスルーされてしまっただけでなく、こちらがブロッディ卿のペースに乗せられてしまう。
「だから、いつならいいんだって聞いてるんだ」
「いつならいい、と言うのはなんのことでしょう?」
「ほら、一緒にお茶をしようってやつだ」
「あ……、ああ、そうでしたね」
まさか、私とお茶をしたいがために留学生としてやって来たんじゃないわよね?
「どうしても4人が嫌だって言うんなら、イグルも連れてこいよ。リゼに話したいことは、ノルテッド家には知られたくないが、イグルにならかまわない」
「ええー。面倒なんだけど」
眉根を寄せるイグル様の様子など気にせずに、ブロッディ卿は豪快に笑う。
「まあまあ。パルサ様たちも関わっていることだから、イグルも聞いておいたほうがいいと思うぜ」
「パルサ様たちに何かあったんですか?」
私が話に食いつくと、ブロッディ卿はにやりと笑う。
「これからあると言ったほうが正しいな。なあ、気になってきたろ?」
実際、話を聞いてみたらどうでもいい話だという可能性はある。かといって、あの時、聞いておけば良かったと後悔するのも嫌だ。
「ルカ様」
「パルサ様たちに関係することなら俺も気になる」
頷いたルカ様は、不機嫌そうな顔でブロッディ卿に話しかける。
「俺には聞かせたくない話か」
「一部は聞かせたくない。教えられる部分は後からイグルやリゼから聞けばいい」
「わかった。そのかわり、他の人物も連れて行っていいか?」
「いいけど、誰を連れてくるんだ?」
「イグルの行く所ならどこでもついて行きたがる奴だよ」
ルカ様が答えた瞬間『わたくしもいきますわ!』と叫ぶルル様の声が聞こえた気がした。




