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8  ソファロ伯爵家の事情

 扉の前で立ったまま話をしていたので、とにかくソファーに座ることにした。

 メイドがお茶を淹れて出て行ったのを確認すると、向かい側に座るソファロ伯爵が話し始める。


「正直に言わせてもらうと、私たちにしてみればリゼがフローゼル家の養女になってからは、リゼとの婚約もミカナ嬢との婚約もフローゼル伯爵家だから、どちらでも良いと思っていたんだ。それが最近になってフローゼル伯爵から、ミカナ嬢のほうが良いんじゃないかと何度も連絡がきていて……」

「そういう言い訳はいい。なぜ、リゼと再婚約したがってる?」


 ジョシュ様は眉根を寄せて、本題に入るように促した。


「は、はい。失礼しました。リゼとの婚約破棄をしてすぐ、贔屓にしてくれていた、あらゆる食材業者から一方的に取引を打ち切られたんです。その理由はエセロがリゼを裏切り、ミカナ嬢がノルテッド辺境伯のご子息であるルカ様と婚約破棄をしようとしているからだと」


 ソファロ伯爵は肩を落として言葉を続ける。


「フローゼル家と取引のあるところに頼みに行きましたが、そちらでも断られてしまい、このままではお客様に食事の提供が出来ないのです」


 ソファロ伯爵家はレストラン事業を展開していて、王都にも何店舗か店をかまえている。


 食材が手に入らないとなると困るでしょうね。

 納得していると、ジョシュ様が提案する。


「自給自足でもしたらどうだ?」

「そんな! 限界がありますし、今すぐに対応できないじゃないですか!」


 ジョシュ様の言葉を聞いたソファロ伯爵は悲痛な声を上げた。


「リゼ、本当にごめんなさい。悪いことをしたと思っています。でも、あなたとエセロが再婚約してくれたら、たくさんの人が助かるの。どうかお願い。あの子を許してやってくれないかしら」


 ソファロ伯爵夫人が目に涙をためてお願いしてくる。


 どうして息子だけのせいにするのかしら。

 まだ、エセロだって子供だから面倒を見ないといけないのは保護者である伯爵夫妻のはずなのに。


「再婚約するつもりはありませんが、気になることがあるのでお聞きします。どうして、私とエセロが再婚約したら助かると思うんですか? あなた方の信用はもうなくなっていますよ」


 普通の人でも約束を破ることは良くないとわかるのに、商売人であるなら約束事を違えたら信用が落ちるのは当たり前だわ。


 発注ミスだとか、したくてしたわけじゃないミスなら、よっぽどじゃない限りは許す人が大半だと思う。

 でも、婚約者がいるのに浮気をして婚約破棄だなんて普通はありえないわ。


「それはその、リゼからお願いしてもらえないかと」

「……どういうことですか?」


 ソファロ伯爵が言った言葉の意味がわからなくて聞き返すと、ジョシュ様は声を荒らげる。


「俺に助けてくれと頼めと言うつもりか?」

「そ、それは……っ」


 ソファロ伯爵が動揺したので、ジョシュ様の予想は当たっているということがわかった。


「……そういうことですか。ジョシュ様たちが私を保護してくださったことは社交界ではもう知れ渡っているということですね? だから、私とエセロが再婚約をすれば、私のために、ジョシュ様たちが動いてくださると……」


 私がため息を吐いてから言うと、伯爵夫妻は気まずそうに顔を見合わせた。


「そういう理由でしたら、余計にお断りいたします」


 はっきりと断ったのは良いものの、気になることがあってジョシュ様にお願いしてみる。


「と言いたいところなんですが、ジョシュ様、何とかなりませんか」

「おいおい、助けてやんのか?」


 ジョシュ様は呆れた顔をして私を見てきた。

 そう思いたくなる気持ちは私もよく分かる。

 けれど、今回の件に関しては私とエセロ、そしてソファロ伯爵夫妻だけの問題ではない。


「店の人達やお客様には罪はありません。そのお店の食事を楽しみにしている人もいるでしょうし、レストランの従業員だって今回の件とは特に関係ありません」

「……まあ、そうだな。とばっちりではあるな」


 ジョシュ様は頭をかいて、考えるように目を伏せた。


 私がこんなことをお願いできる立場ではないはずなのに、ジョシュ様は真剣に考えてくれている。

 私が動物達のことを覚えているからという理由で、こんな風に優しくしてくれているのかしら?

 別邸を買ったことについては伯父様達への当てつけだと思うけれど、だからといってそれが私に優しくする理由なのか判断がつかない。


「まあ、助けてやってもいい。だが、条件がある」

「な、何でしょうか?」


 ソファロ伯爵は身を乗り出して、ジョシュ様に尋ねる。


「1つ目はもう二度とリゼに再婚約だなんて話をするな」

「……それは」

「何だ? リゼと再婚約したい理由がまだあるのか?」


 ジョシュ様が鬱陶しそうな口調で尋ねると、ソファロ伯爵は困った顔をして頷く。


「息子は罪の意識に苛まれているんです。自分のせいでリゼが自ら命を……という心配をしているようで」


 私がエセロにふられたくらいで、そんなことになると思われているの!?


「エセロに伝えてください。私はそんなことはしませんからと」

「そ、そうなのか? でも、リゼはエセロを好きでいてくれたんだろう?」


 ソファロ伯爵に言われて、ちくりと胸が痛んだ。


 もちろん、好きだった気持ちをそんなに簡単に忘れられるものじゃない。

 学園でエセロとミカナがキスをしていたシーンを思い出すと、今でも涙が出そうになる。


 でも、ぐっとこらえて、ソファロ伯爵に答える。


「……正確には好きだった、です。今はもう忘れることにしたんです。私にとってエセロはもう過去の人です」

「この先、相手が見つからないかもしれないんだよ!? 貴族の女性が一人で生きていけるはずが……」

「その辺は心配するな。お前の息子のおかげで、俺の息子もあまってる。リゼが誰でも良いのならルカの嫁にきてもらう」

「えっ!?」


 ジョシュ様がけろりとした顔で言うものだから、ソファロ伯爵夫妻だけでなく私までもが驚いて声を上げた。

 すると、ジョシュ様は残念そうな顔をする。


「なんだ、そんなにルカが嫌か。リゼが嫁に来てくれたら俺達は嬉しかったんだが……。じゃあ、しょうがない。今度ゆっくり、リゼのタイプの男を教えてくれ。誰か良い奴がいないか探そう」

「そ、そういうわけではなくてですね! ルカ様が嫌だから聞き返したんじゃありません! 驚いただけです!」

「……そうか。まあ、この話は追々するとしよう。俺一人で勝手に決めるものじゃないからな」


 ジョシュ様は頷いたあと、ソファロ伯爵に体を向けて言葉を続ける。


「というわけで、リゼが嫁にいけないとかいう話は、そちらに余計な心配をされなくても良い。2つ目の条件の話に移るが、リゼに慰謝料を払うこと。金額の面は俺と改めて話をしよう」

「その、法外な値段はさすがに」

「わかっている。やりすぎるとリゼの評判が悪くなる恐れがあるからな。ただ、ノルテッド家からも慰謝料請求はするからな?」


 ジョシュ様が豪快に笑うと、ソファロ伯爵夫妻は身を寄せ合って泣き出しそうな顔になった。


 結局、ソファロ伯爵夫妻は、再婚約だなんて馬鹿げた話はもう二度としないこと、私やノルテッド家に必ず慰謝料を払うことを約束する代わりに、ジョシュ様が食材の取引について、今までの業者に再開するように頼むと約束された。


 エセロを管理できなかったのはソファロ伯爵の責任だけれど、雇われている人達の仕事が突然なくなるのは良くないと判断されたみたいだった。


「リゼ、本当にエセロのことはいいんだね?」

「はい」


 ソファロ伯爵に聞かれて頷くと、未だに何か言いたげな顔をしたけれど、ジョシュ様が部屋から追い出してくださった。


 ソファロ伯爵夫妻が出ていってから、ジョシュ様に頭を下げる。


「迷惑ばかりかけてしまって申し訳ございません」

「いや? 取引を止めるように言ったのは俺だからな」

「……やはり、そうでしたか」


 エセロに迷惑をかけられたのは確かだから、ジョシュ様が何もしていないわけがないわよね。

 そういえば、フローゼル家への制裁はどうなっているのかしら。

 何もしていないことはないわよね?


 そのうち、わかってくるだろうと、今は聞かないことにした。

 ジョシュ様と部屋を出て、ライラック様達と合流して談話室で話をしていると、制服姿のルカ様が別邸にやって来るなり、ライラック様に言った。


「母上、預けていた小遣いを使いたいんだけど」

「何に使うつもりなの?」

「ミカナ嬢はリゼからソファロ卿を奪っただけでは満足してない。見た目の野暮ったさが気に入らないからいじめると言い出してる。そして、それに同調している奴らも少なくない。いじめる方が絶対に悪い。だけど、そういう奴に何言っても無駄だ。むかつくからいじめる、そんな理論だろ。それなら、リゼの見た目を変えて理由を潰す、という理由ですが、どうですか?」

「人の見た目なんて放っておいてほしいわよね! でもまあ、いいわ。そういう理由なら、私のお小遣いから出すわ。リゼさん、ミカナ嬢達を見返してやりましょう!」


 どうしたら良いのか困っている私を見て、ライラック様が立ち上がって言った。

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