7 辺境伯家の謎
次の日は本来なら学園に行かなければならない日だったのだけれど、ライラック様たちからは学園を休むように言われたので素直に休むことにした。
だからその日は、ライラック様やルル様と一緒に家猫になる元野良猫たちに名前をつけたり、お話を朝からしたりして過ごしていた。
元野良猫たちはフローゼル伯爵邸にいた使用人たちが昨日のうちに連れてきてくれていた。
使用人の一人に聞いてみると、彼女たちが屋敷を出ていく時に、猫たちを探しに行こうとすると、いつも餌をもらいに来ていた子たちが全員揃って待っていて、誘導するとすぐに馬車の中に乗ってきたんだそう。
ライラック様から猫が馬車に乗ってくるようなら一緒に連れてきてほしいと頼まれていた使用人たちは不思議に思いながらも、置いていくよりは良いと思ってくれて言われた通りに連れてきてくれたらしい。
野良猫を世話していたことはルカ様には伝えていたし、ルカ様らしき豹たちが私を助けてくれた時に猫たちは周りにいたから、それで気がついてくださったのかもしれない。
昨日の私はそれどころじゃなかったから、気を回していただけて本当に助かった。
でも、どうやって猫にいうことを聞かせたのかしら……。
まさか、ルル様は猫になれるとか……?
だから、猫と話をして馬車に乗るように説得してくれたとか?
――そんなわけないわよね。
でも、そういう理由であれば、初対面である私に対するルル様の好感度が高い理由がわかる気もする。
午後から、学園終わりにルカ様が、別邸にやって来ると聞いている。
ジョシュ様は学園に提出する書類の準備や、本邸から持参していた仕事もしなければいけなくて、とても忙しそうだった。
そろそろ、昼食の時間になった時、ジョシュ様が険しい顔をして私たちがいる部屋にやって来た。
「楽しい時間を邪魔して悪いな。だが、急ぎの用件なんだ」
「どうかしたの?」
ライラック様が尋ねると、ジョシュ様は表情を険しくして頷く。
「ソファロ伯爵家から連絡が来た」
「ソファロ伯爵家から……? なんと言ってきたのでしょう」
ソファロ伯爵はエセロのお父様のことだから、婚約破棄の件で何か言いたいのかしら。
そう思って眉根を寄せて聞き返すと、ジョシュ様はライラック様の隣に座り、私の質問に答えてくれる。
「俺たちとリゼに謝りたいと。俺とルカにはルカの婚約者を奪ったことを謝りたいんだろうな。リゼの場合は息子が裏切ってごめんなさい、といったところか……?」
「別に謝ってもらわなくても良いんですけど……」
「そういえば、慰謝料はどうしたの?」
ライラック様に問いかけられて、そのことを思い出した。
私は、エセロに対して慰謝料を請求できるんだったわ。
「こちらから、その話をしても良いのでしょうか」
「かまわんだろ。いや、俺が代わりに話をしよう。リゼはまだ未成年だからな。相場の値段を調べて、その値段を請求する形でいいか?」
「ありがとうございます。それでかまいません」
もし、慰謝料が入ってきたなら、そのお金は居候させてもらう費用やご迷惑をおかけしたお詫びとして、ジョシュ様にお渡ししよう。
「さっさと話を済ませたいから、午後に来るように伝えてある。戦の前に腹ごしらえだ。昼食にするぞ」
「はい」
ジョシュ様の言葉に頷き、私たちはダイニングルームに向かった。
席に着くと、昨日、デフェルに襲われそうになっていたメイドが料理を出してくれたので話しかけてみる。
「昨日は私のせいでごめんなさい」
「いいえ。リゼお嬢様のせいではありません。それに、リゼお嬢様は私を助けようとしてくださったじゃないですか」
「ううん。私は何もできなかったわ」
「私はリゼお嬢様に助けていただいたと思っております。もちろん、助けてくれた犬たちにも感謝しなければならないとは思っていますが」
「……犬?」
メイドがおかしなことをいうので聞き返すと、私にとっては不思議な話をしてくれる。
「一匹はかなり大きな犬でしたね。あんな大きな犬がこの世に存在するだなんて知りませんでした」
「大きな犬……」
彼女の中では熊や豹が犬に変換されているようだった。
どうなってるの。
ライラック様たちに視線を向けてみたけれど、ノルテッド辺境伯夫妻は気にしていない様子で食事をされていて、ルル様だけはなぜか期待に満ちた目で私を見つめていた。
「そ、そうね……。大きな犬だったわね」
私がメイドの言葉に頷くと、ルル様はがっかりした顔になって肩を落とした。
もしかして、記憶操作がされている?
でもそれなら、私だって記憶が書き換えられていないとおかしい。
私が熊や豹やホワイトタイガーを覚えていることには、どうやら意味がありそうだった。
昼食を終えて少ししてから、ソファロ伯爵夫妻がやって来たという知らせがあり、ジョシュ様と一緒に応接室に向かった。
ソファロ伯爵夫妻は私たちが部屋に入るなり、勢い良く立ち上がって深く頭を下げた。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
「謝ってもらってもどうしようもない。今日はリゼへの慰謝料についての話をさせてもらう」
「そのことなのですが……」
ジョシュ様の言葉を聞いた伯爵夫妻は顔を見合わせたあと、私のほうに顔を向けて意味のわからないことを口にした。
「リゼ、勝手だとわかっているが、やはり婚約破棄をなかったことにできないだろうか」
「はあ? ふざけてんのか」
ソファロ伯爵は私に言ってきたのだけれど、私の代わりにジョシュ様がこめかみに青筋を立てて聞き返した。
「ノルテッド辺境伯のお怒りはごもっともです。ですので、リゼと話をさせていただけませんか?」
「リゼの今の保護者は俺だ」
書類上ではまだそうではないのだけれど、ジョシュ様はそう言って言葉を続ける。
「俺なしでリゼと話はさせない」
「で、ではお願いします! 話だけ聞いていただけませんか!」
伯爵夫人に泣いてお願いされ、私はため息を吐いてからジョシュ様に言う。
「とりあえず、話だけ聞こうと思います」
「リゼが望むのならしょうがねぇな。とっとと話せ」
ジョシュ様に促された伯爵夫妻は、私がエセロに婚約破棄されてから起きたことを話し始めた。