63 ルカの祖父
一瞬、思考が止まってしまったけれど、私はブロッディ卿に叫ぶ。
「な、何をおっしゃっているんですか!?」
「うるさい! お前は少し黙ってろ!」
「黙っていられるわけないでしょう!?」
素直に妹さんのことを話せば良いだけなのに、どうして物事を複雑にしようとするの!?
話が通じそうにないので、とにかくルカ様に誤解しないようにだけお願いしようと決めた。
ルカ様のほうを見ると、テーブルの上に置かれている右手の爪が異常に鋭くなっていることに気が付いた。
これはまずいわ!
「ルカ様! 私はブロッディ卿のものにはなりません! ルカ様のものです!」
勢いで叫んでしまってから気付く。
今、私はなんて恥ずかしいことを大声で叫んじゃったの!
もっと他に言えることがあったでしょうに!
思わず頭を抱えたくなった。
でも、もう遅いことと嘘を言ったわけでもないので訂正しない。
「……なら、良いけど、って違う!」
ルカ様の怒りは収まったようだけど、私の発言のせいで困惑しているようだった。
一人でツッコミを入れたあとに続ける。
「ブロッディ卿! リゼは俺の婚約者だぞ!」
「そうかもしれないが、人を好きになるのに婚約者の有無は関係ない!」
ブロッディ卿はヤケクソにでもなっているのか、私の肩を掴んで叫ぶ。
「ノルテッド卿と婚約の解消をして、俺の婚約者になれ!」
「嫌です! というか、どうして本当の話をされないんです!? そんな馬鹿な話をするからややこしくなるんですよ!」
「言えるわけがないだろ! ああいうのは本人の口から言うもんだ!」
ブロッディ卿は本当に妹さんのことが可愛いらしい。
でも、人に迷惑を掛けてまで可愛がるのはやめてほしいわ!
「では、本人の口から言ってもらえば良いじゃないですか!」
「駄目だ。そんなの結果がわかってるって言ってるだろ!」
ブロッディ卿は一瞬だけルカ様に視線を移してから答えた。
ルカ様の性格だから、簡単に私を裏切らないと思っているの?
というか、ちょっと待って。
この感じだと、ルカ様と私が婚約の解消をするまで、ブロッディ卿は帰ってくれないんじゃ!?
そう思った時、ルカ様が口を開く。
「リゼがブロッディ卿を選ぶことはないから諦めろ」
「どうしてそう思うんだよ」
「リゼは人の嫌がることを平気でする男なんて好きにならない」
「それはまだわかんねぇだろ。俺のものにしてから好きになってもらえばいい」
「リゼは絶対に渡さない」
ルカ様はそう言って立ち上がると、私の横まで来て申し訳無さそうに眉尻を下げる。
「飲み物や食べ物はブロッディ卿に任せて出よう。真実を話してくれる気はないみたいだからな」
「は、はい」
頷いて立ち上がると、ルカ様の反対側に立っているブロッディ卿が叫ぶ。
「どうして俺が食わないといけないんだよ!」
「俺とリゼはデート中なんだ。邪魔しないでくれ。その分の金は払ってやるから大人しく飲み食いして帰れ」
「そんなもん、大人しく帰るわけ」
ブロッディ卿の言葉が途中で止まったかと思うと、木々や小川のほうに目を向けて動きを止めた。
「……あ」
ルカ様はそんなブロッディ卿を見て、いち早く後ろを振り返って声を漏らす。
「どうかされたのですか?」
ブロッディ卿が店の中に続く扉に向かって後退っていくので、私はルカ様に尋ねてから後ろを振り返った。
すると、犬のような動物が視界に入り、私は思わず体をそちらに向ける。
木々の向こうからゆっくりと近付いてきているのは、シルバーの長い毛を持つ大きな狼だった。
狼だけが近付いて来ているなら、私もブロッディ卿と同じように恐怖したと思う。
でも、私が恐怖を感じることはなかった。
狼の背中の上には大きなウサギが、ちょこんと座って……、いや、またがっていた。
その大きなウサギは、私のよく知っているウサギで、私と目が合うと前足の片方を振ってくれた。
ラビ様がいるということは、ノルテッド家の方なのかしら。
そう思ってルカ様を見ると、ルカ様は苦虫を噛み潰したような顔で、近付いてきている狼を見て呟く。
「……じいちゃん、何でこんなところにいるんだよ」
「えっ!?」
あの狼はルカ様のお祖父様なの!?




