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6  辺境伯家の事情

 荷造りを終えたあと、ホワイトタイガーをここから逃がすために、ホワイトタイガーの代わりに私がミカナの頭を押さえつけた。


「行ってください」


 小さな声で呟くと、ホワイトタイガーは私にお礼を言うように頭を擦り寄せてから走り去っていった。

 

 絶対にありえないわ。 

 こんな風に動物と意思疎通できるなんてありえないもの。


 もしかして、着ぐるみを着ていたりするのかしら?

 って、あんなリアルな着ぐるみはないわよね。


 ホワイトタイガーの姿が見えなくなってから、ミカナの頭から手を離す。

 すると、彼女はすぐに頭を上げて、私を睨んできた。


「なんなのよ! あんた、今、どうやってわたしの頭を押さえつけてたの!?」

「……虎が」

「そんなわけないでしょ! そんな嘘にわたしが騙されるとでも思ってんの!?」

「……嘘じゃないけど、まあ、いいわ。さよならミカナ」


 トランクケースを持ち上げて、床に倒れたままのミカナを見下ろす。


「伯父様も含めて、辺境と辺鄙の違いをエセロに教えてもらったほうが良いと思うわよ」

「な、何なのよ! 別に意味くらい知ってるわよ!」


 ミカナが身を起こして叫んだけれど、それを無視してエントランスホールに向かった。


 すると、エントランスホールには、ルカ様にノルテッド辺境伯、ルル様、そして、ストレートの腰まである長い黒髪に金色の瞳がとても綺麗なスレンダー体型の美女が待ってくれていた。


 あの女性がルカ様のお母様かしら?


「お待たせして申し訳ございません!」

「いいのよ。急かしてしまってごめんなさいね?」


 慌てて駆け寄ると、辺境伯夫人らしき方が妖艶な笑みを浮かべた。


 家族で並ばれていると、ルカ様もルル様も、彼らのお母様であるライラック様似であることがよくわかる。


 系統は違うけれど、ノルテッド辺境伯も整った顔立ちなので、この中に混じるのは気が引けた。


「リゼおねーさま、いきましょう。おにーさまからおはなしは、おききしてましてよ」


 ルル様が小走りで近寄ってきて、ギュッと小さな手で私の手を握ってきたので戸惑ってしまう。

 でも、ルル様がニコニコ笑って私を見てくるから、私もつられて微笑んだ。


 使用人たちに別れを告げる際に猫のことが気になるという話をすると「お任せください」と言ってくれたので「改めて連絡するわ」と言ってからフローゼル家を出た。


 別邸に向かう馬車の中でルカ様たちから詳しい話を聞いたところ、ライラック様たちは、婚約破棄の件で文句を言いに家族で出てこられたんだそう。

 そして、ルカ様から私の話を聞いたライラック様が「なぜ、もっと早くに言わないの!」と怒ってくださり今に至るらしい。


 ルカ様にしてみれば自分は寮で暮らしているし、私を養えるような自由なお金はない。

 それに、私との関係性はそこまでするものでもないから、とりあえず学園内では守ってくれようとしていたみたいだった。


 私にしてみれば、その気持ちだけでも嬉しく思える。


「ありがとうございます、ルカ様」

「もっと早くに動き出せなくてごめん」


 感謝の気持を伝えるため口を開くと、ルカ様は申し訳無さそうに眉尻を下げた。



*****




 別邸には料理人がいないので、そちらに向かっても今日の晩の食事がないということで、王都で有名な貴族しか入れないレストランの個室でノルテッド家に混じって食事をすることになった。

 そして、案内された席に着いたところで意を決して聞いてみる。


「あの、こんなことを聞いても良いのかわからないのですが……」


「何かしら?」


 ライラック様が笑顔で言葉の先を促してくださるので、個室だということもあり遠慮なく疑問を口にする。


「私がピンチになった時に助けてくれた熊や豹、それから虎がいたんです。皆さんはその動物に心当たりはありませんか?」

「…………」


 ノルテッド辺境伯家の皆さんが一斉に口を閉ざした。


 表情としては重いものではなく、ルル様だけが不思議そうにしていて、その他の人は笑顔を浮かべている。


 どういう答えなのか分からなくて困惑していると、ルカ様が苦笑する。


「リゼは疲れてるんだと思うぞ。今日は屋敷に着いたら早く寝ろよ。それより、フローゼル家の使用人から聞いたが、今日は大変だったみたいだな」

「そうよ! 精神的にもかなり疲れているんだと思うわ。お風呂は今日は私のメイドを貸すから、ゆっくり入ってちょうだいね」

「あの、体は一人で洗えますから!」

「遠慮しないで? マッサージしてもらいなさいな」


 ライラック様が笑顔で言う。


 やっぱり、ノルテッド家の方々は自分たちが動物に変身できることを隠していらっしゃるみたい。


 内緒にしていたいのに、どうしてわざわざ動物の姿で現れたのかなど気になることはあるけれど、聞かれたくないことなのだろうから、これ以上は深く聞かないことにした。


「どうして、リゼおねーさまにはないしょなんですの」


 そう思った矢先、私の左隣に座っていたルル様が不思議そうに、彼女の左隣に座っているライラック様に尋ねた。


「ルル、あなたが何の話をしているかわからないけれど、リゼさんは今のところノルテッド家とは将来的に関係性があるわけではないのよ」

「リゼおねーさまはルカおにーさまだとわかったのですよね? ということは、ルカおにーさまのこんやくしゃではないんですの? そのためにつれてかえられるのでは?」


 ルル様は不服そうに頬をふくらませる。


「違うのよ、ルル。リゼさんをあの家に置いておいたら、リゼさんの命が危ないから連れて帰ったの」


 そう言ったあと、ライラック様はルル様を抱き上げて耳元で何か囁かれた。


「……そうでしたわね。でも、どうするんですの? フローゼルけとのこんやくは……、これもないしょでしたわね……」


 わざとなのかそうでないのか、ルル様がまだ子供だからかわからないけれど、言葉をわざと口に出しているように思えた。


 もしかしてルル様は私に何か伝えようとしてくれている?

 だけど、ライラック様は困っていらっしゃるし、ルル様には申し訳ないけれど、ここは私が興味のないふりをするしかない。


「そういえば、ルル様はフローゼル家のことを知らないとおっしゃっておられましたが……」

「おにーさまのこんやくしゃのいえのことくらい、しっていますわ。それに、フローゼルけはわるい、いみでゆうめいですもの」

「悪い意味で有名?」


 聞き返すと、今度はルカ様が聞いてくる。


「リゼは何も知らないのか?」

「……どういうことでしょう? フローゼル家は何か悪いことをしているのですか?」


 質問を返すと、ルカ様は眉根を寄せる。


「ルカ、明日にでもリゼ嬢に説明してやれ。リゼ嬢、悪いが今ここでは話せない」


 ノルテッド辺境伯はそう言ったあと、無言でルル様のほうを見た。


 子供に聞かせるような話ではないということね……。


「お気になさらないでください。無理に聞くつもりもございません」

「いや、こっちも話しておきたいことがある」


 さっきのルル様の発言だと、私だけが他の人と違うみたいだった。


 それは、ルカ様達が動物に変身して、私を助けてくれたことと関係があるの?

 どちらにしても、私はノルテッド辺境伯家に助けられたことにかわりはない。

 恩を仇で返すような真似だけはしないと誓うわ。


 その後は、私がフローゼル家でどのような暮らしをしていたかなどの話になり、食費などの生活費は心配しなくていいから、とりあえずもっと、体重を増やすようにと言われてしまった。


 私がこれから住む家はフローゼル家よりも学園から離れてはいるけれど、城下に近い場所にあり、治安も安定しているから安心したら良いとも教えてくれた。


 緊急連絡先の変更など、学園での色々な手続きはノルテッド辺境伯がやってくださることになり、そのため、十日間ほどはノルテッド辺境伯家の皆さんと一緒に別邸に住むことになった。


 その間の辺境伯の仕事は、先代の辺境伯夫妻とライラック様のご兄弟が代理でやってくれているらしい。


 ちなみに、現在のノルテッド辺境伯であるジョシュ様は入り婿なんだそう。


 食事を終えてから別邸にたどり着いた時には、フローゼル家にいた使用人達がすでに別邸にいて、私たちを迎えてくれた。


 荷物も全て新しい部屋に運び込まれていたけれど、部屋が大きすぎて家具を置いても何だか殺風景で、自分の部屋ではないみたいで落ち着かない。


 けれど、その日の夜はバスタブにゆっくり浸かって部屋に戻ったあとは、疲れていたからか気付いた時には眠っていた。

 そして次の日、新しい生活に慣れる間もなく、厄介な話が舞い込んでくる。


 それは私の元婚約者であるエセロの両親が、ジョシュ様や私にお詫びしたいから別邸に訪ねてくるという話だった。


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