55 隣国の辺境伯令息
交流パーティーは学生の交流なので着飾る必要もない。
それぞれの学園の制服を着て出席するので、着ていくドレスを心配することもないし、違う学園の制服を見られるという楽しみもある。
学園内にあるダンスホールが今日の会場で、すでにたくさんの人が集まっていた。
パーティーが行われる会場は毎回違うらしく、今回は私たちの学園が主催だ。
そのため私たちと同じ制服を着ている参加者が多いので、違う制服の生徒は見つけやすかった。
「思ったよりも人が集まってるね」
右隣に立つイグル様が会場の入り口で中を見ながら話しかけてきた。
「本当ですね。思ったよりも多くの人が来ている感じです」
「パルサ様は来てるのかな」
左隣に立っているルカ様が眉根を寄せて会場内を見つめる。
開始時間はまだだけれど、会場内にある立食スペースや休憩の場も兼ねた談話スペースにはたくさんの人がいるし、いつもなら広いと思うダンスホールの中は人で混雑しているから見通すことはできない。
パルサ様を見つけるのに一苦労しそうだと思っていると、人混みをかき分けて、こちらに向かってくる人の姿を目で捉えた。
グレーのブレザーとズボンに白いシャツ、赤色のネクタイをつけたパルサ様らしき男性が手を振りながら歩いてくる。
初めて見たパルサ様の人間姿に驚いた。身長は私よりも少し背が高いくらいで幼い顔立ち。金色のサラサラの髪に青色の瞳がとても綺麗だ。あまりにも美男過ぎて、近くにいる女子生徒がパルサ様を目で追っているのがわかった。
「良かった。人が多いので見つけられなかったらどうしようかと思っていたんです」
パルサ様はそう言うと、私とルカ様に簡単な挨拶を済ませる。
そして、初対面のイグル様とはお互いに自己紹介をした。
「とても綺麗な学園ですね。あ、ところでリゼさん、お友達だった人とはちゃんとお話をされたのですか」
自己紹介を終えたパルサ様が笑顔で尋ねてきた。
カウアー男爵令嬢のことを言っているのだとわかり、首を横に振る。
「いいえ。実は話す気にもならなくて話をしてないんです。向こうは必死に仲直りしようとしていますが、一度、離れていった上に脅されていたとはいえ、あんなことをした人と仲良くなる気にはなれなくて」
「その気持ちはわかります。では、ルカ様は?」
パルサ様が目を向けると、ルカ様は首を縦に振る。
「俺がカウアー男爵令嬢に話を聞きましたが、大した理由ではありませんでした。フローゼル伯爵令息が難癖をつけて彼女の家に転がり込み、リゼを呼び寄せようとしたようです」
「そうなんですね。でもなぜ、警察に届けなかったんでしょうか」
「俺には話せない何かがあるのかもしれません」
「……わかりました。教えていただきありがとうございます」
パルサ様が笑顔でルカ様に礼を言ったときだった。
突然、ルカ様に肩を抱き寄せられた。
「ル、ルカ様!?」
いつもよりも距離が近いルカ様の顔を見上げる。
すると、ルカ様は私ではなく私がさっきまでいた場所を見ていることに気がついた
「ノルテッド卿、久しぶりだな」
ルカ様に声を掛けたのは、パルサ様と同じ制服を着ている年齢は私たちと変わらないくらいの男性だった。
金色の長い髪を後ろに一つにまとめて、ポニーテールのようにしている。
ルカ様よりも背が高くて大柄な体形で、かなりの威圧感だ。肌の色は少し黒く、目は細くて吊り目で口角が下がっている。
ギラギラとした銀色の瞳は、なぜかルカ様ではなく私に向けられていた。
「……久しぶりだな」
「見ないうちに婚約者が変わったのか? しかも、なんか田舎クセェ女じゃねぇか。前の女のほうがマシだったんじゃないか?」
田舎くせぇというのがどういう意味がわからないけれど、良くない意味だということはわかった。
「目の前にいる女性にわざわざぶつかりに行くほど目が悪くなったんですね」
イグル様が言うと、ルカ様に話しかけてきた男性はイグル様に身体を向ける。
「偉そうに言うんじゃねえよ。伯爵令息ごときで」
「辺境伯令息なのに、その発言もどうかと思いますけどね」
イグル様がここまで好戦的なのを見るのは、エセロとミカナとのやり取り以来かもしれないわ。
少し驚いて見ていると、男性が私に目を向ける。
「何見てんだよ」
「彼女に話しかけるな」
ただでさえ近い位置にいるのに、ルカ様は私を自分の胸のほうに引き寄せた。
そんな場合ではないのに、胸の鼓動が一気に早くなる。
「なんだよノルテッド卿、今回の女にはやけに入れ込んでんだな」
男性が私に向かって手を伸ばしてきたので、ルカ様がその手を掴む。
「いい加減にしろ。俺が嫌いならかまうな」
「あぁ? 放せや!」
「ブロッディ卿、不快です」
ルカ様と揉めそうになっている男性にパルサ様が低い声で言った。
ブロッディというのはノルテッド辺境伯家と隣接している隣国の辺境伯の姓だ。
たしか、長男の名前はマート様だったかしら。
他国といえど隣同士だから、昔から交流があるのかもしれない。
ブロッディ卿はルカ様の手を振り払うと、パルサ様には恭しく一礼する。
「レンジロ卿にお会いできて光栄です」
「不快な思いにさせられていなければ、僕もお会いできて嬉しかったんですけどね」
その先の言葉は言わなくてもわかるだろうといった様子で、パルサ様は言葉を止めた。
「では失礼します」
意味を理解したブロッディ卿はパルサ様に頭を下げたあと、こっちを睨んできた。
怯んではいけないと思って余裕の笑みを浮かべる。
すると、ブロッディ卿は驚いた顔をして何も言わずに去っていった。
「ほんと最悪。あいつも来てたんだ」
去っていくブロッディ卿の背中を見ながら、イグル様が眉根を寄せる。
「リゼ、大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ルカ様に尋ねられたので頷いてみせると、パルサ様が談話スペースを指差す。
「あちらで話をしましょうか。まずはリゼさんが気にされているデフェルのことについて話しましょう」
「お願いいたします」
ブロッディ卿のことも気になるけれど、まずは本来の目的を達成することにした。




