51 リゼの守護動物
デフェルを警察まで連れて行ってほしいと護衛騎士に頼むと、一瞬何か言いたげな顔をしたけれど、すぐに頷き、二人がかりで気を失ったままのデフェルをロープで縛り、ルカ様が乗ってきた馬車に運び込んでくれた。
パルサ様が吐いた唾はかなり異臭がするので、デフェルに近づくとかなり臭う。
自分のせいで不快な思いをさせてしまったと、パルサ様は騎士たちに何度も謝っていた。
公爵令息なのに腰が低すぎる気がするけれど、良い人なのだろうということは、その表情を見て伝わってきた。
デフェルを乗せた馬車を見送ってから、パルサ様と彼の肩の上に乗っているインコのイコル様に頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございました」
「気にしないでください。ちょうどこちらの国に用事があってノルテッド家にお伺いしたら、ルカ様が家を出るところだったんです。話を聞いて勝手に付いてきたので、僕たちが謝らないといけないというか」
「それよりもルカ様にお聞きしたいことがあるでしょう!」
イコル様がパルサ様の頬を嘴でツンツンとつつく。
その仕草が可愛くて微笑ましく見ていると、ルカ様が口を開く。
「お時間に余裕があるようでしたら、このまま辺境伯邸に来ていただけませんか。話したいこともありますので」
「承知しました。では、妹と僕は自分たちが乗ってきた馬車でノルテッド家に向かわせてもらいます」
パルサ様は笑顔で一礼すると、近くで待たせていた馬車に乗り込んでいった。
猫のルル様を抱きかかえ、自分たちの乗ってきた馬車に向かって歩きながら、ルカ様に問いかける。
「イコル様の聞きたいことって、やっぱり変身の件でしょうか」
ルカ様は先に乗り込み、私に手を差し出しながら答えてくれる。
「信用できない人間なら、彼女たちには大きな犬か何かで見えているはずだ」
「豹に見えていたら信用できるということですよね。イコル様やパルサ様はあまり動揺しておられませんでしたから、犬に見えていたのでしょうか」
「そうかもしれないし、自分たちのことがあるから俺たちと同じように驚かなかっただけかもしれない」
ルカ様はパルサ様のことを嫌いなわけではなく、顔が苦手なだけみたい。
そうでなければ、こんなふうに信用しているような素振りは見せないものね。
ルカ様とは違ったタイプのカッコ良さだから、もしかして張り合っておられるのかもしれないけど、それってルカ様らしくない気がする。
そんなことを考えていると、私の腕の中にいるルル様が向かいに座ったルカ様に話しかける。
「おにーさま、すこしくらいまつ、ということができませんの?」
「わ、悪かったよ」
「パルサさまたちにしょーたいがばれたら、たいへんなことになるかもしれませんよ? おにーさまがかってにきめてもよいことではないはずです」
「わかってる! 一応、母上には許可を取ってるよ」
「ライラック様が許可を出しているのなら、ルカ様は悪くないですよ」
ルル様にタジタジになってしまっているルカ様に助け船を出すと、ルル様はつぶらな瞳をこちらに向けてくる。
「リゼおねーさまは、おにーさまにあまいですわ!」
「ご、ごめんなさい」
ノルテッド邸に戻る馬車の中で、私とルカ様はルル様から説教をされ続けたのだった。
*****
ノルテッド邸に帰り着くと、パルサ様たちを応接室に通しているとメイドが教えてくれた。
ルル様とはエントランスホールで別れて、私とルカ様はそのまま応接室に向かった。
中に入ると、人間の姿に戻ったイコル様が優雅にお茶を飲んでおられ、その隣には私たちが入ってきたのを見て恐縮しているパルサ様がいた。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ、先に着いてしまったので門の外で待っていたら、辺境伯夫人が中に入って待っていてくれたら良いと言ってくださったので、お言葉に甘えさせてもらいました」
ルカ様が頭を下げるとパルサ様は苦笑して、イコル様を嗜める。
「イコル、いいかげんにしなさい。君は母上のようにはなりたくないんだろ?」
「当たり前ですわ」
レモン色のプリンセスラインのドレスに身を包んだイコル様は、立ち上がると私達に向かって頭を下げる。
「ルカ様、リゼ様、先日は無礼を働いてしまい申し訳ございませんでした」
「気にしてませんから」
「そうです。謝らないでくださいませ!」
ルカ様と私が首を横に振ると、イコル様は苦笑する。
「人によってやり方を変えないといけないとお兄様に叱られましたわ。ミカナはこれで言うことを聞いてくれていますから、同じようにすれば良いのかと思い込んでおりました」
ミカナの名前が出たので、今、どうしているのか気になっていたので聞いてみる。
「あの、ミカナは今どんな感じなのでしょうか? 少しは反省しているのでしょうか?」
「……そうですわね。自分もいじめられるという嫌な思いをして辛いと感じてはいるようですわ。ですが、反省しているとは思えませんの。だから、やり方を変えようと思っておりますわ」
「……やり方を変える?」
「ええ。痛い目に遭えば、自分のやったことがしてはいけないことだったと理解して後悔する人間が多いものですが、ミカナはまだどこかで、こんなことになったのはリゼ様のせいだと思っているようなんです」
イコル様は片手を頬に当てて大きく息を吐いた。その話を聞いて、私もがっかりしてしまう。
ミカナに反省を求めても、もう意味がないのかしら。
「それにしても、リゼ様が動物に変身できれば良いのにと思ってしまいますわ」
「えっ!?」
イコル様は笑顔で私を見つめて、言葉を続ける。
「リゼ様の後ろに見えている動物、とっても可愛いんですもの。なんという動物かはわかりませんが、抱きしめたいくらい可愛いです」
「抱きしめたいくらい可愛い、ですか?」
「ええ」
そういえば、イコル様やパルサ様は動物になった時の姿がわかるみたいだから、私が将来ルカ様と結婚した時に、どんな動物になるのか聞いてみたくなった。
「あの、私の後ろに見える動物が何なのか教えていただくことはできますか?」
「俺も知りたいです」
私が尋ねると、隣に座っていたルカ様も身を乗り出す。
「そうですわね。後ろに見えるといいますか……」
イコル様がそこまで言ったところで扉がノックされた。
話を邪魔されたせいか、ルカ様が眉間にシワを寄せてから返事をすると、ラビ様が部屋に入ってきた。
「お話中に悪いね。だが、急ぎの用件だから伝えに来たんだ。警察に捕まったデフェルくんだが、すぐに釈放されてしまいそうだ」
そこまで聞いた私たちは、私が動物になるとしたら何になるかだなんて話題を忘れて、ラビ様に話の続きを促したのだった。




