49 男爵令嬢の言い訳
ラビ様から話を聞いた次の日、カウアー男爵令嬢の真意を確認したいこともあって、都合の良い日時を彼女に伝えてみた。
「リゼ、ありがとう。じゃあ、その日にするわ。絶対に来てね」
「わかったわ」
私が頷くと、彼女は安堵した様子で胸を撫でおろした。
どうして彼女があの男と繋がっているのかはわからない。
繋がっている理由が私やミカナのせいだとしたら、そのことについては申し訳ない気持ちになる。
というか、私のせいだとしか思えないから、行きたくはないけれど行かざるを得なかったというのもある。
ルカ様達と相談し、今回は猫になったルル様が付いてきてくれることになった。
ただの謝罪だけなら屋敷の中に入らなくても良いだろうと考えたからだ。
私の身に危険が及んだ場合はルル様だけ逃げてもらい、近くで待機してくれているルカ様達のところへ助けを呼びに行ってもらうという話になった。
例の彼が絡んでくる可能性もあるから護衛騎士は多めに連れて行くことに決まり、特に変わりのない日々を過ごしている内に問題の日を迎えることになった。
*****
約束の日の朝、カウアー男爵家に向かう馬車の中で私はルル様と話をしていた。
「リゼおねーさまをおいていくだなんて、ふほんいではありますけれど、なにかあったときにわたしではたいおうできかねるでしょうから、さいぜんのてをつくしますわ」
相変わらず、子供とは思えない発言をされるルル様に感心してしてしまう。
「ルル様は本当にしっかりしておられますね」
「そうでしょうか」
「小さい頃の私が今のルル様のようにしっかりしていたら、お父様たちは殺されなくても済んだかもしれません」
「それはわかりませんわ。それに、おなじとしのこどもたちにはなにをいっているのかわからないといやがられますから、ふつうがいちばんですわ」
「……申し訳ございません、ルル様」
何も考えずに思ったことを口に出してしまったことを反省する。
子供には子供らしさを求めてくる大人もいるし、子供だって付き合いづらいということもあるのかもしれない。
私が落ち込んでしまったと思ったのか、猫の姿になっていたルル様は膝の上に乗ってくる。
「わたくしはきにしておりませんわ! もし、きにされるようでしたら、イグルさまとうまくいくようにいのってほしいですわ」
「祈るのはかまわないのですが……」
イグル様は今の年齢のルル様を相手にするわけにはいかないと思うのよね。
ルル様もそのことについて理解はしているとは思う。
ルル様の気持ちに応える場合、イグル様はルル様が大きくなるまで待たないといけないのだけれど、それまでに婚約者の話が出てこないとは限らない。
その時には、縁談が進まないようにルル様の応援をしてくれということかしら?
イグル様の気持ちも大事だと思うから、全面的に協力することは出来ないということだけは伝えておくことにする。
「ルル様を応援する気持ちはありますが、イグル様が嫌がることもできません。それについては許していただけますか?」
「もちろんですわ! イグルさまがいやがることは、わたくしだっていやですもの! ですから、もしイグルさまが、わたくしのことをおもいとかうざいとか、いっていらしたらおしえてもらえますか?」
「イグル様はルル様に対してそんなことを思うような方じゃありませんよ?」
「……そうですわね」
ルル様は大きく首を縦に振った。
話をしている内に、私たちを乗せた馬車はカウアー男爵家に辿り着いた。
「それにしても、あやまりたいというのに、ひとをよびつけるだなんて、どうかしていますわよね」
「それは私もそう思います」
ルル様を抱き上げて苦笑していると、御者が馬車の扉を開けてくれたので、ルル様を抱えたまま外に出る。
男爵家の玄関前には馬車を停めるスペースがなく、御者には門の前で待っておいてほしいと伝え、私とルル様は屋敷のポーチに立った。
別の馬車で来ていたメイドがノッカーを叩くとすぐに二枚扉の内の一枚の扉が開き、気持ち悪い笑みを浮かべたデフェルが現れた。
デフェルに驚いたメイドが悲鳴を上げる。
「きゃあっ!?」
「何だよ。人の顔を見て悲鳴を上げるだなんて失礼なメイドだな」
「も、申し訳ございません!」
メイドは泣きそうな声を出して、深く頭を下げた。
怯えてしまっているメイドに声をかける。
「もういいわ。あなたは御者のところに行って、人を呼んできてちょうだい」
「で、ですがっ!」
「良いから、二人共捕まっては意味がないでしょう?」
メイドは後ろ髪を引かれる様子だったけれど、自分がここにいても意味がないとわかってくれたのか、門に向かって走っていく。
デフェルが出てくることは予想していたから、大して私は焦っていなかった。
「よぉ、リゼ、会いたかったぜ」
デフェルはそう言って、私の腕を掴もうとしてきた。咄嗟に後ろに下がると同時にルル様が伸びてきたデフェルの手の甲を思い切り引っ掻いた。
「いってぇっ! なんなんだ、この大きな猫は!!」
デフェルの手の甲には、二本の深い引っかき傷が出来ていて、そこから血がうっすらとにじみ始めている。
ルル様は地面に下りると、シャーッと声を出してデフェルを威嚇した。
「デフェル、どうしてここにいるのかはわからないけど、あなたがいるんなら私はこの家に用はないわ! 帰りましょう!」
名前を呼ぶわけにはいかないので、最後のほうはルル様に向かって叫んだ。
困ったことにルル様は威嚇を続けて、その場から動かない。
「リゼ! 本当にごめんなさい!」
開かれていなかった片方の扉が開き、泣きそうな顔をしたカウアー男爵令嬢が出てきた。
そんな彼女を睨みつけて話しかける。
「私への謝罪がデフェルと会わせることなの? 嫌がらせ以外の何でもないんだけれど?」
「しょうがないじゃない! リゼと会わせなかったら、私を酷い目に遭わせると言うのよ!」
「それならそうと、教室で素直にそのことを話してくれればいいんじゃないの!?」
「嫌よ! そうしたら、リゼはここに来ないじゃないの! こうするしかなかったの!」
カウアー男爵令嬢は必死の形相で訴えた。
彼女にとっての私は、やっぱり友人じゃなかったみたい。
私は事情を知って知らんぷりできる人間でもないし、正直に言ってほしかった。
口を開こうてした時、ふーふーと肩で息をしているカウアー男爵令嬢の所に黄色い小鳥が飛んできた。
その小鳥はカウアー男爵令嬢の頭の上に止まり、私を見つめた。
「な、何なの!?」
困惑の声を上げるカウアー男爵令嬢の頭の上に、黄色い小鳥はポトリとフンを落としたのだった。




