35 ミカナの絶望①(ミカナside)
お父様、早く帰ってきてくれないかしら。
リゼを殺しそこねたことを、お父様に報告しなくちゃ。
そう思った時、お兄様が、ノルテッド辺境伯夫人を押し退けるようにして部屋の中に入ってきた。
「おい、ミカナ! 見たか!? デカい犬がまた現れたんだ! リゼ! お前の仕業だな! 俺はあの犬のせいでこけて怪我をしたんだぞ!」
「何のことかはわからないけれど、そんなことを言っていられる場合ではないと思うわ」
リゼが呆れた様子でお兄様を見て言葉を続ける。
「ミカナは私を殺そうとしていたの。立派な殺人未遂だから警察に話をするつもりよ。そうなったら、フローゼル家はどうなるかしらね?」
「は? リゼを殺す?」
お兄様が驚いた顔をしてわたしを見てきた。
しまったわ!
お兄様にはリゼを殺すなんて話はしていなかった。
お兄様はリゼをおもちゃにしたいから、殺すことには反対だったのよね。
まったく、リゼったら余計な話をするんだから!
わたしはイライラを抑えて答える。
「わたしは何もしてません! リゼ達が言いがかりをつけてくるんです! リゼを殺そうとしたのは使用人よ!」
「いや、お前が何もしてないわけはないだろ」
お兄様がヘラヘラ笑いながら言った。
この人、何を考えてるのよ!
ここはわたしを庇うべきでしょ!?
「これはこれは、ノルテッド辺境伯夫人」
その時、お父様の声が部屋の外から聞こえてきた。
「フローゼル伯爵、ごきげんよう。お邪魔させてもらっているわ」
「こんなところでどうされましたか? どうぞ中へ……」
「もう帰るところなのよ。それにしても、あなたは娘の育て方を間違ったんじゃないかしら?」
「……なんのことでしょうか?」
お父様は不思議そうな顔をする。
お父様、お願い。
私を助けて!
ノルテッド辺境伯夫人がお父様に厳しい表情で言う。
「ミカナさんはリゼさんを毒殺しようとしていた疑いがあるの」
「そ、そんな……!」
お父様は驚いた顔をした。
そうよ、お父様、誤解だと言って!
心の中で叫んだ時だった。
「そうではないかと思っていて、先程、警察に話をしに行ったところなのです」
お父様がわけのわからないことを口にした。
「お父様……、今、なんて?」
震える声で尋ねると、お父様は悲しげな顔を私に向ける。
「そのままの意味だ。お前は妹であるリゼを殺そうとしていただろう? 私やデフェルが止めても、その気持ちを変えるつもりはなかった。なら、本当にお前がリゼを殺してしまう前にと思って、警察に相談したんだ」
「な……、なんですって!?」
驚きで頭が真っ白になった。
どういうことなの!?
お父様は、もしかして、自分が助かるために、わたしを売ったの……?
そんな……!
そんなわけないわよね!?
嘘だと言ってよ、お父様!




