30 ミカナの失態②
どうやらミカナは、シュガーポットの中に良くないものを入れていたみたいだった。
ミカナは紅茶に砂糖は入れない。
私は少量だけれど、砂糖を入れる。
安易な考えかもしれないけれど、ミカナは私を毒殺しようとしていたのかもしれない。
でも、人を殺せるような毒をミカナが自分で仕入れられるとは思えない。
用意している誰かがいるはずだわ。
それに、私が毒を飲んでも、シュガーポットを用意したのは、このメイドだし、罪をなすりつけようとしたのかもしれない。
でも、ミカナにそんな考えは思いつくかしら?
「ちょっとあんた! 私が何かしようとしていたみたいに聞こえるじゃないの! 私はそんな指示をしてないわ!」
「で、ですが、入れ替えろと言われたのはミカナお嬢様です!」
「あんた、本当に馬鹿ね! 主人を陥れようとするなんて信じられないわ! 今日であんたはクビよ!」
「そんなっ!」
メイドが泣き出しそうな顔をして叫んだ。
そんな彼女を助けるために、二人の会話に割って入る。
「ちょっとミカナ、いいかげんにして。あなた、私に何をしようとしてたの?」
脅迫状を送りつけられているのだから、何をしようとしていたかなんて聞かなくてもわかってる。
でも、ここは気付いていないふりをして聞いてみると、ミカナは貼り付けたような笑みを浮かべて答える。
「もちろん、あなたと仲直りしようと思っていたのよ」
「そんな風には思えないけれど?」
「どうして、そんなことを思うの? リゼだってわたしと仲直りするために、ここに来てくれたんでしょう?」
「いいえ」
きっぱりと否定すると、ミカナは不思議そうな顔をした。
「じゃあ、何をしに来たのよ!? お茶をしに来ただけってこと!? あんた、ブスな上に頭も悪いなんて最悪ね!」
「あなたに言われたくないわよ。私の外見はあなたよりも悪いかもしれないけれど、あなたにブスだとか言われたくないわ」
言い返すと同時に、ラビ様が私の腕の中でもぞもぞと動くから、下に下ろしてあげる。
すると、ラビ様はぴょんぴょんとミカナに近寄っていった。
「な、なんなの!?」
普通よりも大きなウサギが近づいてくるからか、ミカナは焦った顔をしてラビ様を見つめる。
ラビ様はミカナに背中を向けたかと思うと、二本の後ろ足でミカナの足にキックした。
「きゃあっ!?」
ウサギはキック力もあるので、ミカナは後ろの壁にぶつかり、ずるずると崩れ落ちる。
「痛いっ! 何なの、このウサギ!! ちゃんと躾しなさいよ!」
しゃがみ込んだミカナが足を押さえながら、ラビ様と私を交互に睨みつけて叫んだ。
ラビ様はミカナが後ろにひっくり返らないように、彼女が壁際に立っていることを確認してからキックしたのだから、ちゃんと躾はされていると思う。
って、躾をされているという言い方は失礼ね。
ぴょん、ぴょん、とラビ様がミカナの目の前に移動すると、ミカナの表情が引きつった。
その時だった。
「やめてください! 坊ちゃま! おやめくださいっ!」
女性の叫び声と共に、ライラック様が声の聞こえた方を振り返り、ラビ様の耳がピーンと立った。
そして、すぐにラビ様がライラック様の方を振り返ると、ライラック様は首を縦に振った。
「リゼさん、ちょっと様子を見てくるわ。あなたのいとこが馬鹿なことをしているみたいだし」
「お手数おかけして申し訳ございません」
私が頭を下げると、ライラック様が歩き始める。
「ちょ、お待ち下さい! 勝手に家の中を歩きまわるのはおやめください!」
「ミカナ、あなたの相手は私よ」
立ち上がろうとしたミカナの前に私が立ちはだかると、彼女は私を見上げて叫ぶ。
「あんた、何なのよ、生意気なのよ! 今、ここにはノルテッド辺境伯夫人がいなくなったんだから、わたしはあんたに好き勝手出来るのよ!」
「意味がわからないわ。それを言わせてもらえば、私だって、あなたに好き勝手しても良いんじゃないの?」
「あんたが私に何かしていいわけないでしょ!」
「ミカナ、堂々巡りになるから、これ以上の話は無駄よ」
冷たく言うと、ミカナは勢いよく立ち上がろうとした。
でも、ラビ様がわざとドレスの上にのっていたため、ミカナは体勢を崩して前のめりに倒れた。
「あ、あの……」
シュガーポットを抱きかかえたままのメイドが私に話しかけてきたので目を向ける。
すると、メイドは涙を目に浮かべて訴えてくる。
「さっきの声、お母さんの声だったんです。見に行っても良いですか?」
「あ、えっと」
ライラック様が見に行ってくれたから大丈夫、と答えようとした時、女性の悲鳴とデフェルの叫び声が聞こえた。
「ぎゃあああっ! なんで、虎がこんなところに! うわっ! こっち来るな、こっちの女の方が美味しいから!」
バタバタという足音と共に、デフェルの叫ぶ声が耳に届く。
「なんで、俺を追いかけてくるんだよっ! というか、なんでこんなところに虎がぁっ! ぐはっ!」
目を向けても姿は見えないとわかってはいる。
でも、声の聞こえてくる方向に私達が顔を向けると、突然、静かになった。
ライラック様がデフェルを気絶させたのかしら?
「あの、お母さんは大丈夫だから安心して? えっと、この家で働いてるのは、あなたとお母さんだけ?」
「あ、あと、今、旦那様はお出かけになっているのですが、用心棒として、父が雇ってもらっています」
「お父さんは、旦那様と一緒に出かけているのね」
「はい」
「それ以外はいないの?」
「あとは、料理人くらいです。メイドや執事の人は、何日かですぐ辞めちゃうんです」
フローゼル家は貴族としての評判は落ちているし、いくら高給だといって就職したとしても、自分が仕えなければいけない人間の人となりを知ったら、嫌になって辞めてしまう気持ちもわからなくはないわ。
私だって、こんな広い家に、使用人が全然いない家なんて、絶対に何か問題があると思って嫌だもの。
「ちょっと、何、勝手に家のことを話してんのよ! あんた、クビだって言ってんでしょ!」
「……申し訳ございません。シュガーポットだけ厨房に返してきます」
言ってはいけないことだと思ったのか、メイドはしょんぼりと肩を落として、とぼとぼと歩いていく。
「彼女は悪くないわ。彼女に質問した私が悪いのよ。ところでミカナ」
「何よ」
「あなた、彼女をクビにするとか言っているけど、自分でお茶を淹れるつもり? 彼女が淹れてくれるんじゃないの? それとも、さっき悲鳴をあげていた女性が淹れてくれるの?」
「うっ! うるさいわね! あの女はお兄様の専属メイドなのよ! あと、私がお茶を淹れられるわけないでしょう! あんたが淹れなさいよ!」
「どうしてそうなるのよ。ああ、もう、頭が痛くなってきたわ」
こめかみをおさえて目を伏せた時、ちょいちょいとラビ様が私の足に前足をかけてきた。
「……?」
私が首を傾げると、ラビ様はぴょんぴょんと飛び跳ねて、メイドの女の子を追いかけていく。
その行動で、ラビ様が何を言おうとしているのかわかって、ミカナに尋ねる。
「あの子はお茶を淹れられるの?」
「お茶くらい淹れられるでしょ」
「なら、あの子に淹れてもらうわ」
「はあ? あいつはクビだって言ってんでしょ」
「ノルテッド家で雇ってもらうわ。で、今日は私の付き添いのメイドということにして、あなたの分のお茶だけ淹れてもらうわね。彼女が持っているシュガーポットの砂糖いりで」
床にしゃがみ込んだままのミカナを見下ろして、にっこりと笑うと、ミカナは苦虫を噛み潰したような顔をした。




