27 謝罪の手紙
「誰からなの?」
驚いて動きを止めてしまった私に、ライラック様が不思議そうな顔をして尋ねてきた。
そして、私が答える前に眉根を寄せて言う。
「この匂い、私が踏みつけた女性の匂いに似てるわ。リゼさんの従姉妹のミカナさんだったかしら?」
「そうです」
嗅覚の良さは犬よりも猫のほうが上らしく、ネコ科であるライラック様も嗅覚は良い。
ルル様ももちろん良いのだけれど、ルル様の場合はミカナと会ったことがないから匂いに気付けなかったみたいだった。
「ミカナさまというのは、リゼおねーさまをいじめたひとですわよね?」
「そうよ」
ライラック様が頷くと、ルル様はぷうと頬をふくらませる。
「おにーさまには、よいけっかになりましたけれど、やはり、ゆるせないものはゆるせませんわね!」
ルル様はそう言って勢い良く立ち上がったので、ライラック様が首を傾げる。
「どうしたの、ルル」
「わたくし、ミカナさまのところにいって、おおきめのネコパンチをしてさしあげますわ!」
ルル様の言う、大きめのネコパンチというのは、大きめの猫に変身するからという意味だと思われる。
両拳を握りしめて訴えてくれる姿がとても可愛らしいけど、私は首を横に振る。
「ルル様のお気持ちは嬉しいですが、ミカナには近付かないでください」
「そうだぞ。捕まったらどうするんだ。あの家には、もっと嫌な奴もいるんだぞ」
「ルカ様の言うとおりです。ミカナもそうですが、ミカナの兄のデフェルは動物が好きではありません。もし、捕まったら何をされるかわかりませんから」
ルカ様と私が止めると、ルル様は不服そうに足をバタバタさせる。
「わたくしも、リゼおねーさまのために、なにかしたいんですの!」
「ルルのことは気にしなくていいわ。それより、何が書いてあるのかしら?」
ライラック様がルル様をなだめながら苦笑する。
手紙をこの場で読むべきか迷ってしまう。
嫌なことが書いてあったらどうしよう。
逡巡していると、ルカ様が隣に座って手を伸ばしてきた。
「俺が読む」
「い、いえ! 大丈夫です!」
ルカ様に迷惑をかけるわけにはいかないわ。
意味のない手紙なら燃やせばいいし、もしかしたら謝罪の手紙かもしれないし……、ってそんなわけないわよね。
そんなことを思ったあと、封筒から手紙を取り出し、内容に目を通してみる。
書かれていたのはこんな感じだった。
「 親愛なるリゼへ
あの時はごめんなさいね。どうかしていたと反省しているわ。でも、まさかエセロが私を選ぶだなんて思ってもいなかったのよ。
たとえ叶わぬ恋だと思っていたとしても、あの場で言うことではなかったわよね……。ひどいことをしたと思っているわ。
恋する乙女の暴走だと思って、ガゼボの件は許してもらえたら嬉しい。
ロマンティックな夢を見ちゃったの。エセロの愛を確かめたかったのよ。
好きな人ができたら、そんなことになっちゃう気持ちをわかってね? あなたと仲直りしたいわ。
私のお詫びの気持ちを込めて、お茶会に招待するから来てね?
あなたの姉のミカナより 」
最初に読んだ時はふざけた謝罪文としか思えなかった。
だけど、しっかりと読み直すと、そうじゃないことがわかった。
「何を考えているのよ」
呟いてから、何か言いたげに私を見ているルカ様に手紙を渡すと、ルカ様は手紙を読み始めた。
私は封筒の中に手紙と一緒に入っていた招待状を取り出す。
宛名は書かれておらず、お茶会の日時と場所だけが書かれていた。
場所はフローゼル家のティールーム。
日時は七日後のティータイムの時間だった。
「思っていた以上にミカナ嬢は馬鹿だな。こんなことして気付かれないと思ってるのか? 何の意味があって書いたんだ」
「わかりません。気付かれても良いと思ってるのかもしれません。私が傷付くと思っているのかも」
「リゼさんが持っているのは何なの?」
ルカ様の言葉に答えると、ライラック様から尋ねられた。
テーブルに身を乗り出して招待状を手渡すと、ライラック様は「宛名が書かれてないのね。これ、誰が行ってもいいんじゃないかしら」と呟いた。
それを聞いたルカ様が慌てた顔をする。
「まさか、母上が行くんじゃないだろうな」
「だって、これだとリゼさん宛とはわからないじゃない?」
「リゼ宛の封筒に入ってたんだろ?」
「私はそれを知らなかった、たまたま、招待状が屋敷に落ちていた、でいいんじゃないかしら?」
うふふ、とライラック様が悪い笑顔を見せる。
「本当に行く気かよ。厳しいだろ、そんな言い訳」
「じゃあ、私も行きます! 私がライラック様に一緒に来てもらったことにします。同伴者は駄目とは書かれてませんから」
「では、わたくしもいきますわ!」
ルル様が勢いよく手を挙げたので、ルル様以外の全員が首を横に振る。
「お前は駄目だ。お前が行くくらいなら俺が」
「なにをいっているんですか、おにーさま。このくにのおちゃかいは、きほん、じょせいのあつまりのばです! だんせいがきてはいけないことはありませんが、うきますわよ!」
「それは、そうかもしれねぇけど」
「ルルは連れては行かないけれど、ルカがそんなに心配だというなら、ラビを連れて行くわ。ウサギの姿になってもらえばいいでしょう」
ライラック様がルカ様に言うと、ルカ様は眉根を寄せた。
「お茶会に動物は参加可能なのか? 相手は動物嫌いなんだろ?」
「何を言ってるのよ、ルカ。相手は善良な人間じゃないのよ? 動物が嫌いだとわかっていて連れて行くからいいんじゃない? アレルギー持ちならやめるけれど」
ライラック様とルカ様が私を見てきたので、苦笑して答える。
「フローゼル家に動物アレルギーを持っている人はいません」
「なら、良いわよね。大丈夫よ、ルカ。せっかく我が家に嫁に来てくれるリゼさんを私が守れないと思ってるの?」
「い、いや、そういう意味じゃねぇけど」
ルカ様はちらりと私のほうを見たあと、ライラック様に手紙を渡す。
「これ、脅迫状だから、これで攻められるだろ。それなのに行くんですか?」
「……まあ! 謝罪文かと思ったけれど、本当ね。ミカナさんって本当にプライドの高い人なのね。そんなに謝るのが嫌なのかしら」
「私に謝りたくないのでしょう。それは証拠になりますよね?」
「もちろん。ちゃんと取っておかないと駄目ね」
「わたくしも、もじがよめるようになりましたので、よみたいですわ!」
そう言って、ルル様はライラック様に向かって手を伸ばしたけれど、さすがに手紙を渡さなかった。
「子供が読むものじゃないわ」
「おにーさまもこどもです!」
ルル様は文句を言って、最終的に泣き始めてしまったけれど、さすがに、この手紙は見せられなかった。
ミカナは簡単にはわかりにくいようにはしてきたけれど、私を脅迫するような言葉を書いていた。
「リゼさん、あなたをいつまでも危険な状態にさせておきたくないの。だから、このお詫びのお茶会というやつでミカナさんとの関係は終わりにさせましょうね。あと、わかっていると思うけれど、ゆっくりとお茶を飲むつもりはないわ」
「わかっています。それから、ミカナとの決着は自分でつけます」
ライラック様に頼ってばかりじゃいけない。
自分でミカナと決着をつけるわ。




