21 ミカナの思い②(ミカナside)
わたしは早起きが嫌い。
使用人に何度起こされても二度寝してしまう。
だけど、今日の朝は違った。
まだ、時刻は朝の五時だというのに、目はぱっちり開いていた。
昨日は散々だった。
大きな黒い犬に襲われそうになって、殺されてしまうかと思った。
一番、ショックだったのは、エセロがわたしを置いて逃げたこと!
まさか、そんなことをする人だなんて思ってなかった。
彼は女性に優しくて文武両道だし、ルックスだって良い。
私にとっては理想の男性だと思っていた。
「まさか、あんな人だったなんて……」
一夜明けてもショックが抜けず、爽やかな朝だというのに、ベッドの中で暗い顔をしていた。
わたしは、自分が犠牲になってでも、わたしを守ろうとしてくれる人が好き。
だって、わたしは、この世になくてはならない存在だから。
そんなわたしの婚約者になる人は、完璧な王子様みたいな人が相手じゃなければならなかった。
ルカ様は見た目は悪くはないけれど、無愛想だし、ヒーローって器じゃないし、王子様というわけでもない。
その点、エセロは王子様ではないけれど、王子様のような見た目や爽やかさで、わたしにとっては完璧だった。
だから、好きになったのに……!
もしかして、わたしの選び方が間違っていたの?
わたしの運命の相手は他にもいるということ?
「ミカナ、大丈夫か?」
お兄様の声がして寝転んだまま、声のした方向に目を向けると、ノックもせずに、お兄様は勝手に部屋の中に入ってきていた。
「お兄様、たとえ、妹の部屋でもレディの部屋ですよ」
「お前に変な気を起こすことはないから安心しろって」
お兄様は豪快に笑ったあと、近くにあった椅子を引き寄せて言う。
「早起きして様子を見に来たんだ。調子はどうだ?」
「良くはありません。エセロのことでショックなんです」
「大きな犬に襲われたことは大丈夫なのか?」
「ええ。特に何もされませんでしたし」
「エセロをそう責めるなよ。もしかすると、リゼに脅されていたのかもしれないぜ」
「……リゼに?」
意味が分からなくて聞き返すと、お兄様は椅子に座り、足を組んでから続ける。
「ほら、うちの家にも大きな犬が出ただろ? もしかしたらリゼが仕組んだのかもしれない」
「わたしは、大きな犬なんて見ていませんから」
そういえば、ルカ様達が来た日に、大きな犬を見たとか言われたような……、あら?
本当にそうだったかしら。
「お兄様は大きな犬なんて言ってたかしら?」
「え? 言ってなかったか? 言ってたような気がするんだが……。まあ、いい。とにかく、リゼがエセロにお前を助けるなと言ったのかもしれない」
「どうして?」
「そりゃあ簡単だろ。お前がエセロを嫌いになれば、エセロはリゼのところに戻るんだから」
「どうしてですか!?」
意味が分からなくて声を荒げると、お兄様は楽しそうに笑う。
「だって、お前がエセロを捨てたら、あいつがフリーになるじゃないか」
「でも、リゼはルカ様と婚約したって聞いたわ。エセロがフリーになっても意味がないでしょう?」
「ノルテッド卿を利用してるかもしれないじゃないか」
「ルカ様を利用……?」
「ああ、可哀想に。ノルテッド卿はリゼに騙されて色々とやらされているのかもしれない。ノルテッド卿だけじゃなく、辺境伯夫妻もそうかもしれないな」
お兄様は納得するように頷いてから続ける。
「ミカナ、騙されるなよ。全部リゼが悪いんだ。これ以上、リゼが人に迷惑をかける前に、あいつを家に取り戻そう」
「取り戻してどうするの!? わたしにしてみれば、どうしてリゼを引き取ったのかさえも意味不明なのに」
「リゼを引き取ろうとする人物がいなかったって聞いてる。きっと、リゼは厄介な女なんだ」
「……大人しそうな顔をして、本当は悪い奴だってことね?」
お兄様の言葉に納得できるものはある。
だって、リゼをお祖父様とお祖母様が引き取らなかったのはおかしいもの。
叔母様のほうの親戚だって嫌がったみたいだし、あの子には何が裏があるんだわ。
もしかしたら、ルカ様も騙されている?
「許せないわ」
「……だろう? だから、家に戻して躾をするんだ」
「躾をしたらなおるものなのですか?」
「大丈夫だ、俺に任せろ」
お兄様に任せて、本当に大丈夫なのか不安になったけれど、リゼがどうなろうか知ったことじゃないわ。
あの子の化けの皮を剥がしてやる!
わたしがそう心に決めた、約一時間後に、エセロが見舞いに来てくれた。
学園に向かう前に、わたしのところに寄ってくれたみたいだった。
「大丈夫か?」
「ええ。何とかね」
「ミカナ、本当にごめん。僕は頼りない奴だろ? 君には僕はふさわしくない」
「何を言っているの、エセロ。あなたはリゼに命令されたんでしょう?」
「……何を言ってるんだ?」
エセロが焦った顔で聞き返してきた。
困惑しているふりをしているみたい。
演技が上手いのね。
「大丈夫よ、エセロ。一生懸命考えるわ。あなたをリゼから守る方法を。それから、リゼの化けの皮を剥がす方法もね!」
「ミカナ、リゼは何も関係していないよ!」
「わかってるわよ、エセロ。本当のことを言えないのよね?」
「違うって言ってるだろう!」
「エセロ、もう学園に向かったほうがいいと思うわ。来てくれてありがとう」
ベルを鳴らすと、メイドがやって来たので、エセロが帰ることを伝えると、もう出ないといけない時間だからか、エセロは名残惜しげな表情で言う。
「ミカナ、放課後にまた来るから」
「そんなにわたしに会いたいの? しょうがないわね」
微笑んで見せると、なぜか、エセロは泣きそうな顔をした。
待っていなさい、リゼ。
エセロにあんなカッコ悪いことをさせたあなたを、絶対に許さないんだから!




