20 ミカナの思い① ※途中で視点変更あり
ワヨインワ侯爵令息は、自分の父親が自分の退学処分を認めたことを知らないみたいだった。だからか、校門近くにある守衛室の前で泣きながら騒ぎ続ける。
「あの女、ミカナが悪いんだ! あいつが女を連れてきてくれたら金をやるって言うから! まさか、あの女が、リゼ・トワラとは知らなかったんだ!」
トワラというのは、私がフローゼル家に養女になる前の姓だ。
ワヨインワ侯爵令息は、私のことをフローゼル家の人間で、元トワラ家だとは知らなかったみたいだった。
彼が小さい頃の話だから、知らなくても無理はない。
知っていたら、あんなことをしなかったのかと思うと、少しだけお気の毒だった。
ワヨインワ侯爵にしてみれば、高位貴族の間で話題になっている私に手を出したとあって、余計に怒り心頭といったところかもしれない。
「こんなはずじゃなかったんだ! お金を手に入れてギャンブルでスッた金を返したかっただけなんだ! それなのに、金はもらえないし、家まで追い出されるなんて! このままじゃ街を歩けない!」
ワヨインワ侯爵令息は、人の通行を邪魔していることなどおかまいなしに叫び続けている。
「行くぞ、リゼ」
「あ、はい」
「あいつも終わりだね。ギャンブルやって、借りた金を返せないとなっちゃ、命も危ないかも」
歩き出したルカ様に付いて歩き出すと、イグル様も並んで歩きながら言った。
「学生がギャンブルだなんて悪いことをしたのは駄目な事ですが、命が危ないというのは、あまり良い気はしませんね。さすがに、ワヨインワ侯爵は助けてあげますよね?」
ワヨインワ侯爵だって、自分の息子が駄目な人だったとしても、本当に危なくなったら助けてくれるはず。
親心ってそんなものかと思っているのだけれど、実際はどうなのかしら?
それにしても、こんなはずじゃなかったんだなんて、本当に残念でした、よね。
悪いことをして、お金を工面しようとするから罰が当たったのよ。
だけど、自分のお父様が彼を見捨てたことに気が付いていないこともお気の毒だわ
かといって、私も怖い思いをしたから、何の罰も与えられないというのも納得いかない。
「リゼはもう気にしなくて良い。ワヨインワ侯爵令息のことを改めて先生に聞かれたら、情けはかけずに、ちゃんと話せよ」
「わかりました」
「……」
なぜか、イグル様が私とルカ様を不思議そうに見てきた。
「何だよ」
「いや、二人共、なんか様子が違うような……」
イグル様の言葉を聞いて、私とルカ様は顔を見合わせる。
そういえば、私達の話をイグル様にはしていない。
「こいつに言いたくねぇな」
「私から言いましょうか?」
「そういう問題じゃなくてだな」
「え、なになに? もしかして、二人共、婚約しちゃった?」
ありえないと思っておられるのか、イグル様はニヤニヤと悪い笑みを浮かべて言った。
ルカ様は目を細めて答える。
「そうだけど、文句あんのか?」
「文句はない……って、え? ちょっと待って。その前の言葉をもう一回言ってくれる?」
「そうだけど」
「……あれ? え? どういうこと? 僕は聞いてないんだけど!?」
「言ってないから」
ルカ様がきっぱりと答えると、イグル様が私を見てきたので、苦笑してから軽く頭を下げる。
「えっと、そういうことになりました。よろしくお願いいたします」
「ええーっ! いや、おめでたいんだけど、これから、カップル二人の仲を邪魔して、ご飯を食べたりしないといけないなんて。いや、僕が一緒に食べるなんて、ただの邪魔者だし遠慮しないといけないよな。嬉しいけど、ちょっと寂しい」
イグル様が本当に寂しそうに見えたからか、私とルカ様は言う。
「イグル様、今まで通りで大丈夫です! 世間体では前から私は婚約者だったわけですし、いきなり今日から一緒に食べないなんておかしいですよ」
「そうだよ。別に一緒に食えばいいだろ。あ、あと、俺は寮から出るから」
「なんで?」
「別邸に住むんだよ」
ルカ様が事情を話すと、イグル様は頷く。
「ああ。伯父様が帰られるのか」
「もう少し先だけどな」
そこまで話をしたところで、イグル様の教室の前までたどり着き、その場で別れようとした時だった。
「リゼ!」
エセロが教室から出てくると、私ではなくルカ様の方を見てお願いする。
「リゼと話をさせてもらえませんか」
「断る」
「でも、ミカナのことなんです! リゼにも関わることで……」
「……」
私とミカナはまだ姉妹のままだから、興味がないとも言いにくかった。
それに私にも関わることって……?
私の気持ちをわかってくださったのか、ルカ様は不機嫌そうに言う。
「俺が代わりに聞く。リゼは先に教室に行っててくれ」
「待ってくれ、リゼ! 君と話がしたいんだ!」
「リゼ、早く行け」
「……わかりました」
内容は気になるけれど、私がエセロと話すのは、エセロにとって喜ばしいことのような気がして、出来ればさけたかった。
ルカ様にその場を任せて、私は先に教室に入った。
ミカナのことで話って、エセロは一体、何を話すつもりなのかしら?
ミカナに何かあったの?
それに私に関わることって何なの?
◇◆◇
「で、リゼに何が言いたいんだ?」
廊下の端に寄り、ルカが尋ねると、エセロは眉根を寄せて言う。
「今日の朝、ミカナの家に行ったんです。あんなことがあったから、ミカナはもう、僕のことを嫌ってくれたと思ったんですが……」
「……わざと一人で逃げたのか?」
「……話を続けても良いですか?」
「ああ」
エセロが、ルカの質問に答えなかったのは、彼の予想が当たっているからだと考え、それ以上、ルカは聞くのをやめて、エセロに話をさせる。
「ミカナは僕のことを嫌うどころか、リゼを逆恨みしてるんです」
「逆恨み?」
「僕にあんな行動をさせたのは、リゼの命令なのだろうと……」
現実を受け入れられないミカナは、エセロがわざと一人で逃げたことも、全てリゼが考えてやらせた行動で、エセロはそんな人間ではないと思い込んでしまったようだった。




