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2  従姉妹の婚約者

 次の日は、いつもよりも早く起きて、自分一人で身支度を整えて厨房に向かった。


 使用人達は昨日の私達の出来事を知らないからか、私が早起きしていることには驚いていたけれど、いつも通りの温かい笑顔で挨拶してくれた。

 昨日のお礼を伝えたあと、これからは今までより早めに学園に向かいたいから、朝食は馬車の中で食べたい旨を伝えると、今日の分も含めて軽食を用意すると言ってくれた。


 今まではミカナと一緒に学園に通っていたけれど、昨日のことを考えると、一緒に行く気にはなれない。


 馬車は家に一台しかないし、学園までは馬車で往復二十分程だから、ミカナの登校する時間までに馬車を返さなければいけなかった。


 元々、食事は部屋でしていたから、夕食に関しては今まで通りでいくつもりでいる。


 昨日の晩、猫達をどうにか捕獲して、私の部屋で飼うことが出来ないか考えた。


 猫達は伯父様達にとっては人質みたいなものだから、その心配がなくなれば、私も家から出ていける……と思ったけれど、やはり、私はまだ未成年なので家出するには厳しいと考えた。


 エセロのお家に住まわせてもらえないかしら、とあつかましいことも考えたけれど、すぐにそんな考えは頭の中から追いやった。


 嫁入り前の女性が婚約者の家に転がり込もうだなんて、自分から考えてはいけないわ。


 エセロのほうから言い出してくれるとありがたいけれど、難しそうでもある。


 エセロは私とは違うクラスで、ミカナと同じクラスのA組だから、私がいない間に、ミカナに嘘を吹き込まれる可能性があるので少し怖い。


 学園に着くと、まだ始業には早い時間だからか、生徒の姿はほとんど見えなかった。


 エセロがやって来るのを馬車の乗降場所で待っていると、彼の家の家紋が入った馬車が見え、私のすぐ近くで停まった。


 御者は私の顔を知っているから、気が付いて停めてくれたみたいだった。


「おはよう、リゼ」


 馬車から降りてきたエセロは金色の髪を揺らし、爽やかな笑顔を見せて挨拶してくれた。

 エセロはミカナが気に入ってしまうのも理解できるくらいに、整った顔立ちをしていて、甘いマスクで女性にとても人気がある。


 エメラルドグリーンの瞳はとても綺麗だし、中背ではあるけれど細身で、剣術も勉強も得意だから、余計に注目を浴びていた。


 人気者なのに、それを鼻にかけたりしないところが、私はとても好きだ。


「おはよう、エセロ。昨日はありがとう!」

「楽しかったし、君の誕生日を祝えて良かった。それより、どうかしたのか?」


 不思議そうにするエセロに「少し、時間はある?」と聞くと「もちろん」と頷いてくれた。


 学園内にある、朝から開いているカフェで、エセロに昨日の話を正直に全て話してみたけれど、エセロは信じてくれなかった。


「君の御父上や、ミカナ嬢がそんなことを言ったりするようには思えないんだけどな」

「エセロ、信じてほしいの。昨日、本当にあったことなのよ!」

「もちろん、君のことも信じてるんだけどさ」


 エセロは微笑んで頷く。


「本当のことだとすると、君を家に置いておくわけにはいかないね」

「あの家にいるのが怖いことは確かだわ。一応、18歳になるまでは大丈夫だと思うんだけど……」

「わかった。家に帰ったら、両親に相談してみるよ」

「ありがとう、エセロ!」

「気にしないで。それよりも、どうしてミカナ嬢は僕と婚約したいのかな?」


 エセロは紅茶を一口飲んでから首を傾げた。


 彼は自分がモテているという自覚はないし、ミカナが彼を好きだと伝えても信じていないようだった。


「たぶん、今日にでも理由がわかると思うわ」


 ミカナのことだから、今日から、エセロにアピールをするはず。


 でも、エセロには忠告しておいたし、彼がミカナにひっかかることはないはずだし、エセロのご両親だって警戒はしてくれるはずだと、そんな甘い考えでいた。


 でも、現実は思い通りには進まない。


 この時の私は出来る限りのことをやったつもりだった。


 ただ、伯父様やミカナのほうが社交界でも学園でも、私よりも信用されていた。


 エセロの両親は私の言うことを信じてくれず、信じてくれたのは子爵令嬢の友人と家の使用人くらいだった。


 でも、友人や使用人では、伯父様に意見は出来ない。


 噂はまわっていき、嘘をつく令嬢、恩知らずの令嬢として、学園内で私の居場所はどんどんなくなっていった。


 クラス内では地味ないじめが始まり、たった一人の友人も「リゼと一緒にいたらいじめられるから」と離れていった。


 それに関してはしょうがないと諦めた。


 友人は気の弱い子だったし、いじめに遭えば、学園にも来れなくなるでしょうから、巻き込むわけにはいかない。

 傷つくのは自分だけで良いと思った。


 そんなある日、クラス内でのいじめがピタリとなくなった。


 それは、ミカナの婚約者である、ノルテッド卿のおかげだった。


 以前、彼にもミカナの話をしたけれど、大して興味はなさそうだった。

 それでも、クラスメイトの私へのいじめに関しては不快感をあらわしてくれたのだ。


「それ以上くだらないことすると、俺が相手になるぞ」


 その一言で、いじめはおさまった。

 彼の家柄もそうだけれど、剣術も体術も彼はずば抜けて優れていたし、整った見た目や中身は野獣だという噂が、余計に彼を冷酷そうに見せたせいもあったのだと思う。


 それから数日後の昼休み、中庭のベンチでサンドイッチを食べながら本を読んでいると、二つの影が足元に見えたので顔を上げた。


 そこにいたのは、ノルテッド卿と、ノルテッド卿の友人であるテラン卿だった。


 後ろ髪と横髪が多少長めではあるけれど、漆黒の短髪に金色の瞳を持つノルテッド卿と、シルバーブロンドの長い髪を後ろに一つにまとめ、髪と同じ色の瞳を持つテラン卿は、二人共、整った顔立ちでスタイルも良いこともあり、女性達の間では色んな意味で人気だった。


 軽口を叩くテラン卿に対し、相手にしないノルテッド卿という二人のやり取りが、色々と女子生徒の想像をかき立てるのだそうだ。


「隣、いいか?」

「あ、ど、どうぞ」


 ノルテッド卿に尋ねられ、端によけようとすると、なぜか、ノルテッド卿とテラン卿は私を挟む形で座った。


 なぜ?

 

 そう口にする前にテラン卿が話しかけてくる。


「リゼちゃんさ、知ってるかな?」


 テラン卿は伯爵令息で、見た目も口調も軽いことで有名であり、彼はミカナやエセロと同じクラスだった。

 そんな彼に尋ねられて、私は首を傾げて聞き返す。


「何をでしょうか?」

「まどろっこしいのは好きじゃないから、はっきり言うけど、ソファロ卿、浮気してるよ」


 テラン卿の言葉に驚いて、私の手からサンドイッチがこぼれ落ちる。


 それをノルテッド卿がキャッチしてくれて私に返してくれた。


 お礼を言わなければいけないのに、テラン卿の言葉にショックを受けて、そこまで頭が回らない。


「浮気……してる?」

「うん。しかも、噂のミカナ嬢と」

「そんなの嘘……っ」


 立ち上がって叫んだ時だった。


「嘘じゃないわ」


 ミカナの声が聞こえて、ゆっくりと目を向けると、エセロの腕に自分の腕を絡めたミカナがいた。


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