15 叔父の来訪(ルカside)
リゼを探すために教室を出たルカ達の前に、青い顔をしたソワット伯爵令嬢が現れた。
「どうしたの? 顔色が悪いよ。医務室に行ったほうがいい」
イグルが促すと、ソワット伯爵令嬢は礼を言ったあと、ルカに顔を向ける。
「ワヨインワ侯爵令息がフローゼル伯爵令嬢、あの、リゼ様のほうです。リゼ様を中庭のほうに無理矢理連れて行かれましたわ」
「なんだって!? ルカ!」
「わかってるよ、教えてくれてありがとう。君から聞いたとは言わないから安心しろ」
ソワット伯爵令嬢にルカが声をかけると、彼女は青い顔のまま頷いた。
彼女にしてみれば、リゼへのいじめはただの暇つぶしに近く、危害を加えたいわけではなかった。
だから、連れ去られていくリゼを見て、罪悪感が襲ってきたのか、ルカに助けを求めたのだった。
そして、ルカも彼女から聞いたといえば、ワヨインワ侯爵令息が逆恨みする可能性があるとわかっていたので、彼女を安心させるために声をかけたのだ。
ルルはまだ無理だが、ルカは豹の姿にならなくても、聴覚、嗅覚に関しては、意識を集中させることで豹の姿の時と同様に感じることができる。
その為、ルカは聴覚を集中させて、リゼの声を探していると、イグルがいきなりルカの頭に自分の制服の上着を被せた。
「ルカ、落ち着けよ。耳が出てた」
「助かった、ありがとう」
幼い頃に、耳や尻尾が出ているところを人に見られてしまい、ルカがコスプレをしていると話題になってしまった。
そのことがあり、イグルは隠してあげたようだった。
「いいよ。それより、フローゼル家とワヨインワ家の繋がりはあっても、ミカナ嬢とワヨインワ卿の繋がりは知らなかったな」
「買収でもしたのかもな」
「え? ミカナ嬢が? 馬鹿なのに?」
「馬鹿だから馬鹿を買収するんだろ」
「ああ、そうか。でも、相手は侯爵令息だよ? お金いるかな?」
「金を自由に使わせてもらえてないって聞いた」
「そういう事か」
納得したようなイグルに、ルカは教えてもらった方向に向かって走りながら言う。
「リゼが俺達のことを忘れない理由がわかった」
「どういうことだよ?」
イグルが答えを急かすので、ルカは眉根を寄せて答える。
「リゼには俺達しか話す人がいない」
「えーっと、よくわかんないんだけど?」
「リゼには俺達の秘密を話せる人間がいないんだよ!」
ルカに強い口調で言われ、イグルはハッとなった。
「そういうことか。リゼちゃんが気軽に話せる相手って、僕しかいないよな」
「お前だけじゃねぇだろ」
「男だと、僕とジョシュ様くらいじゃないか?」
「いちいち、喧嘩売ってくるな」
「はいはい。それは冗談として、友人や家族がいたら、ついつい、ルカ達の秘密を話したくなるけど、リゼちゃんにはそんな相手がいない。いたとしても、ルカ達本人か、ルカ達の秘密を知っている僕だけってことか」
イグルの言葉に、ルカは頷く。
「無理矢理、話せと言う相手もいないからな」
「ルカ達が動物になれるって記憶は消されるもんね」
「俺達にかけられた守護魔法みたいなもんだろうな」
たとえ誰かに話さないとしても、ノルテッド家の脅威になるような考えを持つ者の場合でも記憶が消されるようだと考えられているため、ルカがそう呟いた時だった。
「おい、ルカ! こっちだ!」
1階の渡り廊下から外へ出たルカ達の前に現れたのは、短毛で普通のウサギよりも大きく、まるまると太った黒いウサギだった。
中庭の小道にちょこんとおすわりした状態で、つぶらな赤い瞳をこちらに向けている。
「叔父上!?」
ルカとイグルが驚いて叫ぶと、ウサギはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ルカ達に近寄ってくる。
「叔父上が、どうしてこんなところに!?」
「いや、君のお父上と入れ替わりに、こちらの様子を見に来たつもりだったんだが、お父上はまだ別邸にいてね。リゼ嬢のことで色々とあったのと、学園に提出しないといけない書類があるというから、私がお使いに来たわけだ」
ルカの叔父の黒ウサギは立ち上がって、小さな手をひょこひょこと動かして続ける。
「大柄な生徒に担がれて連れて行かれている女の子がいたから、先生を呼びに行こうかと思ったら、その子からルカの匂いがするし、慌てて後を追ったんだ。その子は男からは解放されたけれど、ガゼボの中で違う男性と女性に絡まれていたんだ。助けようと思って、そこへ行こうにもゴリラみたいな大男が邪魔してきてさ」
そこで黒ウサギは一度話すのをやめて、顔を何度も横に振ってから口を開く。
「ほら、僕は辺境伯家の血筋ではあるけど、今となっては平民みたいなもんだし舐められていてね。それに、体型が小柄だろう。人間の姿でも放り投げられちゃって。ほんと面目ない。だけど、弓矢があれば、あのゴリラ、一発で遠距離から仕留められるんだけどなぁ」
「叔父上、相手、ゴリラじゃねぇから。侯爵令息ですよ」
「そうだったな。人間だった。殺しちゃまずい。む、ゴリラも殺しては駄目だな」
叔父はこくこくと可愛らしい顔を縦に振った。
すると、イグルがルカに言う。
「ルカの匂いってどういうこと!? ルカ、もしかして君、とうとう、リゼちゃんに手を出しっ! あいたたた!! 嘘だよ! ごめんっ! ちょ、髪の毛引っ張んのやめて、地味に痛いから!!」
「朝に、リゼに触れることがあったんだよ! とにかく、叔父上、リゼはどこに?」
「ああ、あれが噂のリゼ嬢なんだな。よし、行くぞ!」
ルカの叔父はひくひくと鼻を動かしてから、リゼがいると思われる方向に向かって走り出す。
神経を集中させてリゼの声を拾うと、彼女は「え?」「ちょ?」「!?」という困惑の声しか聞こえないので、今すぐに危険というわけではなさそうだった。
ガゼボに入る道の前に、ワヨインワ侯爵令息が腕を組んで立ちはだかっているのが見えたところで、ルカ達は立ち止まる。
「気を引いておいてくれ」
「了解」
ルカに言われたイグルは大きく頷いて、1人でワヨインワ侯爵令息の元へ近付いていき、彼に笑顔で話しかける。
「そこを通らせてくれませんか」
「駄目だ。諦めろ」
ワヨインワ侯爵令息とイグルが話をしている間に、低木の後ろに隠れたルカは、聴覚と嗅覚を使って、近くに関係者以外の人間がいないことを確認してから、黒豹姿に変身した。
元の姿で行っても、ミカナが動揺しないと思ったからだ。
ノルテッド家にかけられた魔法は彼らに都合よく出来ているため、変身したからといって、服がその場に残るわけでも、人間に戻った時に裸になるわけでもない。
だから、魔法なのだとノルテッド家の人間は考えている。
「よし行け、ルカ! 援護するぞ!」
「叔父上、ありがたいですが、なぜウサギの姿に変わったままなんですか」
「小太りのおじさんの姿よりも、女子ウケするかと」
「叔父上は丸くて可愛いってよく言われてるじゃないですか」
「褒め言葉なのかなぁ」
ルカとルカの叔父であるラビはゆっくりと、ガゼボに近づき、中を確認する。
そこには、リゼが呆れた顔をして立っているのが見えた。
彼女の視線の先にはミカナとエセロがいて、ミカナがエセロに迫っていた。
「エセロ! ちゃんと、リゼの前で私への愛を見せてよ! 好きならキスくらいできるでしょう!」
「人前でなんか無理だよ!」
「誓いのキスは人前でするじゃないの!」
「何の話してんだ」
二人の会話を聞いたルカは、ぼそりと呟いた。




