13 リゼの変化
ルカ様の手を借りて馬車から降りる。
好奇の目でこちらを見てくる人は多くいるけれど、少し見たくらいでは私とはわかってもらえていないようだった。
私達が揃って歩きだすと、不躾な視線を投げてきたあとは小さな声で話を始める。
「私だと認識はしてもらえてますよね」
「と思うけど、今までのリゼは身を縮こまらせてたからな。信じられないっていう思いのほうが強いんだろ」
「その頃の私はルカ様と話をしていないんですが、そんな風に見えてたんですか?」
「自信なさげな感じだった。友人だった奴も大人しそうな奴だよな」
私と仲良くしてくれていた子は、今は、私をいじめていた子のグループにいる。
大丈夫かなとも思うけど上手くやれているのなら、それで良い。
「でも、私は変わるので!」
気持ちが下を向いてしまい俯いたあと、すぐに顔を上げて言うと、ルカ様が頷く。
「そうだな、それでいい」
ルカ様と話しながら教室に向かっていると、廊下でエセロが誰かと話をしているのが見えた。
エセロと話をしているのはミカナで、2人は何やら言い争いをしているみたいだった。
「デートの場所はもっと良いところにしてよ! 前みたいなところは嫌よ! わたしに恥をかかせたいの!?」
「そんなつもりはないよ……。ただ、僕の家は今、財政的に厳しいんだ。だから、値段の高いレストランには連れて行ってあげられないし、プレゼントも贈れない」
「どういうこと? というか、レストランなら、あなたの家が経営しているところでいいじゃない!」
「だから、言っただろう? 僕が君を選んだから、そのせいで僕の家の信用がなくなったんだよ。従業員だってそれを知ってるんだよ」
「そんなのおかしいじゃない! わたしという良い婚約者を選んだのに、どうして、そんなことになるの!?」
そこまで言ったところで、ミカナが私達の存在に気が付いた。
「何をジロジロ……って、ノルテッド辺境伯令息!?」
ミカナはルカ様を見て焦った顔になったあと、私を見て不思議そうにする。
「え、もしかして……」
「リゼなのか?」
ミカナが何か言う前に、エセロが唖然とした表情で私を見つめて言った。
「そうだけど、何か?」
「いや、その、見違えたよ。雰囲気が全然違うし、その、すごく可愛いよ」
「ありがとう。でも、ミカナのほうが可愛いわ。大事にしてあげてね」
微笑んでから、隣で仏頂面をしているルカ様を促す。
「行きましょう、ルカ様」
「そうだな」
ミカナ達の横を通らなければ、奥にある私達のクラスには行けないのでしょうがない。
すると、エセロが私の腕をつかもうとした。
「リゼ!」
「必要以上にリゼに話しかけるな。つーか、触れんな」
ルカ様がエセロと私の間に割って入った。
すると、エセロがルカ様に尋ねる。
「婚約者って噂、本当なんですか」
「さあな。少なくとも、リゼはノルテッド家の別邸に住んでるが」
「ルカ様、行きましょう」
相手にしなくても良いと思って促したけれど、今度はミカナが私に話しかけてくる。
「あんた、何、調子に乗ってんの? 大体、人の家に転がり込んで、そんな格好までさせてもらって、厚かましいにも程があるわ!」
「厚かましいという自覚はあるわ。だけど、それを気にされることを嫌がるのがルカ様達なの」
ミカナは私に言い返されると思っていなかったのか、表情を歪めて言う。
「普通は何もかもを断って出ていくべきよ!」
「フローゼル家の領地は、夜には治安が特に悪くなって、強盗、強姦、殺人があるような地域だってわかってるでしょう! 私は生きるための選択をしただけ! 運良くトラブルに巻き込まれなくても野垂れ死ぬしかないじゃない!」
「野垂れ死ねばいいじゃない! それとも身売りすれば? ああ、でも、前の外見なら誰も買ってくれないわね。お店だって雇ってくれなさそう。そうよ。大人しくお兄様の女になってれば良かったのに」
「ミカナ、私はまだ未成年なの。だから、それは法律違反よ。雇うほうも買うほうもね。ノルテッド家の好意に甘えてるのはわかってるわ。だから、自分なりに出来ることはするつもりよ」
私が言い切ったところで、ルカ様が私の肩に手を触れる。
「行くぞ、リゼ」
「は、はい!」
ルカ様が私の背中に手を当てて早足になったので、私も大股で歩く。
「リゼ!」
「話しかけんなって言ってるだろ」
エセロの呼びかけに対しルカ様は足を止めず、顔だけ後ろに向けて私の代わりに言葉を返した。
ルカ様の言葉なんておかまいなしに、エセロは口を開く。
「リゼ、本当に見違えたよ。近いうちに話す時間をくれないかな」
「ちょっとエセロ!?」
「話すことなんてないわ」
エセロに詰め寄るミカナと焦って彼女に対応する彼を見て、私はそう答えると歩みを進める。
これ以上、余裕なんてなかった。
ここまでミカナに言われたことは初めてだったし、こんな風に言い返したことも初めてで、体が震えていた。
それに気付かれない内に立ち去りたかった。
「頑張ったな」
崩れ落ちそうなことに気付いてくれたのか、ルカ様が背中を支えてくれたまま、そう言ってくれた時だった。
「お疲れ、リゼちゃん、褒めてあげるから僕の胸に飛び込んでおいっ」
いきなり背後からイグル様の声が聞こえたと思ったら、バンッという音と共に、声が聞こえなくなった。
ルカ様が私の背中から手をはなして、左手で持っていた彼の鞄を右手に持ち替えて、イグル様の顔面を鞄で殴ったみたいだった。
「痛い、痛いよ、ルカ!」
「痛くするようにしたんだ。加減してやったんだから感謝しろ」
「なに、その暴君みたいな発言!」
鼻をおさえながら、イグル様が私に微笑む。
「教室の中で聞いてたよ。よく頑張ったね、リゼちゃん」
「あ、ありがとうございます」
「というか、リゼちゃん、本当に可愛くなったね! 昨日までのリゼちゃんが可愛くないわけじゃないけど、今のリゼちゃん、もっと素敵になったと思う」
「ありがとうございます!」
お礼を言ってから、ついつい吹き出してしまう。
どうしてかというと、ルカ様が今朝のルル様の発言を思い出したみたいで、イグル様を睨みつけていたから。
「リゼちゃん、なんで笑うんだよ。な、何だよ、ルカ。親の仇でも見るような目をして」
「人の妹に何をふきこんだ」
「え? ルルちゃんに? 可愛いね、とかそういうことは言ってたけど?」
「お前、昼休み、ちょっと裏まで来い」
「なに!? 告白!? 悪いけど、ルカ。僕はルカのことをそんなふうに見れない」
「ふざけんな」
ルカ様は呆れたように言ってから、笑っている私に目を向けて怒りをおさめる。
「イグルも役に立つことはあるんだな」
「感謝してもいいよ、ルカ」
「うるさい」
二人が仲良く喧嘩しているのを見て、和みながら思った。
そういえば、お二人は、どうしてこの学園に通っておられるのかしら?
フローゼル家の事と関係しているの?




