4話 一寸先は光
浅海さんと距離を縮めることができた日の夜。
私はゴリラのような鼻歌を歌いながら上機嫌でお風呂に入っていた。右手にスマホを握ったままの入浴だが、防水加工済みのスマホなので心配はご無用だ。
お風呂の中だというのにスマホを持ち込んで何をしているのか疑問に感じる人もいることだろう。隠す必要もないので打ち明けるが、実は浅海さんとメッセージ交換をしている。彼女から初めてのメッセージがやってきたのは講義終了直後のことだった。
『今日はありがとう。これからよろしく!』
ただの定型文だが、誰かからメッセージが来たことがとても嬉しかった。私は間をおかずに『よろしくお願いします』のスタンプを送った。そこから会話のリレーを続けることができれば良かったのだが、何を送るべきか分からずスタンプを送信するにとどまった。こういった部分が私の陰キャたる所以だろう。
待機すること約五分、既読がついた。こちらからはスタンプを送信しただけなので、おそらく既読無視をされるかスタンプで済まされるかの二択だろう。いずれにせよ、会話はここで終わる。そう思っていたら、
『可愛いスタンプだね! 何のスタンプ?』
なんと、私のスタンプに食いついてきた。これが陽キャというやつか。どんな些細なことからも会話に繋げることができるすごい人種だ。おっと、感心している場合ではない。
『どっかの県のゆるキャラのスタンプです。キモ可愛くて気に入ってるんです』
どこの都道府県のゆるキャラかは忘れた。見た目はキモいけど愛くるしい仕草で密かに人気を集めているキャラだ。テレビなどでも取り上げられたことがある。
『確かにキモ可愛いね。ジワるんだけど』
どうやら浅海さんのツボに入ったらしく、『私も買ってみようかな笑』と送られてきた。
こういう場合、どういう反応をするのが正解なのかわからない。やはり、『YOU、買っちゃいなよ!』などと賛同するのが良いんだろうか。どこかの誰かから否定から入るのはよくないと聞いたことがあるので、ここは賛同しておこう。
『オススメなので買ってみてください!』
『うん。買ってみるねー』
『はい!』
この返信を最後に会話が途切れて現在に至る。未読となっているので、何か用事などでメッセージを確認できていないと思われる。彼女も私と同じくお風呂に入ってるのかもしれない。さてと、今のうちに身体でも洗うとしよう。
「うわぁ」
思わず声が出てしまった。久しぶりに自分の身体をマジマジと見たけどダラしない身体だ。高校の時はバレーボール部に所属していたから引き締まっていたけど、大学生となり運動しなくなった今は見る影もない。
特に脇腹が気になる。脂肪が全て脇腹に溜まっているのかもしれない。一部分でもいいから胸にいってくれれば良かったのに。仕方がない、明日から筋トレを始めよう。
ピロンッ!
覚悟を決めたタイミングでスマホの通知音が鳴った。身体の泡を流し終えてから画面を覗き込む。浅海さんからのメッセージだ。
『ねぇ、週末のライブどんな服で行く?』
ライブの服装、いわゆる参戦服というやつだ。私はいつも露出を抑えた地味な服装でライブに参戦している。週末のライブも普段通り地味な格好で行くつもりだ。
私の服は面白みがないからどうでもいいとして、浅海さんの服装が気になる。この際だから聞いておこう。
『浅海さんはどんな服装で行くつもりですか?』
『私はねー、これ!』
送られてきた写真には、花びら模様が特徴的なピンクのスカートを履いた可憐な美女の姿が写っていた。私服姿の浅海さんの破壊力がヤバすぎる。冗談抜きで可愛すぎるんだが。地上に舞い降りた女神ですかと言いたくなるくらい可愛い。まさに国宝級だ。
『可愛すぎます!』
『ありがとう笑。深雪ちゃんはどんな格好で行く?』
『私はいつもの格好で行きます。恥ずかしいので写真は送りません』
『わかった! 当日楽しみにしてるねー笑』
私の服装なんて楽しみにするほどのものではないから期待しないでもらえると助かる。彼女になんて返信するべきだろうか。『恥ずかしいので、やめてください』。これだと少し冷たい感じがするな。『楽しみにしていてください』。これは逆にハードルを上げることになるよね。うーん、日本語って難しい言語だ。
私はメモに下書きを書いては消してを繰り返した。常日頃から相手に送信する前に文章を何度も読み返して添削、推敲してしまう。迷わずに早く送れよと思う方もいるかもしれない。おっしゃるとおりだ。
他方で私と同じ陰キャの方なら共感してくれるだろう。原因はわからないが、不安に駆られるのだ。自分の書いた文章を何度も見返さないと気持ちが落ち着かなくなる。とはいうものの、いつまでも返事を待たせるわけにはいかないので、そろそろ決断しなければならない。もういっそのこと敢えてのスタンプだけでもいい気がしてきた。
などと考えを巡らせていると、向こうからメッセージがきた。
『今日は眠いからもう寝るね笑。おやすみ!』
まだ夜の九時だというのに就寝とは健康優良児すぎる。しかし、おかげで助かった。私は『おやすみなさい』のスタンプを送った。直後、彼女から返信が返ってくる。
『また明日ね!』
また明日という文字を見て頬が緩む。心のどこかで、これは都合のいい夢ではないかという不安があった。でも良かった。これは夢じゃないんだ。また明日も自分と会ってくれるのか。この事実がたまらなく嬉しい。
『また明日! よろしくお願いします』
私は今日という記念すべき日『浅海さんと仲良くなれた日』を噛みしめるようにして床に就くのだった。