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隣の芝生は青く見える  作者: 松田 由香
2/11

2話 昨日の敵は今日も敵

 やってしまった。まさかこんな事になるなんて。細心の注意を払うべきだったのに、私はなんて愚かなのだろう。何も考えずにのほほんと生きているからこうなるのだ。


 何がって?


 大学の講義中、私の愛用しているシャープペンシルが前に座っているギャル二人組の足元に転がってしまったのだ。必死に腕を伸ばしてみたが届かない。色々な作戦を試みたが絶妙な場所に落ちているため全て失敗に終わった。今現在打つ手なしの詰んでいる状況にある。何か手はないものか。


 え? それなら素直に落ちているシャーペンを拾ってもらえばいいじゃないかって?


 ば、ば、ば、馬鹿なことを言わないでほしい。そんな事ができたら苦労しない。陰キャにとって、知らない人に話しかけるというのはハードルが高すぎる。相手が怖そうなギャルなら尚更無理だ。

 

 はて、どうしたものか。講義が終わるのをじっと待つのが無難かもしれない。きっと講義が終われば彼女達は足早に教室を後にするだろう。彼女らが去った後に拾えばいい。


 だが、この講義において講義中にシャーペンがないのは死活問題だ。なぜなら板書をノートにまとめて、テスト前に復習する形式だからだ。仮に友人がいれば後で写してもらうこともできるが、周知のとおり友達などいるわけがないので一人の力でどうにかするしかない。

 そうなると、今すぐシャーペンが必要だ。こうなったら声をかけるしかない。落ち着け、私はやればできる子だ。これまでだって数多の修羅場を潜り抜けてきたではないか。例え相手がギャルでも動じないぞ。大きく息を吸って、吐いて、

 

「すみません! シャーペン拾ってもらっていいですか?」


 よし、問題なく言えた。今日の私はすごい。頑張って勇気を振り絞ってよかった。達成感が胸いっぱいに広がっていく。後は彼女たちにシャーペンを拾ってもらうのを待つだけだ。

 ところが、どれだけ待っても一向に拾ってくれる気配がない。嫌がらせのつもりだろうか。それとも先ほどの発言が彼女たちの耳に届いていなかった可能性もある。いやいや、まさかそんなはずがないよね。


 そのまさかだった。


 数分間様子を窺ったが、何事もなかったかのように動きを見せない。どうやら私の声が小さすぎて伝わっていなかったみたいだ。その証拠に彼女たちは私のことなど気にも留めないで談笑をしている。


 こうなったら、もう一度お願いするしかない。既にメンタルがやられて緊張で吐きそうだけど、我慢だ。再度大きく息を吸って、


「ねぇ、そこに落ちているシャーペン取ってもらっていいかな?」


 朗らかな声が響き渡った。ギャル二人組はピタリと静止して足元に転がっているシャーペンに視線を向ける。そして、シャーペンを拾い上げて私、ではなく声の主に手渡した。

 もうお気づきだろうが、私が声をかけたわけではない。私より先にある人物がギャル二人組にお願いをしてくれた。その人物とは、


「はい、これ。困ってたみたいだから」


 綺麗な掌の上に私の消しゴムが乗っかっている。顔を見上げると綺麗な手に違わず、とてつもない美人の姿があった。


 浅海あさみ暖乃はるのだ。今日もいつもと変わらず透明感が半端ない。なぜそんなにも肌がツルツルなんだろうか。なぜそんなにも瞼がぱっちりしているのだろうか。

 それはひとまず置いといて、助けてもらったのだからまずはお礼をしないと。私は深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとうございます」


「いやいや、いいよ。全然、大したことじゃないから」


 浅海あさみ暖乃はるのは照れくさそうに手をブンブン振った。少し頬が赤くなっている。


「困ったときはお互い様だから! それじゃあ、授業中だし席に戻るね」


 そう言うと彼女は早歩きで静かに元いた席に戻っていく。どうやら私の三列後ろの席に座っていたみたいだ。別段近いわけではないのに私が困っている事によく気づいたものだ。

 

浅海あさみさんに話しかけられたんだけど、ヤバくない?」


「生あさみん可愛すぎでしょ!」

 

 前のギャル二人組はすっかり浅海あさみ暖乃はるのの話題で持ちきりだった。話しかけられたことがよほど嬉しかったのだろう。気持ちは理解できなくもない。

 それにしても本当に優しい子だ。講義中なのに私の消しゴムを拾う手助けをしてくれるなんて。やはり完璧すぎて好きになれそうにないが、かといって嫌いというほどではないのかもしれない。


浅海あさみさんって完璧すぎね? マジ憧れるわー。努力したらあんな風になれるかな?」


「お前じゃ無理っしょ。あれは天性の物だって!」


「だよねー。アハハハッ!」


 唾が飛んできそうなくらいの高笑い。講義中なので少しは声のボリュームを下げていただきたい。あまりにも声が大きすぎて講義の内容が入ってこないので、注意をするべきだろう。問題はどうやって注意すべきか葛藤していると、

 

「まぁでもウチらも恵まれてるほうっしょ。ほら……後ろの子とかと比べるとね」


 おいおいおいおい。一瞬、耳を疑ったぞ。


 前二人組のギャルさん、それ私の事ですよね。後ろの子って私以外いないし。当人の前で失礼すぎるでしょ。デリカシーという言葉をドブに捨てて生きてきたのか。


 私だってこんな顔になりたかったわけではない。


 ゲームならば決められた選択肢の中から容姿を選択できるけれども、現実は違う。予め神様によって決められているのだ。別にそれが一概に悪いと断言するつもりはない。大きな個人差がなければ、許容できる。


 ところがどっこい、現実は非情なり。遺伝によってルックスには大きな差が生まれてしまう。遺伝という運要素が顔パーツ確定の大きなウェイトを占めていると言っていい。よってこの顔に生まれたのも遺伝によるものだ。


 クソッ、憂鬱な気分になってきた。前の奴らに馬鹿にされて、こんな惨めな気持ちにさせられるのは全部、浅海あさみ暖乃はるののせいだ。先刻、嫌いというほどではないかもしれない、と言ったが訂正しておこう。

 

 大ッッッッッッ嫌いだ。あんな女を好きになるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。

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