第6番 夢でまた逢えたなら
目を覚ませば目の前にはいつものように記録係の女官が固い顔で立っています。
「今日は何かございましたか?」
その言葉に先ほどの神子様の事を思い出しましたがゆっくりと首を横に振りました。なんとなく言ってはいけない気がしたのです。その様子に記録係様はいつも通りなにも言わずに無表情のままです。
私はすぐに手が届く場所に置いていた薄い石板に文字を書いて記録係の女官様にお見せします。
[申し訳御座いませんがお水をいただいても良いでしょうか?喉が渇いてしまいました。]
その文字に小さくため息をついた記録係様は部屋を後にしました。
ようやく1人になれて今度は私が息を吐きました。
神子の役目の一つに夢見というものがあります。神子は夢で神様からのお告げを貰うことが多いため、私の寝所にはすぐに夢見の内容を記録できるように記録係のものが待機しているのです。
ですがそうなるとやはり寝づらいものなので私は一晩で何度も目を覚ましてしまいます。目を開けると必ず記録係の女官様と目が合います。それが私は苦しいのです。
「どうぞ。」
静かに戻ってきた女官の手にあるコップをもらい頭を下げます。冷たい水は心地よく私の喉を通っていきます。
ほぉ、と小さく息を吐いてコップを女官に渡します。小さく御礼を兼ねて頭を下げましたがそれに対して女官はやはり無言です。
いいのです、毎日のことなので私はもう慣れてしまったのです。
小さくあくびをして私はもう一度寝る体制に戻します。まだ世界は夜のはず。瞼を閉じますが胸が少し動いていることに気がつきました。先ほどの小さな緑の瞳が忘れられません。もう一度眠ることができたなら…あの方とまた、お喋りできるでしょうか?
そんな人魚の願いとは裏腹に夢のない暗闇に小さなお魚さんは落ちていきました。
うーん、正直なこと言っても良い?暇。
サーシャちゃんが夢の中で神子と会ったって言ってからマイくんは凄いご機嫌になってちょっと怖かった。何を考えてたのかよくわかんないけどね。それを伝えたサーシャちゃんはまたすぐに寝ちゃうし、マイくんは犬くんとキツネさんとなんか会議してるし…
私?私も会議に入ろうとしたよ?
…難しいことはわかんないからね、難しいことはマイくん担当だし。うんうん。
と言うわけで私は横でずっとゴロゴロゴロゴロ。なんか物壊しちゃいそうで触りたくないし、かと言ってお話しは分かんないし。
唸りながら部屋の中を転げ回ってた結果。
「邪魔だ。」
って言って部屋から追い出されました。
何もわからないこんな場所に追い出すなんて酷いよねぇ。
仕方ないから建物の中をのんびり歩く。私たちの部屋は建物の中でもかなり奥の方にあったから出口が分かんない。とにかく人の気配が多そうな場所を目指してひたすらに歩いてみる。耳を澄ませて人の気配を…
「…聞いた?あそこの部屋にニンゲンが来ててさ〜…」
「聞きましたー、何でそんなニンゲンたちの面倒を俺たちが見るんですか?もっと皇国御用達の良い宿屋ありますよね。」
「あらあんた知らないの?なんかあのニンゲン達内密だけどかなりの要人らしいわよ。ニンゲンがどんな顔してここに来てんのって話よね。」
「要人ですか?どこまで本当なんですかね。ていうか最近また行方不明が増えたんでしょう?その要人とか嘘言ってそいつらが…」
あー〜…聞きたくない話が聞こえてしまったぁ…私たち本当に歓迎されてないんだなぁ。
ずっと手のひらで転がしていた石ころを見る。
『ねぇちゃんを返して…返してよ!』
あの小さな男の子の声が耳から離れない。はぁ、ちょっと悲しくなってきちゃった。人間ってここじゃ本当に歓迎されてないんだなぁ… 俯くと耳飾りがリーンと薄く鳴った。
奴隷の子達もキュルカさんが話しかけてくれてから何人かは話してくれるようになったけどやっぱどこかヨソヨソしかったもんな。それに、最後まで恐ろしいものを見る目で見てくる人…居たもんなぁ…
あ、ちょっと帰りたくなってきたかも。そしてできればロゼちゃんに慰めてほしい。
ぼんやり歩いてたらさっき会話してた従業員っぽい男女に出会ってしまった。ビクッと身体を硬らせてペコっと頭を下げてから走って逃げた。あ、ごめん、出会う気はなかったんだよ?気まずくさせてしまったかな。
でも出口にだいぶ近かったみたいで廊下を曲がるとようやく玄関にたどり着くことができた。
外はもうだいぶ暗いけど散歩でもしようっと。迷子になってもマイくんなら見つけてくれると思うし。それに夜ご飯も残しておいてくれるはず。…多分。
まぁいっか。大きな建物だけあるからか少し町外れっぽいしちょっと走ろっと。
にしてもこの国本当に水ばかりだよね。
道を選んで走るけどどこも水路で行き止まりになったりしてちょっと困る。行き当たりばったりで進みまくってるのでもう自力じゃ宿に帰れないなコレ。
昼間と違って少し暗くなっただけでどこにも人がいない。暗くなったら出歩かないのかな?昼間は家の出入り口は布で仕切られてたけど取り外しの扉があるのか今はどこも扉が閉じてる。建物の中からは声がするけど人が全然いないのちょっと怖いかも。
ちょっと心細かったので人の気配を探してたら逆に町外れに来てしまった。木とかがいっぱい生えてて明らかに道じゃないねここ。んー、にしてもこの国の植物ってなんか独特なんだよねぇ。木みたいなのはあるんだけど葉がぷっくり肉厚。多肉植物みたいな感じかも。…葉っぱ焼いたらなんか美味しそうかも。
お腹が空いてきてしまったのでどうにか宿に戻ろうかと踵を返そうとしたら小さな高い悲鳴みたいな声と男の野太い怒号が聞こえた。何だか私ってこんなのばっかな気がするなぁ。あさひは声の元に踵を返して急いだ。
「あのぉ、一応聞くけど、このおじさんって殴っても大丈夫なやつ?」
辿り着いたのは崖。下の海まで遠いしこんなところ来てどうするんだろうって思ったけどなんか魔法使おうとしてた形跡があるし何かするつもりだったんだろうね。よくわかんないけど。
端っこで固まって震えてる5、6人の人魚さんに聞いてみる。もう殴った後なので意味ない質問だけどユエの時のことがあるので一応ね。
一番年上そうな20前後くらいの人魚のお姉さんが必死に首を縦に振ったので肯定とみなして一回殴ったおじさんをさらに殴ってそこらに捨てておく。このおじさんは人間だ。この大陸に来て初めて人間を見たなぁ。でもこの状況と雰囲気。うん、人攫いだね。多いとは聞いていたけどまさか自分がその場面に出くわすとは思ってなかったや。
「大丈夫?」
あまりにも震えて動かないので心配になって手を伸ばす。
「ヒィっ」
手を伸ばした先の子から絞り出すような悲鳴が聞こえた。思わず手を引っ込める。そうだよね、この子たちからしたらそこに転がってるおじさんと私、おんなじ種族だ。どんなに違うって言っても多分伝わらない。
でも両手足を縛ってるロープをどうにかしないと動くことすらままならないのは明白だ。どうしよっかなって悩んでるとさっきの一番年上そうなお姉さんがこちらを見てる。お姉さんは猿轡をしてるから喋れないみたいだけど何を言いたいのかは分かった。とりあえずそのお姉さんの手足の紐を引きちぎった。私が触る瞬間にギュッと強く目を瞑ったのが何とも言えない気持ちになる。
手足が自由になったお姉さんに私のナイフを渡して他の子たちを自由にして貰うように頼んだ。そのナイフを出した時もビクッとされたけどちゃんとお礼を言ってナイフを受け取ったくれた。お姉さんが他の人魚さんを自由にしていくのを少し離れたところからぼーっと見ることしかできない。こんな気持ちになるのは初めてでよくわからない。悲しい…かわいそう?ともちょっと違う。複雑でごちゃごちゃする。
全員のロープを切り終えたお姉さんはゆっくりと私に近づいてナイフを差し出してきてくれた。どうすれば怖がらせずにできるか分からなくてとにかくできる限りの笑顔でナイフを受け取った。また小さく悲鳴が聞こえたので失敗だったかもしれない。
「あの、自分達で帰れますか?」
このまま家に送るのが正解だと思うんだけど何せ怖がってるからなぁ。小さい子もいるけどお姉さんがいるし14くらいの男の子もいるから大丈夫だよね。一応気が付かれない距離から見守る気はあるけど流石に近くにいる気にはなれなかった。幸いみんな大した怪我もなさそうでお姉さんは大丈夫って言った。なら任せちゃおう。じゃっ、ってその場から離れようとしたらお姉さんが呼び止めてきた。ん?どうしたの?
「あ、ありがとう、ございます。」
ぎこちなかったけどお姉さんは右手を後頭部に、左手を胸に当てて深く頭を下げる礼、ここに来た時に案内してくれたマッチョおじいちゃんがやった礼と同じ行動をしてくれた。私はそれにひらひらと手を振って返す。良かった、余計なことはしなかったみたい。少し胸のもやが晴れた気がした。
自分の右頬スレスレに何か鋭いものが通った。何が起きたのか少しの間頭が回らなかった。
「そのまま動くな!少しでも動けば撃つ!」
いや、もう何かを撃ったよね⁈とは思ったけどそのまま固まる。ぼんやりしてたせいで周りを何人かの人に囲まれている事に気が付かなかった。いや、気配はしてたんだけどボンヤリしすぎて何っにも考えてなかった。私おバカかも。
さっき捕まってた子達の反対側に立つ青年。私を支点に捕まってた子たちと青年で二等辺三角形みたいな立ち位置になってる。…んー、あれなんだろう。人魚の青年は黒い筒状の何かをこっちに構えてる。まぁ状況からして銃みたいなものなんだろうね。20前半くらいかな。頭にパイロットが被るみたいな耳当てのついた帽子を被ってる。ピチッとした服の上からダボついた上着。ちょっと邪魔そう。
「俺が仲間を呼んでる間に…同胞に何をした!!」
いや見たらわかるよね⁈助けてましたけど⁈
お姉さんもちょっと状況に困惑してるのが見てとれる。そのままどうにか誤解を解いてはくれないだろうか…
説明しようと口を開こうとしたら「動くなと言ってるだろ!」って言われた。どうしろと⁈
無意識に頭を右に避ける。自分の頭がさっきまであった場所に鋭い何かが通る。
真後ろから今、完全に頭を狙って撃たれた。青年も何が起きたのかわからないのか今度は動くなとは言われなかったけど小さく声にならない息は漏らした。頭を狙って来た方を見ると青年と似た格好をしているオジ様系の人が青年と同じ筒状の何かをこちらに向けてる。その左目は潰れててそこだけ肌の色が違った。昔に何か怪我をしたのかもしれない。
「り、リーダー…」
あ、この人リーダーなんだね。まぁ雰囲気から偉そうではあるんだけど。歴戦の戦士感が漂ってるもん。私に向ける殺意とかね。
うわっ、また頭を狙って撃たれた。3連続だったので飛び跳ねて避ける。ちょっと無言でバカスカ撃たないで欲しいな。
「リーダー!!!!」
もはや銃を構えるのをやめた青年が叫ぶように呼ぶけど全然反応がない。むしろ草木の隙間からもいくつかの攻撃が飛んできた。あからさまな殺意をいくつも向けられてここに居ることのヤバさを感じる。
「ちょっ!?」
「キャァッ!」
慌てて腕を伸ばしてギリギリ間に合った。私を狙った弾丸の一つが後ろで控えてたお姉さんに当たる寸前でなんとか押し退けられた。私の右腕に当たってかなり痛かったけど目に見える怪我にはなってない。ていうかコレ弾丸じゃ無くて水の塊だ。猫ちゃんが使ってた銃と似たような物なのかもしれない。あ、押しのけた女性も地面に転んだけど無事そうだ。よかった。うん、痛いなこれ。凄い腕がビリビリするし、私痛いの慣れてないから結構涙目なんだけど。
「チッ」
ちょっと、同胞を傷つけかけて何で舌打ちしてるわけ⁈
「…今、仲間を撃つところだったんだよ?」
私の問いかけにリーダーさんは無言で再度銃を構えただけだった。喋る気はないわけね。
「あっ…」
私の後ろにいる子供の1人が小さく呟いた声を聞いて後ろを振り返ると気絶させてたはずの人攫いのおじさんが崖に飛び降りるところだった。
「ちょっ!」
こっちのことはお構い無しで這うようにおじさんは躊躇なく崖から飛び降りた。慌てて崖から下を見下ろすと真っ暗な海の上に船みたいなのが見えた。目を凝らそうとさらに顔を出すと背中に何かが当たる。あぁ、さっきの銃か。背中に思いっきり当たると腕よりも結構痛いね。
落ちながら崖の方を見るとスローモーションのように世界が見えた。
慌てて手を伸ばす仕草をする青年。顔を両手で覆っているお姉さん。お姉さんの後ろで目を丸くして抱き合う子供たち。構えていた銃を下ろしながらそれでも無表情なリーダー。草木の狭間から顔を出す他の仲間らしき人たち。
あーあー、夜ご飯食べ損ねちゃうかも。お魚三昧楽しみにしてたんだけどなぁ。
妙に冷静になりながら私は夜の海に落ちていった。
自問自答コーナー、いぇーーい
Q,マイラスさんはリスタールにいた時にアサヒに大金を渡してましたがお金はどうやって手に入れてたのですか?
とのことですよマイラスさん。…盗んだ?
A,殴るぞテメェ。女が色んな素材取ってくるんだから換金すりゃ済む話だろーが。まぁ元々洞窟にいくらか置いておいた分があるからな。どんだけあるかは分かんねーけど…ま、金に困る事はねーだろな。
とのことです。はい。…なんだか悪いことに手を染めてそうな雰囲気がございますね〜。




