5 丸2日くらい寝てたかと思った…
『次で……ち。さすれば……は、あと…つ。
見て…ぞ、….…っているぞ、
…の神……申し子よ。』
びくりと体が震えて目が覚めた。
少し荒れた呼吸を正す。一瞬ここがどこか分からなかった。辺りを見回すとオレンジの光がゆらゆらと揺れていて暖かい。その近くでは炎と同じくらい明るい髪が何かをしているのか揺れていた。
そうだ、蜘蛛の森に逃げてきて変な女と…
そこで後ろを振り向いた女と目が合った。
「おはよ、幼児くん。」
長い前髪の隙間からニッコリと笑顔がのぞく。
「みず、のむ?」
洞窟の奥の湧水から汲んできたのだろう。
三角円錐の尖った部分を地面に突き刺す形で置いてある変な入れ物に水が入っていた。
正直とても喉は乾いているが出会ったばかりの素性もしれない女から…
ん?という顔で水を差し出す女。
わかったこいつ何にも考えてねえ。
「いただきます…」
入れ物を受け取って飲む。汲んだばかりだったのか冷たい水が喉を通っていく。うまく飲めず口の端から水が漏れるが気にせず飲み干した。
飲み干して周りを見渡すと焚き火の周りにはまた蜘蛛の足が刺して焼いてある。
あ、さっきのコップ、悪魔蜘蛛の爪先か?
中身をくり抜いたのか。…どうやって?
凄い使い方するな…
奥の方ではウサギとあれ…ブラッドベア?
まじで熊倒しやがった…
軽く干したような草も置いてあるし焚き火用だろう細かい木も積んである。
「俺、どのくらい寝てた?」
まさか丸ニ日くらい寝たか?
「えっと、おそい朝ごはン食べて、きみが寝て、今、早いよるご飯くらい?さっき外、暗くなった。」
そうか1日も寝てないか。…1日どころか半日もかからずここまでやったのか…
なんなんだこいつ。
「ご飯たべよ」
まるでここに座れと言わんばかりに膝をぽんぽん叩いてくる女を無視して隣の岩に腰掛ける。残念そうな顔をしているが無視しよう。
「お前、なんでここまでやってくれるんだ?」
自分が敷いて寝ていた女の服をはたいてから返す。俺のためにわざわざ服を脱いで敷いてくれていた。
ご飯も準備してくれて寝床も作ろうとしている。
「俺がガキだからか?」
見知らぬボロボロのガキなんか捨て置くのがこの世の中だろう。
「哀れに思って同情してんのか?」
自分が生きるのが精一杯な世界で誰かを助けようとするのは愚かな奴らだ。
「何が目的だ」
甘い顔をして近づいて利用する奴らなんか大勢いた。信頼して仲良くして裏切る奴らだっていた。害のなさそうな顔したガキがこっちが眠った隙にナイフを持って馬乗りなんてザラにある話だ。
こいつもどうせそうだろう。
見上げるようにそいつを睨みつけた。
何が目的だ。何かがあるならガキにここまで言われて動揺の一つでもあるはずだ。見逃さないようにじっと見つめる。
きょとんとした顔で口元に運ばれかけた肉が止まっている。
「もくてき…?」
考え込むように手に持った肉を弄んでいる。今のところ動揺は見えないが考え込むところが怪しい。
俺を奴隷として売りつけるか?
体のいいコマとして使い捨てるか?
それとも…正体を知ってるか?
この森に逃げ込む理由があるやつは大抵ろくでもないことしかない。罪でも犯したか誰かに殺される寸前まで怨まれてるとかしかないだろう。
少ししてからようやく合点のいった顔でこっちを見てきた。
「ひとりだったから。」
「…は?」
「君が子供なのも、ある。でも、ひとりだったから。多分きみも、私も、独りは寂しい。」
何を言っているかわからなかった。最悪襲いかかってくると思っていた。なのに、ひとりだったから?寂しかった…から…
こちらを見ながら長い前髪を耳にかけて微笑んだ顔が酷く胸を刺した。
「独りと独りなら2人だよ。」
ほら、食べよ。と、小さくした蜘蛛の足を渡してくる。それを今度は素直に受け取った。
ひとり、だから?
なんだそれ。意味がわからない。そんなことで見知らぬ怪しい奴を助けるのか。
もうなんだか気が抜けてしまって何も言えない。
モソモソと蜘蛛を食べながらポツリと呟く。
「名前…何…」
「ん?」
「お姉さんの名前、何?」
さっきとは違って明るい笑顔で答えてくれた。
「あさひ、私の名前は山本 あさひ。
幼児君の名前は?」
自分の名前…そういえば無いな。生みの親からはおいとかゴミとか呼ばれてたし、…前のでいいか。
「マイラス」
マイラス…マイラス…と、お姉さんが口の中で何度も名前を繰り返している。
「じゃあ、まいくんで!」
まいくん…いや、いいけど…
…あれ、まって、ヤマモトあさひ?
「お姉さんの名前、ラストネームあるの?
ファーストネームはヤマモト?」
お姉さんはちょっと考えた素振りの後に
「名前があさひ、山本は苗字。」
苗字があるなんてどこの貴族かと思ったがヤマモトという発音にゾッとした。このイントネーションの名前は…
「お姉さん、もしかして召喚された人…か?」
お姉さんがまたまた頭を捻っている。なんてことだ。思った以上にややこしいかもしれない。
「お姉さんどこから来たの?」
「えっと、日本?」
まだ知らない名前…いやなんか聞いたことあるぞ。すんごい嫌な予感がする
「…世界の、名前は?」
また少し考えた素振りの後口を開いた。
「地球?」
グワンと頭が揺れる。こいつが何かを企んでいる可能性は格段に減ったがそれ以上になんてめんどくさいことになったんだ。
お姉さんは異世界から来た人だ。