4 幼児くんをゲットだぜ
幼児くんが何処かから出したナイフを受け取ると膝の上の小さな身体が少しズレた気がした。下を見ると幼児君が胸元に寄りかかってすやすやと眠っていた。
口元に食べカスがついてる。
かわいいーーー
ほっぺたぷにぷにしたくなるけど我慢。
穴開けちゃいそうだし。
膝に乗せるのもかなり勇気を出して慎重に慎重にやった。
だって可愛いから触りたかったんだもん。
施設では自分より年下の子に絶対近寄らせてもらえなかったし触る気もなかった。
自分がどれほど化け物なのか、自分が一番知っている。
それでもこっそり人形で練習するほど私は誰かに触れたかった。人形が5体ほど布切れと綿になったところでやめたけど…
だから、全精神で気をつけるから、ほんの少しだけ、可愛い子供に触るチャンスが欲しい。
そのまましばらく無心で蜘蛛を食べる。
海老みたいなしっかりした食感に安っぽいカニみたいな味で結構美味しい。
この洞窟も昔に施設を抜け出して山で暮らした時のことを思い出して懐かしいな。
それと入った時、カビっぽい土の匂いに混じって微かに人の匂いもした。ここ数年は使われてなさそうだったけれど明らかに誰か住んでいたと思う。
錆びているけれどナイフみたいな物も落ちていたしボロボロの布もあった。
幼児君の言うことが本当ならここの森はほとんど人が入らないはずなのに。
…そういえば、入り口が岩で塞がれていたな。なんか触ってどかそうとほんの少し力を込めただけなのに粉砕した。正直びっくりしたけど粉砕はおかしいと思う。
というかなんでその先に洞窟があるってこの子は知ってたんだろう。膝の上で胸にもたれかかって寝る顔は年相応だ。 かわいいいいい…
いろんな疑問もすやすや眠る顔を見ると全部忘れてしまうなぁ〜。
…そうやって幼児くんを愛でていたいのにさっきから蜘蛛の匂いにつられたのか獣の匂いが森のそこら中からする。獣のような匂いに混じってなんだか鼻の曲がるような嫌な匂いもあるな。
せっかく膝の上に可愛い生き物が乗ってるのに…
まあいいか。
だって、当分、食べ物に困らなくてすみそうだしね。
わたしがニッコリ森に向かって微笑むと獣の敵意が弱くなる。そんなに怖い笑顔だったのだろうか。幼児君を時間をかけて優しく慎重に抱え上げる。丁寧にやったことを差し置いても起きる気配が全くない。それだけ疲れていたんだろう。いっぱい歩いたもんね。
洞窟に入って狭い通路を抜けた1番最初の広いスペースに一度下ろした。
ちょっと考えて地面が硬いだろうと自分のパーカーを脱いでその上に寝かせなおす。
下はタンクトップを着ているし脱いだって平気だろう。
わたしからしても大きいパーカーなので幼児君からみたら十分な大きさだ。
すやすやと眠る幼児君を見て一回だけ、全力で力を抜いてほっぺたをむにっとつつく。
か、かわいぃい…
どんなにつついたとしても私の指は何も感じない。凹むくらい地面を押せば指に当たった感覚くらいする。感じられるとしたら自分で自分を触った時くらいだ。でもいいんだ。たとえ柔らかさを感じることができなくてもムニっと寄るほっぺたが物凄く可愛い。
気合い充分、洞窟の外に出ると蜘蛛を狙った獲物同士が牽制しあっている。
その中心で大きな熊が蜘蛛の腹の部分に噛み付いていた。
…熊?かな?なんか目が赤く光ってるし
耳が少しとんがっていて牙も爪も長い。
てか、でかい。昔山で狩った熊の3倍くらいでかい。6メートルくらいあるんじゃないの?さっきのウサギもでかいし牙もあるしツノもあった。なんだか変だなー。
なんて考えていると熊がこちらに気がついたらしい。低い唸り声をあげながらゆっくりと近づいてくる。
熊に向けて私はニッコリと微笑みかけた。
わたしのことを獲物とでも思ったんだろうね。残念でした。獲物はどちらでしょうね。
その後は一瞬だった。図体の割にはかなり早いスピードで殴りかかってきたのを軽く飛んでかわす。ジャンプした私に噛み付いてきた熊の顔をちょっと強めに殴ったら首がちぎれてぐちゃぐちゃになって飛んでいった。わお、グロテスク。
まさか首が取れるとは思っていなかったのでちょっと驚く。
昔に熊を倒した時でもこんな風にならなかった。3〜4年でこんなに力って強くなるもんなんだね…
大きな地響きを立てて熊が倒れる。
大きいなー。何日ぶんくらいの食料になるだろう。
死んだことに気がついていないようにピクピクと痙攣している熊を一瞥して他の獲物を見る。
狼っぽいのから羊っぽいのから何かわからない物まで色々いる。次はどいつにしようかな〜等と、次の獲物を見定めていたら静止画のように止まっていた動物達が急にぴくりと動いて散らばるように逃げていった。
残念。せっかくの獲物だったのに。
熊が倒されたことで逃げ出したのかな?
ここの獣達は頭がいいのかもしれない。
まあいいや。熊が獲れたし。
早速血抜きをするために入り口から少し離れたところに首を下にして壁にもたれかけさせる。
さっき倒した他のウサギ達も幼児君にもらったナイフで首を切ってから同じようにもたれかけさせた。
血抜きをするしないでは断然味が変わる。
どうせなら美味しい方がいいからね。
いきなりツンとするような異臭が鼻を刺す。
体の底から震えるような何かが登る。
何かわからない、わからないけど、戦えるようにすぐに体制を整えた。そうするべきだと思ったから。
匂いの元を辿るように森の木々の隙間に目を凝らす。
カメラの焦点を合わせるようにジッと見つめるとそれが見えた。
全身に悪寒が走る。それは生き物ではない。
黒いヘドロみたいなものがうぞうぞと歩いていた。いや、這っている、の方が正しいのかもしれない。グニャリぐにゃりと身体を動かして少しずつ前に進んでいる。遠いからわかりづらいがそれほど大きくないと思う。さっきのウサギくらいしかない。
けれどそれはただひたすらに気持ち悪いものだった。
びくりと身体が震える。そいつが止まったのだ。
目も鼻も、顔自体ないようなそいつだが、私の気配に気がついたのかもしれない。
まずい。この洞窟の奥には幼児君が寝てる。
あいつは本当にまずいものだ。
さっきの獣達が逃げていったのももしかしたらこいつの気配を感じ取ったのかもしれない。
身体を固くして息を殺しているとそいつはまた動き出した。こちらに向かっているようではなくて少しほっとする。けれど気は抜けなかった。しばらく瞬きも忘れて見続ける。汗が頬を伝うほど長い時間が立って、見えなくなってからようやく膝から崩れ落ちるように座った。
なんだったんだろうあいつは。
気持ち悪い。ひたすらに体の底から震えるような気持ち悪さだった。
蜘蛛を焼くために焚いていた火が消えるまで私はそこから動けなかった。