3 俺の名前は匿名希望
前回のあらすじ
変な女に悪魔蜘蛛から助けられたと思ったら懐かれたらしい。
ということで、本当この人なんなんだろう。
魔の森の中心部分だというのに一切の乱れのない綺麗な格好をしてる。綺麗だし清潔だ。
なんだか異世界っぽい服だし。
それにこの髪色。瞳の色は違うけれどオレンジの髪はあの民族特有のものだ。相当な訳ありだと思う。正直関わりたくないんだけど付いてくる気まんまんだし俺も魔力戻ってないから逃げることもできなさそう。
だってデーモンスパイダー殴って倒すんだぞ?無理だろ。
そもそも魂が起きたばかりの俺が使えるスキル少ないし。
てか魂起きたばっかで身体に馴染んでない魔力使い切るなんて暴挙に出たせいでこれでも身体ん中ボロボロなんだよ。
当分魔力使うの控えないとな。
つかこいつなんでこんなにカタコトなの?4歳児くらいの俺以下の語彙力じゃねーか。
まあ俺の中身は4歳児じゃないけど。
元はこの国の言葉じゃないってことか?
あっちの方から来たのか?
…なんかもうどうでもいい気がしてきた。
考えてもどうせ深くは関わらないんだ。
それにあんまり悪いこととか考えてなさそうな感じだし。
早く魔力をこの身体に馴染ませて逃げよう。
そんなことを考えてるうちにお姉さんが何かしてる。
「…なにしてんの?」
「お腹、スいた。」
返事になってない。
満足げなお姉さんは自分より三倍くらい大きいデーモンスパイダーを引きずっている。
「たべれる、かな?」
食べられるけどさ…魔物だし蜘蛛の見た目だぞ?
悪魔って呼ばれてる魔物だぞ?
なんの躊躇もなく食べようとするなんて本当に変な人だ。
ていうか重いのによく引きずれるな。何者なんだよこの人。
「悪魔蜘蛛は牙に毒がある。頬らへんにある毒袋周辺以外なら食べられるよ。でも内臓はやめとけ。何食ってるか分かったもんじゃない。でも外骨格が硬すぎて解体に手間がかかるし、こんな見晴らしのいいところでこんな大きい獲物持ってたら他の魔物に見つかるだろ。さっさと移動するぞ…」
もういいや。なるようになればいい。
諦めた俺はさっさと歩き出す。その後ろをずるずると蜘蛛を引きずる変な女。
俺はもう一度大きくため息をついた。
「ほら、着いたぞ。」
あまりに長いこと歩いたせいで幼い身体は限界に近かったが気力でもたせる。
魔力が戻れば肉体的なものはどうとでもなるから無茶くらい気にしてられない。
南側の魔の森に入ってすぐのところ、大きな崖がある。魔の森は高い崖に囲まれていて上から見ると凹んだ土地だ。
じつはその崖の一部に洞窟がある。
「えっとたしかこの辺に…」
不自然な岩の出っ張りを見つける。
本当は案内したくない。見知らぬ他人に入り込ませたくない。けどここ以外安全なところはないし隠し扉の向こうに行かせなければ問題はないだろう、と諦めた。
「お姉さんこれどかせる?」
大きな岩とも言える出っ張りをお姉さんに退かすよう頼む。コクリとうなずいたお姉さんが一呼吸して岩に手をかけると岩の中央に魔法陣が浮かびあがった
パァンッッ!
衝撃波が走った。
「…ごメん…」
岩があったところには砂になった元岩が小山になっていた。
「…そこの穴、抜けると中が広いからそこで生活しよう。」
ありえない。絶対ありえない。
みなかったフリをして案内を始める。
大人が少し屈んでようやく抜けられる穴を通り少し進むと奥は広い部屋がありその先の道はいくつか枝分かれした状態になっている。
「道覚えてね、あまり奥に入ると戻ってこれなくなると思うし。あ、こっちの道はずっと進むと水が湧いてるところがあるから。綺麗だからそのままでも飲めるよ。こっちの道をずっと進んだ先の部屋はトイレになってる。行ってみれば使い方はわかると思うけどわかんなかったら言って。
そこの1番左の部屋をお姉さんの部屋にすればいいよ。」
しげしげと眺めるお姉さん。…?鼻を動かしてる…?犬みたいに匂い嗅いでないか?
「落ち着ク…」
なんか言ってる…洞窟が落ち着くってなんなんだこの人。
もういいや。
とりあえず俺は1番右の部屋を自分のだと言って早々に引きこもる。物はないけれど椅子代わりにできる石がある。そこに腰掛けて身体を休めつつ頭を動かす。
隣の部屋から、外に出てくるーとお姉さんの声が聞こえてきたのではいはいと適当に返事しておく。普通なら危ないけどあの女なら大丈夫だろ。ダメだったらそん時だ。
ようやく一息つけた。
変な人に付いてこられたなとまた溜息をつく。まあいいや、そんなこと考えてる場合じゃ無いし。
俺は今おそらく4歳前頃。
物心がつきはじめて徐々に記憶が戻ってから魔力が身体に安定するまで約3ヶ月かかる。
そこからさらに身体が強大な魔法に耐えられるようになるまで数年かかる。
本来なら10歳をすぎるまで大きい魔法は使いたくないが魔法で成長を速めることができるのでそこはいい。2年もすればリスクなしで使えるようになるはずだ。
それよりも10歳はタイムリミットでもある。あと6年。あと6年以内にどうにかしないと…
この身体ではろくにご飯も食べていないし眠れてない日も多い。それで動いたせいで身体は重く動かず頭も回らない。どれくらい経っただろう。眠ることすらできず、しばらくボーッとしていると外から洞窟を揺らすほどの轟音が響いた。
上から土がパラパラと落ちてくる。
慌てて外に出る。
「…なにしてんの?」
洞窟の外に出ると
「あ、幼児くん。」
オレンジ髪の女が壁にウサギをめり込ませていた。
「違う肉ゲット。」
手には二匹、ウサギを持っている。
「…どういう状況?」
イビルラビットは素早い上に凶暴で10匹単位くらいの群で襲いかかってくる。普通の人には倒すどころか捕まえるのもまあまあ大変なはずなのに…あっさりと5匹も…
「蜘蛛、にウサギが、いた…から、ラッキーと思って捕まエた。」
ニッコリと笑ってウサギを掲げる。
一匹が俺よりも大きいんだから重いと思うんだけど。
つまりデーモンスパイダーを狙って集まったイビルラビットをこれ幸いと捕まえた、と。
苦笑いしか出てこねえよ。
ウサギを下ろしたお姉さんが何かしている。
…いつのまにこんなに集めたのか枝と木が積まれている。
まあ森だから木はいっぱいあるけどよく集めたな。速くない?
てか焚き火?こんな悪夢の森の真ん中で?
焚き火の周りにデーモンスパイダーの足が刺してある。
あの足を引きちぎったのか?
あの硬い脚を?
なんでもありだなこいつ本当に。
もはや呆れて声も出ない。
「幼児くん、幼児くん、」
手招きしながら呼んでくる。
呼び方がおかしいと思うんだけど。
幼児くんってなんだよ、お姉さんのこと少女さんって呼べばいいのか?
焚き火の前で石に腰かけたお姉さんのところにてちてちと歩いて行くといきなり身体が浮かぶ。
「わっ、」
お姉さんの膝の上に座らされた。
なんか壊れ物でも扱うように恐る恐る触ってる気がするな。ぎこちない。
「食べよ」
お姉さんの手にはほかほかのスパイダー。
「じ、自分で食べられるから。」
降りようとするけれどお姉さんの手が
左右にあるので降りられない。
手をかけてもびくともしない。何これ岩?
「はい、あーん」
綺麗に殻を向いた肉部分を口元に持ってこられる。
知らない人からいきなり食べ物を口に運ばれるのは流石に怖い。怪しすぎる謎のほぼ初対面の悪魔蜘蛛をひと殴りで倒す女とか特に。まぁ同じ肉を隣で食べているし、何より悪意とか敵意とかが全く感じられない。なんか警戒してるのが馬鹿馬鹿しく感じる。もういいか。
口に入れると懐かしい味がした。
咀嚼している間にお姉さんも口に運ぶ。
「海老の食感カニカマ味。」
なんか言ってる。気にするんじゃねえ俺。
…そういやこの身体になってから人の温もりを感じるのは初めてかもしれない。
上を見るとニコッとお姉さんが笑う。
「おいしーね。」
こいつ、悪い人じゃないのか…?変な人だけど。
いや、初対面の人間を信用してはいけない。
そんなの子供ですら知ってる常識だ。無性に縋りたくなる人恋しい感情はまだ幼い身体に引っ張られているだけだ。
幾度となく口に運ばれてくるのを作業のように咀嚼する。
この身体は幼い上に長期間まともな食べ物を食べていない。よく噛まなければ消化できず身体を壊す可能性がある。…一応ガキなんだけど自分で自分の身体を世話するなんてな。
口を動かしてようやく飲み込む。
なんでこんなに美味しいんだろうか。
味付けもされていないそのままの味なのに。
そうか、温かいごはんを食べたのはいつぶりだろう。誰かと一緒に食べたのも。
前を含めても20年ぶりかもな。
また一口飲み込んではまた口に入れる。
慌てないようにゆっくりゆっくり食べた。
お姉さんが適度に運んでくれるので楽だ。
…あれ?俺そんなに食べてないよな?
なんで一瞬であんなに大きい足が1本なくなったんだろう…考えるな。考えたら負けな気がする。
お腹いっぱいになってきたころ猛烈な眠気が襲ってきた。
幼い子どもはよく眠るんだったな。
しかも普段からあまり寝られておらず食べ物もあまり食べていない子供が体力があるわけない。
だがこんな危険な森で知らない人の隣で易々と意識を手放したくはない。
体をよじって降りようとしたがうまく力が入らなかった。本当に気絶してしまいそうな眠気だ。
「どーしたの?」
急に動き出した俺に気がついたお姉さんがこちらを見てくる。その目はあまりに毒気がなくて警戒心なんか馬鹿らしくて気が抜ける。
もういいか、ここで易々と死なせるような世界じゃないはずだ。今の時点で死にそうな状況は全て好機に変わってる。
意識を手放す前に家から拾ってきた古いナイフをアイテムボックスから出してお姉さんに渡しておく。
ここまでの作業をどうやったのかわからないけど手作業よりはいくらかマシだと思う。
それを渡したらお姉さんにもたれかかったまま意識を手放した。
闇に落ちていく前に懐かしくて暖かい夢を見た気がした。