15 言っとくけど風呂場を監視したのは変な目的じゃねーからな
「というわけで5日後にはここを立つ。目指すは[リスタール]、ガイア最大の多様国家 だ。辿り着くまでは長い時間がかかるからそれなりに覚悟はしておいてくれ。」
いつもの飯の部屋に女とサーシャを呼んだ。地べたに座った2人の前にマップを広げて説明を始める。どんなルートで進むとかかる時間とか教えても意味ないかもしれないが損はないだろう。
「えっと、歩いて行くんですか?」
かしこまったように正座をして話を聞いていた女が手をあげて発言する。いや、普通に喋ればいいだろ。その隣では同じ座り方をしようとしてすぐに根を上げたサーシャが崩した足を撫でている。
「色々考えたが魔道具を使った場合の魔力の消費とかを考えても歩くしかねぇな。最低1ヶ月はかかるが、まあお前レベルの人間が護衛すれば大丈夫だろう。」
全部をこいつ任せにする気はないが魔物類に関してはこいつに丸投げする気だ。魔力使いたくないとか色々理由はあるけどぶっちゃけめんどい。荷物はおれのアイテムボックスに全部詰め込めばいいしそんなにキツくはないだろう。
女の方を見ると何か言いたげな顔をしている。こっちの顔を伺う前にさっさと質問なら自由にすりゃいいだろ。
「…えっと、おんぶして走ろうか?」
「…は?」
何言ってんだこいつ。口から出た言葉がぶっ飛びすぎてて全く意味がわからない。
「2人ともまだ子供だし、多分、私が抱えて走った方が早い。」
言葉がでてこない。こいつはまさか俺とサーシャの2人をおぶって走ると?年頃の小娘が?意味がわからない。
「2人くらいの軽さなら問題ないし多分走る邪魔にもならないし。」
は?ガキとはいえ2人分がどれだけの重さだと思ってんだ?
「…魔法使えないお前がガキとはいえ人間2人も担いで一日どころか何時間も走れるわけないだろ。もう少し現実的なことをだな…「走れるよ?」
「はぁ?」
またもや気の抜けた返事をしてしまった。
いやいやいや、何を言ってるんだ?
「いや、やったことない、からわかんないけど、多分大丈夫。この森の端まで行ったことは無いけど軽くジャンプしたら端が見えそうになるとこまでは行ったことあるし、1日かかったけど。帰り合わせて2日走っても何も問題なかったよ。」
そういえば一度2日間どこかに消えたことがあったなと思い出す。ちょっと出てくると言って2日帰ってこなかった時は今度こそ死んだかと思っていたが何事もなかった顔で戻ってきたので何も聞かなかったのだ。あの時本当に丸2日走ってたのか…?
「…睡眠は?」
「え?2、3日は眠らなくてもへーき。今までで最高6日大丈夫だった。」
絶句。文字通り何も言えなかった。
もちろんスキルを使って嘘かどうかを調べたが全く嘘は付いていなかった。…は?
ただの妄想と現実の区別がつかないヤバい奴…ではないよな。こいつの身体能力の高さはこの目で見ている。あながち嘘ではないと分かっているからこそ何も信じたくないのだ。
女の隣ではペッタリとくっついたサーシャがお姉さん凄いとキラキラした目で見ている。なんで昨日今日でそんなに仲良くなってんだお前ら。
「…あー…じゃあ、乗り物は…よろしく?」
親指を立てた右手を勢いよく前に出して了解のポーズをしてくる。呆れるしか出来ねぇ。
「お姉さん、私達をずっと抱えて走るよりも何か…紐とかで私たちを縛った方が安定するんじゃない、ですか?」
女の服の裾を引っ張りながらサーシャが言う。あー、そうか、こいつを乗り物として考えるなら何か乗れる物作ってた方が走るのとか安定するよな、こいつも俺らも。
…こいつに乗って行くのか?やべえ不安しかねぇーよ。はぁ…一度でもこの身体で行ってれば〈転移魔法〉使えたのに。くそッ、なんでまだ最上級魔法使えねーんだよ。あれさえあれば緯度軽度を指定しただけでどこでも好きなとこに転移可能だったのに。魔力がないのも魔石いくつか代償にすりゃ問題なかったし。はぁーあ。
この女を乗り物にすると思っただけで憂鬱になってしまう。5日後に出発は何としても予定通りにしたいし…
俺は快適な旅にするために予定までの5日間に全力を費やすことに決めた。
「ん〜!出発日和だね!」
出発予定日当日。身体を伸ばしたり屈伸したりと準備運動をしながら女が何かほざいている。ちなみに出発はまだ日も登らない明け方だったりする。日が登ると魔獣の動きがかなり減るから明け方に出て暗くなったら休むのが一番安全だからな。ということで明け方なのだが…まだ暗い外には霧が出ており視界が悪く全くもって出発日和には思えないのだが。
「出発日和なの?」
まだ眠たげに目を擦っているサーシャが女の服の裾を引っ張りながら聞く。何を言っても無駄だと思うぞ。
この出発までの5日間でアイテムボックスの中には出来る限りの食料を詰め込んで…と思っていたのだが女が何か獲物や植物を取ってくるたび腐らないように入れていたせいで元々凄い量が入ってたからそこまで準備する必要は無かった。若干料理してすぐ食べられるようにしておくくらいだ。森で料理して魔獣に襲われるとかたまったもんじゃねぇだろ。まあ土魔法で家作って存在希薄の魔法使ってあーだこーだして簡易とは言え完璧なアジトを作るから大丈夫だとは思うがな。
ただここは蜘蛛の森だ。万が一、もし万が一、あれが目覚めていたら…最悪のパターンも考えなければ調子に乗ってここで全滅なんてことにもなりかねない。
「よし!早く乗って!いこいこ!!」
なんっでこいつこんなにノリノリなんだよ。無性に腹が立つんだが。
ちなみに今回の旅でこいつが乗り物になるために作ったのは木を組み合わせた物をリュックのように背中に背負う形のやつだ。まあ簡単に言うと乗ってるやつが落ちないようにベルトのついた背負子みたいなやつだな。板に直に座るのは流石にあれなのでクッションなどで囲んで中々な座り心地に仕上がっている。ちなみにそこはサーシャの席である。あ?俺の席?後ろが埋まってたら一箇所しか残ってねーだろ。
…前だ。最初はどうにか背中にしたかったのだが女の背中に2人乗るのは物理的に難しかったし安定しなかったのである。しかもサーシャの方が俺よりも大きいので安定性を求めてもどうしても背中がサーシャになる。そして俺は惨めに前で赤ん坊のように抱っこ紐で括られるのである。ひじょ〜に不服である。もういいよ、好きにしてくれよ…
女の方を見れば今すぐにでも走り出そうとしているしサーシャですら眠そうだった顔をシャッキリさせてすでに背中に乗り込んでいる。
はぁ…乗りゃいいんだろ乗りゃ。
「よし!マイくん!サーシャちゃん!大丈夫?問題ない?」
女の問いに力なく吐息のような返事を返す。女の後ろからは元気な声が聞こえたが最早どーでもいい。
「じゃあ、しゅっぱつしんこ〜う!」
元気に声を張り上げた女がトントンと軽く飛ぶようにその場で足踏みするような行動をして足を前に出す。一歩二歩とそれは軽やかでとても子供2人抱えているとは思えない滑らかな動きだった。抱っこ紐の形的に女の胸元に顔を埋めるしかないのだが流石に嫌なので首をかすかに動かして周りに目を向ける。
度肝が抜かれそうになった。
景色が過ぎ去るスピードが人のものとは到底思えない。〈視覚強化〉と〈思考加速〉のスキルを使わなければ見えないのではないかと思うほどの風のようなスピードだ。一昨日乗り心地を試す際に走ってもらった速さとは比べ物にならないほど早い。
乗り心地も最初は地獄のようだった。上下左右にガクガク揺れるので俺はなんとか耐えられたものの真っ青な顔になったサーシャは少し離れた場所で四つん這いになって朝ごはんと再会する羽目になっていた。
とにかくあのままでは自分で歩いた方がマシなので重心をブレさせない走りを身につけてもらった。まぁ、身につけるも何も二、三回走ってすぐにモノにした様子はやはり身体能力は俺たちとは比べ物にならないのだろう。大人の獣人族も軽く凌駕していると思われる。これがこいつのユニーク魔法なのか?あ゛ー、まじでなんでこいつのステータス読めねんだよ!帰ってきたら絶対に体力測定してやる。
突然ふわりと無重力になったと思ったら衝撃のようなものが身体にのしかかった。舌噛むところだったあぶねえ。
訳が分からなくて出来る限り周りを見て現状を把握する。あー、多分魔獣っぽいのに襲われたからジャンプして避けたらしい。後ろのサーシャが気になるが女が止まらず走り続けているので何も問題ないのだろう。何かあったら女に声をかけることになっている。走っていたら聞こえないだろうと思っていたのだがこいつ耳も常人とは比べ物にならないほど良いので普通に話しかけても聞こえるらしい。こっちは自分の声すら聞こえないのに。
とはいえ先程のような突然の衝撃が何度も続くのはこちらの精神衛生上よろしくないので〈存在希薄〉の魔法をうっすらかけておく。存在自体が消えて認識できなくなるほどの威力はないがあれ?お前いたの?くらいの影の薄さにはなれるので少しは違うはずだ。
今更気がついたが時折急にスピードが上がったり両腕を振るったりしているのは魔獣に対しての攻撃や逃げの行為だったらしい。考えなくてもエンカウント率が高すぎる。一時間ほどで両手では足りないほど魔獣と出会っているようだ。この森こんなに魔獣居たか?
だが女の方は全くもって気にしている様子もなく息切れひとつせずにすました顔をしている。
あー、わかった、こいつ絶対人間じゃねぇ。人間がこんなことできてたまるかっつーの。
少し柔らかさと厚みが足りない現枕部分に顔の右半分を埋めながらため息をつく。考えれば考えるほどこちらが馬鹿らしくなる。こいつを人の常識で考える方が馬鹿だったのか。
しばらく揺られていると段々と強張っていた身体の緊張が解けていくのを感じる。適度なリズム感のある揺れと密着している部分が暖かくて心地いい。女を中心に風魔法で薄く覆ってあるので風も寒さも感じない。少しくらいなら大丈夫だろう。今日は朝も早かったしここ数日準備で疲れたし。重くなった瞼をそのまま閉じた。少しだけ、眠ろう。
「…あ?今何時だ?」
次に目を覚ました時は太陽が真上にあった。
周りを見ると女はまだ走っていた。疲れたら休憩していいって言ったよな??
超どうでもいいけど便利なスキル〈体内時計〉で時間を見る。もう昼だった。え?5時間くらい寝てしまった。つか朝出発してから6時間もこいつぶっ通しで走ってんのか?女の顔を見ると朝と何一つ変わらない済ました顔をしている。簡単に走り続けることが出来ると本人は言っていたがこの目で見ると流石に引いた。
「おい、流石に一度休もう。」
上を見上げながら声をかけると女が何かを言った。いや聞こえないって。
「もう一回言ってくれ!」
風を少し操作して音がこっちに届くようにした。
「もう少し先に水がある匂いがするからそこまで行こう。」
匂いがする??こいつ人間じゃなくて獣だったか。まあ水辺の方が何かと便利だとは思うのでそれで了承した。
ほんの10分ほど経つと確かに湖のような場所にたどり着いた。広く開けているので休むには絶好の場所だ。女に降ろしてもらって伸びをする。流石に何時間も同じ体制はキツすぎる。体がバキバキと音がなるようだ。まあ幼いガキの体は柔らかいので実際に音が鳴ることはないのだけれど。
横を見るとサーシャがへたり込んでいた。思った以上にキツかったのだろうか。しんどいなら声をかければいいのに。
「酔った…」
サーシャは乗り物に弱いらしい。何とか目を瞑ったり眠ろうとしたりして耐えていたのだが流石に6時間の長さはどうにもならなかったらしい。
あー…水でも飲んでおけ。
コップに水を入れてやってサーシャに渡す。弱々しく受け取ったがちゃんと飲んでいるのでまあ大丈夫だろう。
とりあえず休憩用に超簡易的な小屋を作る。小屋というかほぼ土の壁のみである。飯食って少し休憩するくらいならこれでいいだろ。〈認識阻害〉の魔法をかけているので2、3時間くらいは見つからないはずだ。
とりあえず干し肉を軽く焼いたものとスープを各自に渡して食べさせる。サーシャはどうしても入らないらしいので一度食べ物はしまってクッションと毛布を渡しておく。ちょっと横になってた方がいいだろ。それを手に部屋の隅に行って壁に張り付くように横になってから動かなくなった。どうか安らかにな…
女はというと早々に飯を食い終わったと思ったら何か準備している。
「どうしたんだ?」
服を脱ぎ始めたのでマジで何をする気かと思った。
「暇だから湖泳いでくる。魚いるかもしれないし。」
これだから獣は。
「いや、お前休憩って知ってるか?休むんだぞ??6時間もガキ2人担いで走ったやつがすることかそれ???」
俺変なこと言ってるか?何でこいつに何言ってるんだって顔されなきゃいけないんだ?
「ご飯食べて座ったからもう休憩したよ?それにまだ全然疲れてないし、せっかくお魚食べれるかもしれないからお魚獲るべき。お肉以外も食べたいしね!」
こいつなんでこんなに食に貪欲なんだ。もう好きにしたらいいと思う。
「…いってらっしゃい。」
これが俺が言える精一杯の言葉だった。
さて、動いてなかった者が休憩を長くダラダラとっても仕方あるまい。当の本人は元気そうだしサーシャが復活して飯が食えるようになったら出よう。まあ1時間くらいでいいだろう。1時間あれば作れるか…はぁ、仕方ないな。
小さな鍋とアイテムボックスからいくつかの薬草を取り出してすり鉢で潰した後に火にかける。いくつかの工程を経ながら少しずつ魔力を込める。草の形状がなくなるほど滑らかになって更に透明で少し光り始めたら完成だ。ポーション、といっても効果は小程度のものなので酔いには丁度いいくらいだろう。後もう一つ違う薬草を取り出していくつかまたすり潰しながら混ぜる。確か酔い止めの薬ってこんなレシピだった気がするんだけど…やべえ、3、40年ぶりだと流石にうろ覚えだ。…ま、大丈夫だろ。変なもんは入れてないはずだし効かなかったらドンマイってことで。
え?何で初めっから作ってあげなかったのかって?ここまで酷いと思ってなかったんだよ許せ。
ちょうどサーシャがのっそりと起き出してきたのでポーションを飲ませる。幾分か顔色が良くなったので効果があったのだろう。酔い止めは食後の方が良さそうなので先にご飯を食べさせる。また再会を果たす羽目になるかもしれない食事たちをちまちまと口に押し込んでいる。胃に何もないと余計に酔うから無理やりにでも食べて欲しい。
いきなり地の底から響くような音が休憩小屋を揺らした。驚いたサーシャの手からちまちま齧っていた干し肉が落ちた。
俺はこれはいつものデジャブを感じているので何も思わない。不安そうな顔をしているサーシャに一言かけてから外に出る。案の定びちょびちょになった女が見上げるサイズの魚を横に佇んでいた。
「おい、今度はなにやらかした。」
顔が引き攣る。この独特の縞模様と特徴のある背鰭、鋭利なギザギザの牙は…
「えへへ。お魚ゲット!」
「お前これここの主だろ!!!」
思わず叫んでしまった。このサイズとこの種類は間違いなくサーペントパーチ。何処の池でも生息しているが普通は大きくても人間の子供くらいのサイズしかない。その中で稀に1匹だけ異常な程大きくなるやつがいる。そうなると名前がサーペントグラントパーチに変わる。それは池の主として君臨している奴だ。そこまでのサイズになればかなり気性が荒く捕獲は難しいはずなのだが…なんで目の前にいるんだ?
「これ食べれる?」
目を輝かせて聞きやがって。
「食べれる食べれる。」
めんどくさいので適当に返事をする。まあ食えるのは本当だし料理の仕方によってはそれなりにうまいし。
「…もしかして今すぐ食いたいのか?」
「なんでわかったの?」
濡れた服を絞りながら不思議そうに聞いてくる。そんだけ目を輝かせてソワソワしてりゃ誰だってわかるっての。
魔法で服を一瞬で乾かしてやってから魚に近づく。池の主ともあろう者もこいつにとってはただの食材か、と少し哀れになる。当の本人は後ろでおおおおお!と乾いた服に感動している。
とりあえず風魔法の応用で空中で3枚におろした後さらに細かく分ける。内臓とかは池の周辺に置いておけば何かしらの魔獣が食うだろう。皮と鰭、骨は素材に使えるので適当にバラしてアイテムボックスに突っ込んでおく。
「ほらよ。」
細かく切り分けた切り身の一つに火を通して塩をかけて渡す。俺の顔ほどあるサイズだがこいつには良いおやつくらいなものだろ。
わーいとかほざきながら両手で齧り付いてやがる。表面にしか塩を振ってないので真ん中あたりは味気ないものだろうとは思うが知らね。
残りの部分の処理をしていると後ろから肩を叩かれた。
振り向くとほっぺをパンパンにした女がこちらを見つめていた。
「もぐんむむもむんぐぐ」
なに言ってるかわかるわけねーだろ。さっさと飲み込め。
「んぐっ…ふぅ、もう1匹捕まえてこようか?」
ぶんぶんと振る尻尾の幻覚が見える。
「…もう出るぞバカ。」
このままいくとこのだだっ広い湖から生き物が居なくなりそうだ。
それからは特に何もなく順調に旅は進んだ。休憩の度に意味がわからないようなヤバい獲物を女が仕留めてきたり、調子に乗って走りながら女が飛んだり跳ねたりした結果サーシャにモザイクをかけなければいけないような状態になったりと色々あったが概ね順調に進んだ。
洞窟を出発してから7日目。
「…もう見えるのかよ…」
目視できるほどの距離に白い高い壁が聳え立つ。本来は歩いて1ヶ月はかかる距離のものをこいつは本当に7日でこなしやがった。どうにか夜には眠るための休憩を無理やりとらせたしサーシャのために少しスピードを落としてもらったので本来ならもっと早く着いていたのだろう。本当に恐ろしい奴だ。
「…さて、どうなることやら。」
まだ見ぬ先の展開に俺は少しだけ気を引き締めた。




