0 はじまりはじまり
破壊神
それが幼い私に付けられたあだ名だった。
山本 あさひ、17歳くらいだと思う。
膝までの長い髪はオレンジ色で時折目の覚めるような真っ赤な色が混じっている。
長い前髪の隙間から覗く瞳の色はまるで狼のような琥珀色。
日本人としてはあり得ない髪と瞳の色にもかかわらず凛とした佇まいと表情は違和感などなく、むしろ誰もが美しいと思えるものだった。
でも私はいつも1人だった。
その異常な見た目もさることながら彼女は特殊すぎた。
生まれたばかりで教会に捨てられており親はわからない。歳も拾われた日の1ヶ月前の9月8日が誕生日とされたが本当はわからない。
そのまま捨て子として名をつけられ孤児院で育てられた。
それでも彼女が特殊と言われた原因は他にもあった。
他の誰よりも力が強く他の誰よりも頑丈だったのだ。
最初はなんだっただろうか。
同じ孤児院の子と遊ぼうとしてその子の腕を折ってしまった。おもちゃや道具、物。私が触るもの全てがまるで紙を破るように簡単に壊れた。
そのような事が何度も続き、挙げ句の果て孤児院の中でいじめられ始めた。それでも物を投げられても痣すらできない身体や痛みも感じない様子、それどころか殴った者が怪我する様は気味悪がられた。
結果、私は大人たちには陰で「化け物」と、子供たちには誰が言い出したのか「破壊神」と呼ばれるようになった。確か当時人気だったアニメの悪役が破壊神と呼ばれていたのだ。その邪悪な笑顔が私にそっくりだったらしい。子供らしい安直な名付けだ。
でも子供の頃はまだ良かった。
大好きなゆり先生と6歳年上の同じ孤児院に住む賢治にいちゃんが味方になって庇ってくれたから。
上手く道具が使えなくて泣いて癇癪を起こしてもゆり先生は根気強く教えてくれた。
賢治にいちゃんは私がいじめられているのを見ればすぐに怒って助けてくれた。私の方が強いのに他の女の子とおんなじように扱ってくれた。2人がいれば私は幸せだった。
けれどある日突然ゆり先生はいなくなった。どの先生に聞いても家庭の都合と言われて詳しいことは教えてくれなかった。そのまま一度も私はゆり先生に会うことはなかった。
数年後賢治にいちゃんは18歳になって孤児院を出た。賢治兄ちゃんも会いに来ると言って最後に頭を撫でてくれたのに。あれから6年近く、一度も帰ってこなかった。
本当の孤独。今までとは比べられないほど私はひとりぼっちだった。耐えられなくなった私は何度も孤児院から逃げ出した。2ヶ月くらい山奥で1人過ごしたこともあった。
けれど関わりたくないと言った大人達は私を決して逃がしてくれなかった。
結局そのまま孤児院でひとりで育ち、高校生になると孤児院近くの有名なヤンキー校に進んだ。
周りもみんな派手な髪色で生い立ちも散々な子が多い。ここでなら目立たないと思ったのに、入学早々教室の扉を破壊してしまった。修復不可能なレベルで。それからは大人しくしようとしたのに1ヶ月ほどしたある日、学校帰りに男子5人に絡まれている少女を助けようとした。結果男の子は5人とも病院送りになり1番軽傷で全治3ヶ月、主犯格だった子は後遺症が残ってしまい二度と普通のようには歩けなくなってしまった。それから誰が広めたのか小中と同じように私は陰で「破壊神」「化け物」と呼ばれるようになった。
そして現在高校三年生になった春。目的もなく外をブラブラと歩いていた。本当は孤児院の規則として門限があるものの私にかかわりたくない先生も子供達も誰も外出を咎めない。なので時折こうして夜に外を出歩く。スキニータイプの黒いズボンにダボっとした白い大きめのパーカーのフードをかぶった姿はどう見ても不健全な少女だ。
ぼんやりと空を眺めながら目的もなく歩く。孤児院は高校卒業したらでなければならない。だがこんな私が働けそうな場所は今のところ見つかっていない。
これから先どうやって生きていけばいいのだろうか。見えない先を考えながらぼーっとしていると男の叫び声とともに後頭部に弾かれたような衝撃が走った。
痛くはないが突然のことにバランスを崩してつんのめる。
慌てて顔を上げると
「…え?」
夜だったはずの世界は朝のように明るく、見たこともない荒野が広がっていた。
あさひを背後からバットで殴ったのはあさひが一年の時に後遺症を追わせてしまった男の子の弟だった。二度とまともには歩けなくなった兄の仇だと自分の人生をダメにしても少女に復讐がしたかった。
しかし暗闇の中殴ったはずの少女は忽然と消え、少年は少女の存在を唯一認める折れ曲がったバットを手にしたまま呆然と座り込むしかなかった。