【シズシラ視点10歳ハロウィン】きみこそがぼくのひかり★★
前回に引き続き、今回も改めてお知らせがあとがきにございます!
がり、ごり、がりがりがり、ごりりりりっ。
シズシラ・リュー、見習い魔女十歳は、一生懸命かつ一心不乱にナイフでカボチャを削っていた。
幼い少女の両腕にはあまりにも余る大きさだ。成人男性の頭よりもゆうに大きい、それはそれは立派なカボチャである。
鮮やかな橙色が美しいそれと向き合うシズシラの表情は、極めて真剣で大真面目だった。
見るからに危なっかしい手つきではあるが、集中してゆっくり進めているおかげか、まだ致命的な手傷は負っていない。
致命的ではない細かい傷はもう数えきれないほど、既に両手ばかりでは済まなくなっているけれど。
「ん、しょっ! あと、ここを、もう、ちょっと!」
がりりっ! とナイフでさらにひと削り。
ちょうど丸く円を描くように削ったそこを、ぎゅぎゅっと親指で押し込めば、ぼこっと内側の空洞にその円が落ちる。
「よし、左目もできた! ふふ、いいお顔。……ちょっとゆがんでるけど、うん、いいお顔だもん」
ほれぼれしちゃう、と、誇らしげにシズシラは頷いた。
両手でカボチャを抱え上げ、つい今しがた完成したばかりのそのカボチャの顔と見つめ合う。
うん、やっぱり『いいお顔』だ。
「よかったぁ、間に合って。万聖節の夜までもうすぐだもの。ふふ、ふふふ、これでお母様にも褒めてもいただけるわ! よろしくね、私の“ジャック”」
くふくふと笑みをこぼして、シズシラは満足げに頷いた。
“万聖節の夜”。
それはリュー一族における、数多の祭礼の一つ。
特にこれはまだ見習いの魔女や魔法使いである子供が主役になる行事として親しまれている。
現世と幽世の境があいまいになり、死者ばかりか妖精、精霊、神や魔まで、あらゆる人ならざるモノたちが思うままに現世で遊ぶ夜。
それが万聖節の夜だ。
幼い子供達は、彼らにさらわれないように、自らもまた人ならざるモノの姿をまねて仮装をし、夜を練り歩く。
さらにその日に必要とされるのが、カボチャをくりぬき、滑稽な顔を刻んで作り上げられたカボチャの提灯、通称『ジャック・オー・ランタン』というわけである。
シズシラのように十歳ほどの年齢であれば、親がその仮装の準備とともにカボチャ提灯も用意するものだが、あいにくのこと。
シズシラの大好きな母であるライラシラは、先達て“血赤珊瑚の長”として長老衆入りしたばかりだ。
多忙を極める母の手を煩わせたくなくて、シズシラは「私、自分でできます! お母様は気になさらないで!」と主張したのがつい先日。
渋るライラシラをようやく説き伏せて、シズシラはいそいそと準備に勤しみ、ようやく本日、カボチャ提灯を完成させたのである。
「……ヨル、喜んでくれるかなぁ」
ふと胸によぎった一抹の不安に、シズシラの顔が曇った。
シズシラが作ったカボチャ提灯は二つ。
一つは自分のため。
そしてもう一つは、リュー一族の預かり子としてこの里に籍を置く、『シズシラのいちばんのおともだち』である、ヨルのためのものだ。
そっと抱えていたカボチャ提灯を、すでに完成していたもう一つのとなりに置く。
二つ並び合ったそれらは誇らしげではあるけれど、なんとも不格好である気もする。
先ほどまではあんなにも『いいお顔』に見えたのに、いざ二つ並ぶと尻込みする自分がいる。
うう、とついしょぼくれずにはいられない。
だってこれは、シズシラだけのためではなく、大切で大好きなヨルのためのものでもあるのだから。
「…………うん、でも、ヨル、楽しみにしてるって言ってくれたもの」
シズシラが一人でカボチャ提灯の準備をすると知ったとき、ヨルはもちろん「僕も作るよ」と手を上げてくれた。
「シズシラが頑張るのところに、僕がいないのはおかしいでしょ」なんて笑ってくれたおともだちの心遣いが嬉しくて、本当に嬉しくて仕方なくて、だからこそシズシラは「私が一人で頑張りたいの。ヨルには待っててほしいの!」と意地を張った。
いつだってシズシラのことを助けてくれる彼に、シズシラだって何かしてあげられることがあるのだと証明したかった。
そんななけなしの矜持について、きっとヨルは気付いているのだろう。
「じゃあ、かわりに、仮装は僕が用意してもいい?」というヨルの提案に、断るなんて選択肢はなくて「じゃあ、とりかえっこね」と笑い合ったのが数日前の話だ。
かくして本日、カボチャ提灯は無事ではなくともともかく二つ完成した。
あとは主人の元へと向かうばかりとなったのである。
「よし! だったらさっそくヨルのところへ持っていかなくちゃ!」
細かい傷だらけの手でそのカボチャ提灯を再び抱え、シズシラは、すっかりライラシラが帰ってこなくなった自宅を後にした。
向かうのは、ヨルが住まいとする、長老衆が用意した彼のための屋敷だ。
今年の春まではヨルの強い希望により、シズシラとライラシラの家で彼は暮らしていたけれど、春になって十歳になった彼は「そろそろ潮時かなって思ってね」なんてうそぶいて、立派な屋敷を長老衆からたまわった。
それをシズシラがさびしく思う……なんてことは、実はなかった。
なにせ彼は、あらゆる理由をこじつけては結局シズシラの元にやってきてくれるのだから。
ひとりぐらしってこういうものなのかしら? と、朝いちばんにライラシラの家にやってくるなり、シズシラが作った朝食を食べ始めたヨルの姿に疑問を覚えたりなんかした。
母であるライラシラは「本当に小賢しい……」と溜息を吐いていたし、対するヨルは「出ていっただけ褒めてもらいたいものですね」なんて胸を張っていたけれど、その意味がわからないシズシラには首を傾げることしかできなかった、とは余談である。
そう、それはそれとして、とにもかくにもヨルのもとに急がなくては。
集中したいから、とヨルの来訪を断って、カボチャ提灯作りに専念したこの数日。
彼に会うのがなんだかとても久しぶりのような気がして、自然と足が軽くなる。
ああ、ほら、見つけた。
ちょうど屋敷から出てきたばかりのところらしい彼の銀の髪が、きらきらと太陽の光を遊ばせている。
青と黄色の双眸は今日もうっとりするくらい美しくて、改めて「やっぱり綺麗だなぁ」なんて感動しながら、シズシラは「ヨル!」と声をかける――――――――――はず、だった。
「ねえ、ヨル、あたしとよね?」
「何言ってるの、私とよ!」
「ほら見て、ヨルのためにとっておきの“ジャック”を用意したのよ!?」
「あっ抜け駆け! あたしだってほら、とびっきりの仮装でヨルと……」
女三人集まれば姦しい、とは、東方の古い言い伝えであっただろうか。
ヨルが屋敷から出てくるのを待ち構えていたらしい、シズシラやヨルと同年代から少し年上の見習い魔女達が、いっせいにヨルの周りを囲んでさえずり出した。
三人ばかりではなくひの、ふの……五人、総勢五人だ。
ひええええ、とシズシラはおののかずにはいられなかった。この隠れ里におけるヨルの人気は近頃さらにうなぎ上りだ。
その生まれを知る者はごく一部であるけれど、それでもそうと知らずとも、ヨルがなんらかの事情を抱えていることは誰もが察している。
その上で、とびぬけて見目麗しく立ち振る舞いもスマートなヨルに夢中になっているのは、同年代の少女に限らず、老若男女にまで広がりつつあるのだという。
どうしよう。
ここで声をかけるのはものすごーく悪手である気がする。
ここは一旦退散して……と、シズシラが後ずさりした、そのとき。
――――――――――ぱきっ!
「あ」
足元の小枝を踏んだ音がやけに大きく響いて、同時に無表情だったヨルの顔がこちらを向いて、そして。
「シズシラ!」
「!!」
周りを囲んでいた少女達を押しのけてやってくるヨルは、夜の星々よりも美しく輝く満面の笑顔だった。
唖然と固まる少女達のことなどすっかり目に入っていないどころかもう全員忘れ去ったような足取りで、彼は一直線にシズシラのもとまで駆け寄ってくる。
ひえええええええええええええええとさらにおののくシズシラに気付かずに、これ以上ない上機嫌な様子でヨルはこちらの顔を覗き込んできた。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
「う、うん。久しぶりってほどじゃない、はず、だけれど」
なにせたった数日である。
日がな一日カボチャ提灯と向き合い続けたシズシラにとってはあっという間の数日間だった。
けれどヨルにとってはそうではないらしい。
「ええ? 酷いなぁ。僕にとっては一日千秋の思いだったのに」
「ご、ごめんなさい……」
綺麗に整った眉を下げてさも悲しげに言われてしまっては、反論できるはずもない。
ヨルにそんな顔をさせてしまったのだという申し訳なさにシズシラもまた眉尻を下げると、彼はふるりとかぶりを振って苦笑した。
「謝ってほしいわけじゃないよ。ただ僕がいつだってそういう気持ちでいることを知っておいてくれると嬉しいな」
「う、ううううううう、うん」
ヨルはたまによく解らない難しいことを言う。
シズシラはそのたびに戸惑ってしまうのだけれど、ヨルの態度から察するに、悪いことを言われているわけではないことだけは解るから、結局いつもそのままになってしまう。
解らないことは自分で調べよ、と、母をはじめとしたお師匠様達に言われているのに、こればかりはどんな辞書にも載っていないに違いないからつくづく困ったものである。
うーん、と今日も今日とて悩み始めるシズシラをよそに、ヨルはなんとも嬉しそうに口元を緩ませて、ふふ、と笑った。
「それで、これが僕の“ジャック”? シズシラが一人で頑張ったの?」
「え、あ、そ、そう! そうなの! えへへ、頑張ったでしょ?」
「うん、とてもすて……ッ!?」
「きゃあ!?」
きだ、と、続けられるはずだったのだろう。
けれど、そうはならなかった。
突風が突然吹き込んできたかと思うと、シズシラの腕にそれは意思を持ったかのように絡み付き、そのままカボチャ提灯をさらい、あっという間に地面に叩きつけてしまったからだ。
本当に、あっと言う間の出来事だった。
粉々に砕けたカボチャ提灯だったものを見つめて、シズシラは呆然と固まった。
その表情にヨルが息を呑む背後で、きゃははははっ! と残酷な高い笑い声が重なる。
「落ちこぼれらしい、へったくそな“ジャック”を片付けてあげたのよ! 感謝しなさいね」
「ほんっとに不格好な“ジャック”だったものね、あは、そんなのをよくヨルにあげようなんて思えたわよね」
「お母様が血赤珊瑚の長様になられたからって調子に乗ってるのよ。いやぁね、七光りって」
「やだ、そんなことを言ったら血赤珊瑚の長様に申し訳ないわ。七光りがあってもこんなにも落ちこぼれな娘に、長様だって頭を悩ませていらっしゃるんだから!」
「ほらあ、ヨル! こっちにきて、あたしたちと改めて準備しましょ?」
口々に悪意をたっぷりと乗せてさらにさえずる少女達に、ヨルの顔色が変わった。
それまでの笑顔が一転してストンッと無表情になり、くるりときびすを返して少女達に詰め寄ろうとする。
ヨルの雰囲気が明らかに変わったことに、少女達も気付いたのだろう。
自分達が魔法という奇跡の御業を使えることなどすっかり忘れたように、青ざめて身体を震わせ始める。
そのままザッと足を踏み出そうとしたヨルの袖を掴んだのは、ほとんど無意識だった。
「ヨル、だめ。いいの」
「だめじゃない。なにもよくない。冗談じゃ……っ!」
圧倒的な怒りのにじむ声でヨルが唸りまた振り返ってくれた。
そして大きく瞳を見開いて息を呑んだ彼に、シズシラはぼたぼたと涙を流しながら何度もかぶりを振る。
「ごめ、ごめんね、わ、わたし、帰るね。あの、ごめんなさい、万聖節の夜、あの、一緒には、無理だわ。カボチャ提灯は、ヨルには、私のをあげるね。心配しないで、楽しんできてね」
「シズシラッ!」
伸ばされたヨルの手を避けて、シズシラは駆け出した。
もちろん向かうのは自宅である。
背後でヨルが追いかけてくれようとしたところを、そんな彼に気を取り直してなおも擦り寄る少女達が足止めしてくれている。
それをいいことにシズシラは一目散にその場から逃げ去って、脇目もふらずに自宅に走り、そのまま家に飛び込んだ。
「う、ううう~~」
ひどい。がんばったのに。でも、ぜんぶ、あの子達の言う通り。
不格好なカボチャ提灯は綺麗なヨルには不似合いだし、落ちこぼれなのはその通りだし、そのせいで母が頭を悩ませているのも本当のこと。
ぜんぶ、ぜんぶ、シズシラのせい。
そんなことはないよ、といつもシズシラをなぐさめながら支えてくれるヨルの顔が、当分正面からは見られそうになくて、それがより一層悲しくて仕方なくて、シズシラはひとりでひとしきり泣きぬれた。
そして、数日後。
日が沈み、月が上り、リュー一族の家々の玄関に置かれたカボチャ提灯に明かりがともされる。
そう、いよいよ、万聖節の夜である。
シズシラは他の子供達のように家々を回るような真似はせず、自宅にしっかり引きこもっていた。
「……また失敗するなんて……」
うう、と呟いた涙声に合わせて、ひくひくと長いひげが震える。
ついでに頭に映えた三角の黒耳がぴくぴくと動き、シズシラはテーブルに突っ伏した。
「耳としっぽだけのつもりだったのに! どうして! おひげまで生えちゃうの!?」
今年のシズシラの仮装は、母のお下がりの真っ黒なワンピースに、変幻術でちょっとしたオプションだけをくわえて、黒猫になるつもりだった。
実際に、今のシズシラの姿を見れば「ああ、黒猫の仮装か」と誰もが頷くだろう。
頭の黒い三角の耳、スカートから覗く長くすらりとした黒いしっぽ、そして頬にはなんとも間が抜けた立派なひげ。
「うう、うううううう……」
先日のカボチャ提灯事件から引き続き、踏んだり蹴ったりである。
「ヨルが用意してくれた仮装に、大人しくすればよかったかなぁ。でも、会えそうにないしなぁ」
どうせヨルはいまごろ引っ張りだこだもの、と呟いた声は誰に拾われることもない。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、シズシラはもともと落としていた肩をさらに落とした。
あれからヨルとは会えていない。
仲良しの狐に頼んで、お手製のカボチャ提灯を届けてもらって、その代わりに届けられたのが、ヨルからの仮装の包みだった。
会いたい、という思いが、伝わってくるようだった。
そんなのシズシラだって同じだ。会いたいに決まっている。
でも、なぜだか最後の一歩が踏み出せなくて、結局その包みの封を切ることもできずに、自分でなんとか仮装をしようとして、コレである。
これ以上長引くと仲直りが難しくなることも解っているのに。
いや、そもそも喧嘩なんてしていない。
勝手にシズシラが悲しくなって落ち込んで、ヨルと顔を合わせられなくなっているだけの話なのだから。
「明日、ちゃんと、謝らなきゃ」
それから、今夜楽しかったことを教えてもらおう。そうして来年は私としようねって約束しよう。
そう心に決めて、シズシラは今夜はもう寝てしまおうとベッドに向かおうとした、のだが。
「――魂よ、魂よ! 霊魂のケーキを、どうぞやさしい奥様、霊魂のケーキをひとつ!」
「ひゃっ!?」
扉の向こうからかけられたくぐもった声に、シズシラは飛び上がった。
どきどきとうるさい胸の音を聞きながら、えっと、と扉を見遣って、ああそっか、と頷いた。
どこかの子供がお菓子を取りに来たのだろう。
万聖節の夜には、決められた言葉を連ねて家々を回り、いたずらさせるかお菓子を寄こすかを家主に選ばせるのだ。
本当ならば、シズシラも、ヨルと一緒にその言葉を唱えながら家々を回るはずだった。
そう思うとぐうっとお腹の奥底が苦しくなるけれど、それを堪えて、くりぬいたカボチャの中身で作ったマフィンを手に取り、扉を開ける。
「こんばんは、人ならざるお方。私からはこのお菓子を…………っ!」
そして、シズシラは固まった。
目の前に立っているのは、カボチャである。
どこかで見たような不格好な面持ちのカボチャ頭に、ぼろぼろの布切れをまとった身体。
シズシラと同じくらいの身長のカボチャオバケだ。
「あ、あの、どちらさま……」
「――――――――――――――――――――かわいい」
「えっ」
「なんでもない」
「え?」
え、えええ? と戸惑うばかりでいると、カボチャオバケの視線が、つい、と、シズシラの手元に向けられる。
このカボチャマフィンがご所望かしら、と、シズシラがおそるおそるそれを差し出すと、カボチャオバケはごとんごとんと重々しく首を振った。
え、ええええええ? とさらに戸惑うシズシラの手が、カボチャオバケの白い手にさらわれる。
ついでに反対側の手には、大きなからっぽのバスケットがかけられた。
「え、あ、あの」
「…………」
そしてカボチャオバケは、有無を言わさずシズシラを家から連れ出した。
ぐいぐいと引っ張られて足をまろばせかけるシズシラを華麗にフォローしながら、ずんずんとカボチャオバケは無言で夜に浮かれるリュー一族の里を練り歩く。
シズシラがどれだけ何を言っても聞いてはもらえず、唯一返ってくるのは「魂よ、魂よ!霊魂のケーキを、どうぞやさしい奥様、霊魂のケーキをひとつ!」の言葉ひとつ。
――なんだかよくわからないけれど。
――たのしい、かも。
そうシズシラが笑いだすのに、時間はかからなかった。
気付けばカボチャオバケと一緒になって「魂よ!」と唱える時間の、なんて楽しいことだろう!
夜空には月と星が、地上にはカボチャ提灯の明かりが輝いて、まるで真昼のような明るさとすら思える。
気付けばバスケットはお菓子でいっぱいになっていて、夜明けまでわずかだとようやく悟る頃に、シズシラはカボチャオバケによって自宅へと送り届けられた。
「あの、あ、ありがとう。お名前を聞いてもいいかしら?」
なんとなく声を潜めて問いかけると、カボチャオバケは逡巡するように大きな頭を傾け、そしていくばくかの沈黙ののちに、くぐもった声で小さく呟く。
「……ウィリアム」
「ウィリアム! ありがとう、あなたのおかげで楽しかったわ」
知らない名前だ。どこのお家の子だろう。
見たところ、シズシラと同じくらいの年齢の子だとは思うし、名前から察するに男の子なのだろうけれど、それ以上は何一つ解らない。
ああでも、ウィリアムのおかげで本当に楽しかった。嬉しかった。そうだとも。
「うん、楽しかったのだけれど……」
でも。
「ヨルに、悪いことしちゃった」
自分ばかりがこんなにも楽しんでしまって、今頃彼はどうしているだろう。
同じように楽しんでいてくれたらいいのに、というのはあまりにも傲慢なわがままであるような気がした。
「ヨルに、謝らなきゃ」
「謝らなきゃいけないのはそいつでしょ?」
「え?」
「そいつのせいで、今夜、家から出られなかったのではないの?」
「そんなこと……」
「ない、なんてことは、ないよ」
何故か確信を孕んだ声音で、ウィリアムは断じた。取り付く島もない言いぶりに、シズシラは悲しくなったし、同じくらいにムッとした。
シズシラが眉をつり上げたことにウィリアムは気付いたのだろう。途端に「ごめん」なんて謝り出す彼が妙におかしくて、まるで誰かさんのようで、シズシラはついぷっと噴き出した。
「ねえ、ウィリアム。あなたもヨルに会えばわかるわ。ヨルはね、とっても、とぉっとも、ほんとうに素敵な男の子なんだから! だから、私は、ちゃぁんと謝らなくちゃいけないの。だってこれからもずっと、ヨルと一緒にいたいもの。だからね、ああそうだわ、ウィリアムも会いにいくのはどう?」
「え?」
カボチャ頭の中で、ウィリアムの瞳が大きく瞬いた気がした。
シズシラはにっこりと笑う。
自分でもなんとなく口にした提案だったけれど、それはとんでもなく素敵な名案であるような気がした。
「きっとあなたもヨルを気に入るわ。ヨルもあなたも、とってもやさしい素敵なひとだもの。ね、一緒に行きましょ……」
「ごめん」
「え」
「行けない。僕は、どこにも行けないよ」
「ウィリアム?」
シズシラが不思議そうにぱちぱちと瞳を瞬かせる前で、軽い足取りでウィリアムはくるりと回る。
ステップを踏んで踊るように、あるいは、たたらを踏んでさまようように。
そうして彼は歌うのだ。
「ウィルオウィスプは松明持ちのウィリアム。天国にも地獄にも行けず、ただ煉獄をさまようのみ。だから僕は、どこにも行けない。たとえ悪魔の慈悲できみという明かりを手に入れたとしても、僕はもう」
どこにもいけない、と、謡うカボチャオバケは、どうやら行き場所がないらしい。
つまりは帰る場所もないらしい。
なるほど、だったら。
「あら、じゃあこのまま私のおうちにいらっしゃいな!」
「…………は?」
ああ、またしても名案を思い付いてしまった!
今日の私は冴えているわ、とシズシラはくふくふと笑う。
そのたびにぴくぴくとひくつく自分のひげの気恥ずかしさも、今ばかりはどこかへと消えてしまっている。
「もう近頃はすっかり冷え込んでしまうもの。ちゃんとベッドで寝なくっちゃ! 大丈夫よ、ついこの間まで私の家にはヨルが住んでいたんだもの。またお友達が増えたってお母様はお許しくださるわ。そうしたらヨルともお友達になれるでしょうし、ね、すてきでしょ?」
だからどうぞわが家へ! とシズシラは手を伸ばしてウィリアムを問答無用で家の中へと招き入れた。
驚きのあまりに抵抗など全部忘れてウィリアムはシズシラに招き入れられるまま。
そしてシズシラは、いつもヨルにするのと同じようにウィリアムをえいやっとベッドへと押しやる。
「とりあえず今日はもう寝ましょ? お母様に言われているの、いくら今夜でも、ちゃんと夜が明ける前には寝なさいって。お母様、怒ったらとっても怖いんだから!」
寝心地が悪そうにカボチャ頭をごろごろと転がすウィリアムのとなりに小さな身体を滑り込ませてシズシラはぱちんとウィンクをする。
ウィリアムは本当に小さな声で「知ってる」と呟いた。
なるほど、さすが血赤珊瑚の長たるお母様。
その美しさと強さは既に里でも有名だけれども、怒ったときの怖さもまた既に有名であるらしい。
「おやすみなさい、ウィリアム。明日、ヨルを紹介させてね。とっても、とっても、素敵な男の子なの。私、大好きなのよ」
「…………うん」
確かにウィリアムが頷いてくれたのを認めてから、シズシラは目を閉じた。
意識はあっという間に眠りの淵へと追いやられていく。
となりのぬくもりは初めて一緒に眠る子のはずなのに、どうしてだかどうにも慣れ親しんだ誰かのそれと同じで、それだけが不思議で、でももうそれを確かめるすべはなく、シズシラはあっという間に深く眠った。
そして次の日、案の定お寝坊さんになったシズシラのとなりには誰もいなかった。
かわりに、寝ている間にやってきていたらしいヨルが、シズシラの作ったカボチャ提灯と一緒にテーブルで待っていてくれた。
「ねえヨル、ウィリアムを知らない?」
「知らないなぁ。誰だいそれ。まさか浮気?」
「ええ? 何のお話? ううん、夢だったのかしら。また会えるといいなぁ…………って、あの、ね、ヨル」
「うん」
「ごめんね」
「それこそ何の話かな? それよりもシズシラ」
「なぁに?」
「警戒心を頼むから持ってね」
「もう、だから何のお話?」
かくして、その年の万聖節の夜は、幕を閉じたのである。




