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【コミカライズ連載中!】落ちこぼれ魔女のためのメルヘン  作者: 中村朱里
番外編

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【コミカライズ決定記念・ヨル視点前日譚】ゴーゴーヘブン!

第一話の直前、魔女裁判に臨むヨルの話です。

いい天気だなぁ、とヨルは思った。


今日という日にふさわしい、とても美しい青が、頭上にどこまでも果てしなく広がっている。

足は自然と浮き立ちそうになるし、気を抜けば鼻歌まで歌いだしてしまいそうになる。


――うん、今日は、とてもすてきな日だ。


ふふ、ととうとう耐えきれなくなって笑みをこぼした途端、「ヨル!」とまさに悲鳴そのものの声が上がり、おやおや、とヨルはそちらを見下ろした。


ばちん、と目が合った。

涙でうるむ熟れたグミの実のような真っ赤な瞳が、もう本当にどうしようもなくなってしまった光を宿してこちらをにらみ上げてくる。


「何を笑ってるの……っ! もう、もうもうもう! そんな場合じゃないのよ!?」

「笑おうが泣こうが行先は変わらないんだよ? だったら笑っているほうが得策だと思わない?」

「それでも泣きたくなるときだってあるの! 今泣かないでいつ泣くの!?」


もおおおおおおっ! と頭を抱えながらも歩みを止めない彼女、シズシラの姿に、ヨルは浮かべていた笑みをこっそり苦笑に変えた。

彼女の言うことはごもっともだ。

シズシラにとっては、この道は泣きわめく以外に選択肢のない道だろう。

今こうして、ヨルとシズシラが歩む一本道は、このリュー一族の隠れ里における裁判所に続く唯一の道である。


“されこうべの場所”。

この道と裁判所一帯をまとめて、リュー一族はそう呼ぶのだと言う。


ゆるやかな丘になっているそこは、基本的には封鎖されており、滅多なことでは開かれることはない。

それが今回、自分達がこの道を歩むことになった理由など考えるまでもない。

理由はただ一つ。


――――罪人、シズシラ・リュー。リュー一族以外の者に、リュー一族の魔法を教授。

――――罪人、ヨル。リュー一族の魔法を行使し、世界各国に呪いを散布。


よって、ヨルとシズシラはそろって魔女裁判にかけられる運びとなり、こうしてこの“されこうべの場所”を歩むことになったのだ。

今回のシズシラとヨルの“やらかし”が明らかになった時点で、二人は一旦は牢に放り込まれたが、こうして実際に裁判が開かれる日には自分達の足で裁きを与えられる場所まで行けというのだから、なかなかどうしてリュー一族の掟は厳格で残酷だ。


途中で罪人が逃げ出すとは考えないのだろうか、と当初は思っていたのだけれど、実際来てみて、なるほどと思った。


――十三に渡って重ねられた結界とは恐れ入ったねぇ。


シズシラによってあらゆる魔法を教え込まれた今ならばよく理解できる。

綿密に、繊細に、そして何よりも厳重に。

この場所には、十三人の長老衆が自身の最高の魔力を駆使してそれぞれ織り上げた結界が、十三枚重ねられている。

流石の自分も、この結界には太刀打ちできない。

大人しくシズシラとこの道を歩むより他はないわけだ。


「わ、わたし、私が、この場所を歩むことになるなんて……!」

「まあやらかしちゃったしね」

「うううううううっ!!」


とうとうぼろぼろと泣き出してしまったシズシラはかわいい。

かわいくて、かわいそうだ。

シズシラが自分に魔法を教授してくれたのは、自分のためではなくて、シズシラ自身のわがままのためだったということくらい知っている。

それが嬉しくて、けれど嬉しいだけですませてしまうわけにはいかなくて、だから自分もまた罪を犯した。

けれどシズシラはこちらの気持ちなんて何一つちっとも知らないから、ヨルのことを責めようともせず、ただ自分の犯した罪だけを悔やみ嘆いている。


――責めてくれればいいのに。

――赦さないって。

――「あなたのせいよ」って。

――そう言ってくれれば、よかったのに。


解っている。

そんなこと、シズシラは絶対にしないしできない。

そういうシズシラだから、ヨルは罪を犯すことを決めたのだと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう?


――傷付くのかな。

――うん。きっと、傷付くんだね、きみは。


そうしてヨルは、シズシラを、今以上に、きっと、もっと泣いてしまうのだろう。

シズシラを泣かせたいわけではない。

彼女を泣かせていいのは自分だけだとは思っているけれど、何も好き好んで泣かせたいわけではないのだ。

いや泣き顔もかわいいけれど、どうせなら笑顔がいい。

『あの夜』に見せてくれたみたいな、とても嬉しそうな、とびっきりかわいい笑顔が見たい。


――きっともう、叶わないけれど。


それでもなお、と決めた。

赦してくれなくていい。

どれだけ泣かれたってもう構わないのだと、決めてしまった。

けれどせめて、許される限りの、残された時間だけはと、そう願ってしまう自分の罪深さが、こんなにも悔しくて憎らしくて、それでもなお諦められない想いだけがここにある。


「シズシラ」

「な、ぁに」

「手を繋ごう。ほら、僕らふたりなら、きっと大丈夫だよ」

「ぜんぜん信用できないぃぃぃぃぃ……」


手厳しい反応である。

それでもぐすぐすと泣きながら、ヨルが差し伸べた手を握り返してくれるシズシラは、やっぱりかわいくてかわいそうで、そしてやっぱり、なによりもかわいくてならないのだ。


シズシラの手は小さくて柔らかくて、日々薬草を取り扱っているせいで荒れてはいるけれど、それこそが彼女の頑張りの証なのだから、すべてが大切だ。

その手荒れを治すために、彼女が作った軟膏を塗ってあげる時間が好きだった。

ああいや、違う、過去形ではなくて、今でも好きで、大好きで、やっぱり大切だ。


幼いころもこうして手を繋いで歩いた。

どこまでだってシズシラとなら行けるのではないかと夢見た。

叶わない夢だ。願ってはならない夢だ。


それでも。



――それでも、僕は、きみと、どこまでもいきたかった。



かつて神の子は、自らがはりつけにされる場所まで、大きく重い十字架を背負って歩かされたのだという。

それがこの道なのだとしたら、自分にとっての十字架はシズシラか。

大きくて重い、罪と罰の証。


――冗談じゃないなぁ。


ヨルにとってのシズシラは、十字架などではない。

世界でいちばん大切な宝物で、生きる意味で、輝ける奇跡だ。

だからこの道は、グリーンマイルなどではなく。



――さいしょでさいごの、ヴァージンロードだって言ったら、きみは笑ってくれるかな。



ぎゅ、と繋いだ手に力をこめる。

シズシラが同じように握り返してくれるこの手を、ヨルは絶対に放さない。放してなんてあげない。

たとえ、この道の先に。


――僕が、いなくなったとしても。


魔女裁判できっと、ヨルもシズシラも、重い罰を背負わされることになるだろう。

シズシラはともかく、今後の世界情勢において魔女狩りの時代を招きかねない事態を巻き起こしたヨルに科される罰は、並大抵のものではすまされないに違いない。

すべて、覚悟の上だ。

それでもなお、ただ一つ、望むことは。


――シズシラと一緒にいたいなぁ。

――ずっとずっと、ずぅっと、そばにいられたらいいのに。


そのために犯した罪を、後悔することはない。誰が後悔などするものか。

シズシラ。シズシラ。

シズシラのためならなんだってできるのに、シズシラのためになんだってしたいのに、それなのにヨルは、結局自分のことを優先して、シズシラのことをこれからずっと泣かせ続ける。

ヨルが選んだのは、そういう道で、それがこのグリーンマイルでありヴァージンロードだ。

この道の先にあるものが何であるのかを知っている。そう、すべて、覚悟の上だ。


どんな結末も、すべて、ヨルの想定の範囲内。

自分が望んだ未来でしかない。



――――――――――そのはず、だったのだが。



まさかこのあと自分が猫にされるだなんて、ヨルはこれっぽっちも、想定してなかったのである。


かくして、一人の落ちこぼれの魔女と、一匹の無力な猫の旅が、幕を開けるのだ。

タイトルでお察しかと思われますが、お知らせがございます。

『落ちこぼれ魔女のためのメルヘン』、コミカライズが決定いたしました!

詳細は活動報告にて。

なにとぞよろしくお願いいたします!

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