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【5】

歌うように、祈るように、願うように、すがるように。

彼は、ヨルは、じぃとシズシラを見上げて続けた。



「君が、好きなんだ。シズシラ」



だから、と、彼は笑う。

初めて見る笑い方だった。


そんな笑い方、シズシラは見たくなんてなかったのに、どうしようもない諦めをにじませながら彼は笑うばかりだ。


「君はもう落ちこぼれなんかじゃない。諸外国からの依頼も任せられる、リュー一族が誇る立派な魔女だ。血赤珊瑚の長もお喜びになられていることだろう。僕の役目はもう終わり。もう君のそばにいられる理由はないんだ」

「……!」


その言葉に、シズシラは今度こそ言葉を失った。


なんだ、その言い振りは。

それでは、それではまるで、と、震えるばかりのシズシラを、ヨルはやはり切なげな、そして同時に身を焦がすような熱を宿した瞳で見上げてくる。


星明かりだけが頼りになるこの場において、その星明かり以上に強くまばゆい光に、シズシラはひざまずいていた状態から、ぺたんと尻餅をついた。

ヨル、と唇をわななかせるシズシラの瞳に、なみなみと涙がにじむ。



「私の、ため、だったの」



いつかシズシラとヨルは離れ離れになる。

それはシズシラばかりではなく、ヨルにとっても解り切っていた事実だったのだろう。

無事にフォルトゥランに帰還できるにしろ、小人に喰らわれることになるにしろ、ヨルにとってはシズシラと離れることには変わりがない。

もしかしたら、いいや、確実に、そのことを彼はシズシラ以上によくよく理解していたに違いない。


だから彼は、シズシラを導いた。

たとえシズシラがヨルと離れ離れになってひとりぼっちになったとしても、一人の魔女として立派に生きていけるように、〝銀の魔法使い〟としてお膳立てをしてくれた。


そうだ、シズシラはヨルに、自分が勝手に魔法を教え込んだとばかり思っていたけれど、そのきっかけは、ヨルが自分から教えてほしいと言い出したからだった。

あまりにも軽く頼まれたものだから、今の今までそんなこと気にも留めていなかったけれど、あの時からヨルは、〝こういう〟つもりだったというのか。


そんな、と座り込んだまま呆然とするしかないシズシラを、ヨルは困ったように見つめてくる。


「君のためばかりではないよ。僕は僕のために魔法を行使したんだ。君はいずれリュー一族の魔女として名を立てるだろうけれど、そのきっかけになったのは僕が犯した罪だ。君は自分が褒め称えられるたびに、自分の罪を、僕の罪を、僕自身のことーー〝ヨル〟のことを思い出すことになる。君はこれから一生、僕のことを忘れられない。なんて素晴らしいんだろう。〝まっとうなる善意〟なんかじゃない。僕は僕の恋のために、奇跡という禁忌の罪を犯したんだ。シズシラ。君は僕を赦さなくていいよ」


赦さないでいてほしい、と、言われているような気がした。

忘れないでいてほしい、と、すがられているような気がした。


あ、と、シズシラの口がぽかんと間抜けに開く。

怒るでも悲しむでもなく、ただただ驚きのままに言葉を完全に失って、自身のことを見下ろすばかりになったシズシラのことが、流石にヨルも心配になったのだろう。

「シズシラ?」と彼がシズシラを呼ぶ。呼んで、くれる。


その響きの尊さを、どうして彼は、ヨルは、シズシラから奪おうとするのか。

まだシズシラは、ヨルのことを、もっともっと、〝ヨル〟ではなく〝ユオレイル〟と呼びたいのに。

もっとヨルに、ユオレイルに、シズシラと同じ響きを味わってほしいのに!


カッ! とシズシラの熟れたグミの実のような瞳が、燃え盛る炎のような熱を宿す。

そう、それこそが、ユオレイルと同じ、互いの身を焦がす恋の炎だ。


ぱちん! と大きく目を瞬くユオレイルに対して何も言わずに、シズシラは鳥かごに手を伸ばす。

触れた瞬間、鳥かごはじゅうとシズシラの手を焼いた。

ユオレイルがぎょっと鳥かごの中から手を伸ばし、なんとかシズシラの手を引き剥がそうと引っ掻くが、いたずらにシズシラの手を傷つけるばかりで、その手が鳥かごから離れることはない。


「シズシラ!」とユオレイルが声を荒げる。


「よせ、離すんだ! この鳥かごは持ち主以外が触れられないように呪いがかけられている! 手が使い物にならなくなってしまうんだよ!? シズシラ、聞いて……っ!?」

「聞いてるわよ! 聞いてるけど、聞けないの! この手を離したくないの!」


じゅうじゅうと相変わらず手を灼かれながら、シズシラは両手で視線の高さまで鳥かごを持ち上げた。

ユオレイルの瞳が惑うように揺れる。

その瞳を「ユオレイル」と呼ぶことでこちらに固定させて、シズシラは痛みで脂汗を流しながらも、それでもなお笑ってみせた。




「ユオレイル。私も好き。あなたが大好きよ。前にもちゃんと言ったでしょう? それとも、もう覚えていない?」



ユオレイルが銀の魔法使いたるヨルとして、リュー一族の隠れ里から一時出奔する直前の夜、彼はシズシラに好きだと言ってくれた。シズシラもまた彼に好きだと伝えた。

あの言葉を、その意味を、ようやくこの胸で確かに噛み締める。

ユオレイルの瞳に困惑がにじみ、途方に暮れたような悲しみが満ちていく。


「そ、れは、僕と同じ意味じゃな……」

「ばか」

「は?」

「馬鹿。私も馬鹿だったけど、あなたも馬鹿だわ。ねえ、ユオレイル。私があなたと一緒にいたのは、私があなたと一緒にいたかったからよ。それじゃこの想いの理由にならないかしら」


義務ではなく自分の意志で彼とともにあった日々の、なんて美しかったことだろう。

世界はこんなにも美しかった。

それを教えてくれたのは、今この腕の中にいる存在だ。


手を焦がし身を灼かれながらも、シズシラは鳥かごを抱き締めた。


「私は今まで出会った方々みたいにまことの愛なんて知らないけれど、でも、あなたと一緒にいたことが、その理由であり証であると思うの。ううん、一緒にいなくたって、あなたが確かに存在してくれている、それだけで十分。あなたの存在が、私にとっての〝まことの愛〟だわ」


そしてシズシラは、再び視線の高さまで鳥かごを持ち上げる。

痛みはもう感じない。

ただただ何よりも得難い愛しさと恋しさだけが胸を満たす。


びたんっと鳥かごの柵に限界までくっついて、懸命にこちらに手を伸ばしてくる銀の猫の、その口に、シズシラは鳥かごの柵越しに唇を寄せる。



「愛してる、ユオレイル」

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