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【4】

それから、ずっと、ずぅっと、シズシラとヨルは一緒にいた。

シズシラの落ちこぼれぶりにどんどん周囲がシズシラを見放しても、ヨルだけはずっとそばにいてくれた。


それでもいつか彼が〝ユオレイル〟として、フォルトゥランに帰ることは解っていた。

だから、だから、シズシラは。



「……結局、私のせいじゃない」



まなじりから涙が伝い落ちて、ふかふかの枕を濡らした。

ここは長老衆が集う塔の一角、血赤珊瑚の長たるライラシラ・リューの私室のベッドだ。

母の姿はない。おそらく、いいや確実に、他の長老とともに、フォルトゥラン側との交渉に向けて奔走しているのだろう。


王子を奪われたフォルトゥラン側は怒り狂い、ともすれば魔女狩りにすら臨むかもしれないが、もとを正せば所詮フォルトゥラン側が撒いた種である。

他ならぬ王妃ともあろう女性が、タチの悪い小人と誓約を交わし、その尻拭いにリュー一族を引っ張り出した挙句にうまくいかなかったからと魔女狩りを始めるなどという事実は、リュー一族の世話になっている他国にはおおっぴらにはできない内情だろう。

そのあたりをうまいこと使って長老衆はこれまでとは変わらないやりとりをフォルトゥラン側に求めるに違いない。


そう、そうやって、何も変わらない日常が戻ってくる。

ただひとつ、〝ヨル〟がいないという違いだけを残して。



「そんなの、いや」



シズシラが犯した罪。

それはリュー一族にあらざる存在たるヨルに、魔法を教えたことだ。


ヨルに自分のことを忘れてほしくなかったから、覚えていてほしかったから。

だからシズシラは、ヨルに乞われるがままに、自身は行使できない奇跡の御業を教授した。

そしてヨルは、銀の魔法使いと呼ばれる稀代の魔法使いとなり、各国でさまざまな問題をしでかしてくれた。


その問題をしでかす際、すなわち彼が魔法を行使する際に口にする、彼の本当の名前――〝ユオレイル・ノッテ・フォルトゥラン〟という響きが、リュー一族が総出で隠していた彼の存在を、彼の名前に連なる誓約のもとに小人に知らしめ、彼を再び小人にさらわせてしまったのだ。


ヨルのことを猫の姿に変えたことでしばらくは小人の目と耳をごまかせたけれど、シズシラの危機のたびに本来の姿を取り戻して真名を口にするヨルに、小人が気付かないはずがなかった。


そう、結局、シズシラのせい。


ライラシラはもういいと言ってくれた。

もうヨルのことは忘れてしまえばいいと。


確かにそうかもしれない。

シズシラはきっと、もう、彼がいなくてもやっていける。

けれど。


「私が、いやなんだもの!」


かけられていたブランケットを蹴り飛ばして跳ね起きる。

すぐそばに畳んで置かれていたローブを羽織り、ついでに異次元鞄も手に取ってそこから箒を取り出した。


外は暗い。フォルトゥランの森までは箒でも数日かかる。しのごの迷っている暇はない。


だが、勢いのままに窓に走るシズシラの視界を、真っ黒な翼が覆う。

バッサバッサとシズシラの邪魔をするのは、母の使い魔のカラスである。


シズシラとも付き合いの長いカラスが、懸命に、そのまなこに憂慮の光を宿して、シズシラを止めようとしてくれる。

だからシズシラは、長らくシズシラにも親切にしてくれたカラスを抱き締めた。

大人しく腕に収まってくれる大きなカラスに、そっと耳打ちする。


「お母様に、ごめんなさいと伝えてちょうだい」


シズシラの決意が揺るぎないものであると悟ったのだろう。

離れていくカラスに笑いかけ、シズシラは箒にまたがって窓から飛び出した。


向かうはもちろん、フォルトゥランの星落ちる深き森。

シズシラがヨルと――ユオレイルと初めて出会った、あの森だ。


そして、数日後。


シズシラの記憶がさだかでなくなり始めたころのことだ。

ギリギリのところで最低限の休憩を取りながらもほとんど眠らずに空を飛び続け、ようやくシズシラは、フォルトゥランの森へとたどり着いた。


本来、森に立ち入るときには必ず森長に対して魔女は名乗りをあげなくてはならない。

けれどシズシラは沈黙したまま森へと足を踏み入れた。

だってここではシズシラは正統なる客人ではない。

森の住人である小人の宝を奪おうとする盗人なのだから。


森に入れば迷ってしまうことは解っていた。

けれどだからと言って森に入らない理由にはならない。

シズシラには、必ず取り戻したい宝物がある。


そのためならば、と、幼いころのおぼろげな記憶を頼りに足を進め続けて、どれだけの時間が経過したか。


夜のとばりが下りる。森に夜が訪れる。

既にぼろぼろになった足をそれでも進めるシズシラは、魔法の呪文を唱えるように、ヨル、ううん、ユオレイル、と、自らの唇を震わせた。



「……流れ星?」



星が落ちる。いくつもの星が落ちる。

それは、七歳のシズシラが見たのと同じ光景だった。


天から落ちる星々はすべて同じ方向へ向かい、気付けばシズシラはそちらへ向かって歩き出していた。


七歳の時と同じように、あちこちを草木に引っ掛けながら進んだ、その、先。

輝く星がいくつも地面に転がる中に置かれていたのは、大きな、ではなく、小さな鳥かご。


そしてその中にうずくまっていたのは、星よりももっとまぶしい、美しい少年、ではなく。



「ヨル!」

「……シズシラ?」



美しい銀の毛並みの猫が、鳥かごの中から驚いたようにこちらを見つめていた。


信じられない。どうして。なんで。

その青と黄の瞳がそう語っている。

らしくもなく心底動揺しているらしいヨルの姿が、猫の姿も相まって大層可愛らしく思えてしまって、シズシラは思わず笑ってしまった。


ヨル。ヨル。よかった。また、会えた。


たったそれだけのことでこんなにも嬉しくて、たったそれだけのことがこんなにも幸せなのだということを痛いくらいに思い知らされて、シズシラはぼろぼろの足の痛みなんてすっかり忘れて、鳥かごのもとへ駆けた。


「ヨル、ヨル、迎えにきたの。一緒に帰ろう」

「シズシラ……」


鳥かごの前にひざまずいて訴えるシズシラに、ヨルは本当に、本当に困った顔をした。

猫が困るとこんな顔をするのかとやけに納得するシズシラを、鳥かごの向こうから見上げて、ヨルは溜息を吐いた。


ほとほと困り果てたような諦めがたっぷり、隠し切れない喜びがひと匙にじむ、なんとも複雑で器用な溜息だった。


「駄目だよ、シズシラ。小人との誓約は、僕が生まれる前に交わされた、僕の魂を縛るものだ。こうやって再びあいつに見つかってしまった今はもう、この鳥かごを破るすべはない。僕が猫の姿であることにあいつはいたくおかんむりでね。なんとか元の姿に戻そうとやっきになって、今は出かけているけれど、君が僕をさらってたら、今度こそ、誓約にかけてあらゆる種族の手を借りてリュー一族に喧嘩を売るよ。そうなる前に、早く君は帰るんだ」


とくとくと言い含めるような言い回しだ。

聞き分けのない子供に言い聞かせるようにヨルは言う。


その言葉がどれだけシズシラを傷付けているのか、彼は気付いているのだろうか。

賢くて聡い彼のことだから、気付いていない訳がない。

彼はわざとシズシラを傷付けて、自分のことを見捨てさせようとしている。


ああ、なんてひどいのだろう!


「ヨル、私は」

「っだから、僕は!」


鳥かごに伸ばした手を、鳥かごの柵の向こうの猫の手が、ぺちりと跳ね除ける。


鋭い爪に引っかかれて息を飲むシズシラに、自分の方がよっぽど傷付いた顔をしながら、ヨルはらしくもなく……本当にらしくもなく、余裕なんてかけらもない様子で怒鳴って、それからやっと、切なげにそのひげを震わせた。

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