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第7章 ルンペルシュティルツヒェン【1】

むかし、むかしのお話です。


貧しい粉屋に、貧しくとも誰もが見とれずにはいられないような、それは美しい娘がおりました。

娘の父親である粉屋は、王様に、「私の娘はわらを黄金に紡ぐことができるのです」と申し上げました。王様は引き合わされた美しい娘に、一目で恋に落ちました。娘もまた、凛々しい王様に、同様に。


しかし王様と娘では身分が違います。

いくら結婚したくても、家臣達に反対されるのは目に見えていました。

そこで王様は、娘をお城に連れ帰り、お城の塔に娘と糸車、それからたっぷりのわらを閉じ込めました。


「美しい娘、愛しい娘。お前が黄金を紡いでくれたならば、家臣達も認めてくれるだろう。私達は添い遂げられるだろう。どうか娘よ、お前のその手で黄金を紡いでおくれ。けれどそれが叶わなければ、私はお前を手に入れるために、誰にもお前を奪われないために、お前を殺してしまうだろう」


そして王様は塔をあとにされました。


娘に与えられた猶予は三日。

いくら愛しい王様の望みとはいえ、娘はわらを黄金に紡ぐことなどできません。

ならば自分は愛しい王様に殺されるしかないのだと思うと、娘は悲しくてしくしく泣きました。


初めての夜、しくしく泣いている娘の元に、鍵がかかっているはずの扉が開き、一人の小人が入ってきました。


小人は言いました。


「お前の首飾りと引き換えに、わらを黄金に紡いでやろう」


娘は首飾りを小人に渡し、小人はわらを黄金に紡ぎました。


次の日の夜、やはりしくしく泣いている娘の元に、鍵がかかっているはずの扉が開き、一人の小人が入ってきました。


小人は言いました。


「お前の指輪と引き換えに、わらを黄金に紡いでやろう」


娘は指輪を小人に渡し、小人はわらを黄金に紡ぎました。


そして最後の夜、しくしく泣いている娘の元に、鍵がかかっているはずの扉が開き、一人の小人が入ってきました。


小人は言いました。


「いずれ生まれるお前の最初の子供と引き換えに、わらを黄金に紡いでやろう」


娘はそれはできないと断ろうとしましたが、小人は諦めません。


「わらを黄金に変えられなければ、お前は殺されるんだぞ!」


詰め寄ってくる小人に、とうとう娘は、いずれ生まれる最初の子供を小人に引き渡す約束をしてしまいました。そうして、小人はわらを黄金に紡ぎました。


次の日の朝に塔にやってきた王様は、部屋いっぱいの黄金を見て、歓喜に打ち震えました。


「これでお前と結婚できる!」


娘は王様と結婚し、王妃様になりました。

王様と王妃様は仲睦まじく、やがて王妃様はひとりの王子様を授かりました。


その産褥の床に、あの小人がやってきました。



「約束だ! さあお前の子供をよこせ!」



王妃様は他のどんな宝物でもさしあげるから、どうか王子様を連れていかないでと懇願しました。

小人は王妃様の懇願に根負けし、「三日後までにオレの名前を当てられたら、子供は連れて行かないでおいてやる」と言いました。


王妃様は王様とともに、国中からあらゆる名前を集めました。かわいいかわいい王子様を、小人に奪われないために。


そして三日後、小人がまた王妃様の元にやってきました。

王妃様は国中から集めたあらゆる名前を口にしましたが、正解することはできません。


そして、そして、かわいいかわいい王子様は――……




「…………ヨル?」




ふわりとふかふかのしっぽでほおを撫でられたような気がして、シズシラは目が覚めた。


夢を見ていた。

確かに知ってる、忘れてはならない、母ライラシラに繰り返し教え込まれた物語を辿る夢を。

そして、そして、王子様は。


そこまで思ってから、シズシラはベッドの上で上半身を起こし、はあと溜息を吐いて両手で顔を覆った。


ヨルが姿を消してから、もう一週間だ。

せっかくリュー一族の隠れ里に、憂いなく帰還を果たせたのに。


シズシラとヨルがドルトヘンヴィルトに滞在している間も、まだヨルの姿が猫のままである件について、長老衆はかなり頭を悩ませていたという。

帰還したその日に報告のために長老衆のもとを訪れたところ、「お前と一緒ならばすぐに元に戻ると思っていたんだが……こういうところまで落ちこぼれか……」ととある長老は溜息を吐き、他の長老もうんうんうんうんと深く何度も頷き、母であり血赤珊瑚の長であるライラシラは「似なくていいところばかり父親に似たな……」と遠い目になり、ヨルはけろりと「なんだかすみませんね」と笑い、シズシラはそんな彼らの悪意のない言葉の数々によく解らないままに散々心を傷つけられこうべを垂れることしかできなかった。


そしてその次の日には、ヨルの姿はどこにもいなくなっていたのである。


最初は、またちょっとした小旅行のつもりなのかと思っていた。

猫の姿であるとはいえ、中身は人間の彼は、シズシラに付き合って忙しい日々を送っていたのだから、息抜きをしにいったのかな、と。


けれど二日経っても、三日経っても、彼はシズシラの元には帰ってこない。

やがて長老衆が隠れ里中の魔法使いと魔女に「ヨルを探すように」という通達を出した時になってようやくシズシラは、ヨルが本当にどこにもいなくなってしまったことを知ったのだった。


それからというもの、シズシラはシズシラなりに、他の魔法使いや魔女と同様に、ヨルを探すようになった。

隠れ里にはもう彼はいないことは解っている。

猫の足でもたどり着ける範囲の隠れ里の近隣を箒で飛び回り、それでも彼が見当たらないことを悟ると、先達てヨルとともに訪れた国々の貴人にも手紙をしたためた。


「そちらにヨルはお邪魔していませんか?」というシズシラの問いに対し、どの国の尊き身分の方も、「彼を見かけてはいないが、こちらでも協力させてもらいたい。見つけ次第必ずあなたに連絡する」といった旨の返信をすぐさま寄越してくれた。

そして、その返信には、誰もがシズシラを気遣い、行方不明の銀の猫への心配も記されていた。

それらの手紙に、シズシラはどれだけ勇気づけられたことか。


――ねえヨル。あなたの〝まっとうなる善意〟は、確かにあの方々に伝わっていたのね。


散々「どこが善意なのよ!?」とシズシラは叫んだものだが、すべてが解決されてみれば、誰もが銀の魔法使いに感謝し、その上で彼の不在を憂いてくれている。

その事実を、ヨルは知っているだろうか。

いいや、きっと知らないだろう。

だからシズシラは、その事実を彼に伝えたい。

彼のことを責めてばかりいたことを心から謝って、それから、彼が本当にすばらしい魔法使いであるのだということを讃えたい。


だから今日もシズシラは、食事も睡眠もそこそこに、箒にまたがってあちこちヨルを探し回るのだ。


本日はリュー一族の隠れ里から向かって東方面の渓谷を改めて探しに行こう、と、箒にまたがって我が家を後にしようとした、ちょうどその時、シズシラの耳に大きな羽ばたきが聞こえてきた。

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