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【コミカライズ連載中!】落ちこぼれ魔女のためのメルヘン  作者: 中村朱里
本編

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【8】

風が、風が、風が吹く。

そよ風程度であった風が徐々に強く荒々しくなり、暴風と呼ぶべき風が……違う、これは魔力だ。


膨大な魔力の奔流が、バルコニーを襲い、シズシラ達を捕らえていた兵士達を薙ぎ飛ばす。

大司教もまたその身体を吹き飛ばされて倒れ伏す。

しかしシズシラ、エリザ妃、王妹には何の影響もない。


魔力の奔流の中心に気付けば佇んでいる存在がいる。

銀の猫の姿はなく、かわりにそこにいるのは、流れ星を集めた髪と青と黄の双眸を持つ、麗しく美しい青年だった。


凍える真冬の氷よりもよほど冷たい、その瞳に射抜かれたならば絶命してしまうのではとすら思わせるまなざしで大司教をちらりと見つめた青年……ヨルは、呆然と立ちすくむエリザ妃と王妹をさしおいて、床に伏したままやはり呆然としているシズシラを、その細腕で軽々と抱き上げた。


「ヨ、ル」

「大丈夫?」

「う、うん」

「嘘」


シズシラの強がりを一言で切って捨てたヨルは、シズシラの切れて血がにじむ唇の端に、そっと自らの唇を寄せた。

同時にシズシラの顔の痛みが一瞬で消え失せる。

治癒魔法、と内心で呆然としたままつぶやくシズシラを、何よりも大切そうに両腕で抱き上げながら、ヨルは恐ろしいほど平坦な声を紡ぐ。


「〝ユオレイル・ノッテ・フォルトゥランの名の下に。贖え。償え。その命を捧げるより他に、貴様達の罪が赦されるときは訪れず。ユオレイル・ノッテ・フォルトゥランは貴様達を断罪すーー〟」

「っヨル! ユオレイル! だめ!」


ヨルの腕の中で、シズシラが悲鳴のように叫んだ。


ヨルが紡いだ詠唱は、対象の命を最高の苦痛とともに奪う、残酷極まりない魔法のためのものだ。

いくらなんでもやりすぎだと懸命にヨルの胸を叩くと、ようやく彼のまなざしがこちらへと向けられる。


そこにある不満げな色に、安堵してしまった。

まだ大丈夫だ。ヨルにはまだ感情がある。

だとしたら、シズシラの言葉は彼にちゃんと届くはずだ。



「ユオレイル」



ヨルの本当の名前を呼んで、シズシラはじっと彼を見上げる。

見つめ合うことしばし、先に動いたのはヨルの方だった。

心底辟易したように深く溜息を吐いた彼は、ぎゅうとシズシラを抱き締めたかと思うと、シズシラを地面に下ろし、そして再び口を開く。


「〝ユオレイル・ノッテ・フォルトゥランの名の下に。風よ。風よ。この城の主人を疾く招け〟」


ゴオッと風が吹く。

目が開けていられなくなってまぶたを下ろすと、不意に額にやわらかな感触が触れた気がした。

それがなんたるかを理解するよりも先に、風は止み、足元には銀の猫がいて、そして、それから。



「お兄様!?」



王妹がひっくり返った声を上げた。そう、地方に視察に出ていたはずの国王が、このバルコニーにいきなり現れたのである。


本人もどういうことなのか解っていないらしいが、周囲を見回し、倒れ伏してうめく大司教と見慣れない兵士達の姿を認めたかと思うと、ほぼ同時に状況を悟ったらしい。

凛々しい顔立ちを怒りに険しくして、国王は騒ぎを聞きつけてやってきた騎士達に目配せを送る。


主人と同じく聡い騎士達は迅速に動き、大司教達を縛り上げていく。

地面に転がされながらも、大司教はつばを吐き散らかしながらがなり立てた。


「陛下、国王陛下! だまされてはなりません! その三人の魔女はこのドルトヘンヴィルトに災いをもたらします! 特にそのエリザとか言う女、すべてその女が元凶です! 早くその女を……!」


大司教は、今回の件において発端となったエリザ妃だけでもと思ったのだろう。

今更何を言っても無駄だというのになんとも諦めが悪い。


愛しい妻を侮辱された国王が怒りに顔を赤らめるが、それよりも先に、王妹が動いた。

彼女もまた怒りに顔を真っ赤にして、すばやい動きで地面に散らばったイラクサの鎖帷子をかき集める。


「これをごらんなさい! エリザお義姉様が、我が身を傷付けてまで作り上げたまことの愛の証! 兄君様方のために一生懸命頑張られたエリザお義姉様のまことの愛を侮辱することは、この私が赦さなくてよ!」


その時だ。

バルコニーに向かって、多数の――いいや、ぴったり十一羽の白鳥が舞い降りてくる。


ハッと息を飲んだ王妹が国王に寄り添われているエリザ妃を見遣る。

エリザ妃は深く頷いた。

それを合図にして、王妹は、抱え上げた十一着のイラクサの鎖帷子を空に向かって放り投げる。


その一着一着を身にまとっていく白鳥の姿が、次々と、エリザ妃の面差しによく似た美しい王子の姿へと変じて、バルコニーにこれまた次々降り立つ。


合計十一人の、美しい王子がバルコニーに並ぶその姿。

それは、奇跡のような光景だった。


騒ぎを聞きつけてやってきた城勤めの者達ばかりではなく、バルコニーの下の城下町から騒ぎを見守っていた国民達の口からも、大きな歓声が上がる。


そして。


「国王陛下。わたくしの愛しい旦那様。今日までわたくしのことを信じてくださり、本当にありがとうございました」

「エリザ……!」


兄君達が人間の姿を取り戻したことで、ようやく口を開くことを許されたエリザ妃が、喜びに涙ぐみながら国王に向かって可憐に一礼してみせる。

感極まった国王が、そんな彼女を思いきり抱き締めた。

兄王子達はようやく妹が掴んだ幸福に、安堵と歓喜をその顔ににじませる。

シズシラもまたヨルを抱き上げ、仲睦まじい夫婦の甘い光景にほおを緩ませた。


だが。



「うわあああああんっ!」



突如として、悲痛な泣き声が上がった。この幸福の場にふさわしからぬ泣き声だ。

そちらを見遣れば、王妹が大粒の涙を流しながら泣きじゃくっており、そんな彼女のとなりで、十一番目の兄王子が困ったように苦笑している。


その十一番目の王子の姿に、誰もが「あっ」と声を上げた。



「そういえば、最後の一着の袖は作りかけだったね」



シズシラの腕の中でヨルがつぶやいた。

つまりはそういうことだった。


十一番目の兄王子が着ているイラクサの鎖帷子には、片腕が欠けており、そこから伸びる腕は人間のそれではなく真白い翼だ。

王妹がわんわん泣きながら、何度もごめんなさいと繰り返す。


「ごめっごめんなさい、ごめんなさい王子様! 私が、私が下手くそでのろまだったから間に合わなくって! 私の馬鹿、ちゃんと完成してから王子様に鎖帷子を差し上げなくちゃいけなかったのに、それなのに私、私……!」


ごめんなさい、と泣きじゃくる王妹に対して、十一番目の兄王子はかぶりを振り、王妹の前にひざまずき、彼女の手を、人間の片手と、そしてもう一方の白鳥の翼で、そっと包み込む。


驚きに泣くのを忘れてぽかんとする王妹に、十一番目の兄王子は優しく、そして甘く微笑んだ。


「あなたのおかげで、僕らも妹も救われたんだ。お礼を言いこそすれ、どうしてあなたを責めるような真似ができるだろう?」

「で、でも……!」

「でも、それでもあなたが納得なさらないのならば、僕はあなたに、この翼のかわりの腕になっていただきたい。あなたにこの翼を捧げるかわりに、僕の妻になっていただけないだろうか」

「……!」


王妹の顔色が、怒りとはまったく異なる理由で、先程よりももっとずっと真っ赤になる。

あ、その、ええと、と、懸命に言葉を探す王妹を、十一番目の兄王子はやはり優しく、そして甘く見つめている。

そんな二人を国王とエリザ妃が幸せそうに見守り、他の十人の兄王子達が笑いながら無邪気にはやし立てる。


その様子を見届けて、シズシラは異次元鞄から箒を取り出した。



「それでは皆様、私はそろそろ失礼いたします。エリザ妃殿下、王妹殿下、どうか末永くお幸せに」



箒にまたがり、ヨルを乗せてバルコニーを後にする。

バルコニーに残してきた人々が「まだ御礼もできていないのに」と別れを惜しみつつも大きく手を振ってくれているのが解って、シズシラは胸がいっぱいになる。


いつものように、器用に箒の柄の先端に移動したヨルの後ろ姿を見ながら、口の中で、まことの愛、という言葉を転がした。


まことの愛とは、きっと、エリザ妃が示したように、周囲に何を言われ何をされても揺らぐものではないのだろう。

けれど同時に、王妹が示したように、周囲の意見を取り入れてしなやかにより強く変化するものでもある気がする。



――ねえヨル。あなたにとっての、まことの愛は?



問いかけたくても、実際に口にしてしまったら何かが壊れてしまうような気がして、シズシラは何も言えなかった。


そのまま一人と一匹は、リュー一族の隠れ里に朗報とともに帰還を果たすことになる。



そうして、ヨルの姿がシズシラの前から――いいや、リュー一族の隠れ里から、綺麗さっぱり消えてしまったのは、そのすぐ次の日のことだった。

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