【6】
王妹の後を追って王城を駆け抜け、向かうは国王の執務室である。
城務めの者達の「あらあら今日も姫様はお元気だこと」「おやおや今日はまた兄王陛下をどう休憩させるのやら」というあたたかい視線を受けながら駆ける王妹、そしてその後を追うシズシラとヨル。
国王の執務室にたどり着くなり、王妹は先程と同じく問答無用でバターン!! と扉を開け放った。
衛兵も侍女も慣れたものらしく、ほほえましげにその様子を見守っている。
いいのかそれで。
「お兄様! エリザお義姉様についてお話しがありますの!!」
「またそれか。お前や大司教になんと言われようとも、私は彼女と離縁するつもりは……待て、エリザお義姉様だと? それが彼女の本当の名前か? というかお義姉様だと?」
執務室で政務に励んでいたらしい、その頭に王冠をいただく王妹とよく似た面差しの凛々しい青年が、ぽろりと手から羽根ペンをこぼれ落とした。
王妹と同じ薄い灰色の瞳を瞠る兄王の元にツカツカと王妹は歩み寄ると、彼の執務机にダンッと拳を叩き付けた。
「お兄様、一生のお願いです。エリザお義姉様の元に、国中のイラクサを集めて届けてさしあげてくださいまし」
「は? な、なん……なんの話だ? お前は彼女のあの行動を一番厭っていたではないか」
「その通りですぞ!」
戸惑いを隠さない国王のそばに実はいた、豪奢な白の祭服を身にまとったでっぷりとした老人が声を上げた。服装から察するに彼がうわさの大司教だろう。
ヨルがふんふんと鼻を鳴らし「俗物の臭いがする」とつぶやいた。
シズシラもシズシラで「なんか摂生とはほど遠い生活を送っていそう」とは思ったものの、思っただけで口に出すような愚は犯さなかった。
とりあえず羽織っているローブのフードを深く被り直すかたわらで、国王に詰め寄っていた王妹がぎろりと大司教をにらみ付けた。
「大司教様、よくもだましてくださったわね」
「だ、だますなど人聞きの悪い……! わたくしめはあの魔女がいずれ国王陛下に、ひいてはこのドルトヘンヴィルトに災いをもたらすに違いないと思い、進言したまでで」
「それがガセネタだったって言っているのよ! こちらのリュー一族の魔女さんが、エリザお義姉様の真実を教えてくださったわ!」
「リュー一族ですと!?」
大司教が裏返った声を上げ、国王もまた更に目を見開き、二人の視線が王妹の背後にいたシズシラへと向けられる。
おっとこれはもしかしなくても飛び火してきたなぁと思いながらも、もうこうなったら言い逃れもできないので、シズシラはせっかく被ったフードを再び取ることとなった。
「ご紹介にあずかりました、リュー一族が魔女、シズシラ・リューと申します。国王陛下のお妃様である、エリザ様について、お知らせしたい旨があり、王妹殿下からのお招きにあずかり、隠れ里より馳せ参じました」
リュー一族の証として、両手を祈るような形に組み合わせて一礼をしてみせれば、国王が驚きに妹を見遣り、兄に見つめられた王妹は深く頷きを返した。
たったそれだけのやりとりで通じ合う兄妹とは逆に、大司教は「リュー一族だと……っ!?」と控えめに言ってふくよかな身体をぶるぶると震わせ始める。
「リュ、リュー一族の忌まわしき魔女を招くなどっ! 王妹殿下、あなたまであの妃の座に居座る魔女に惑わされなさったか!」
「おだまりなさいな、そっちこそエリザお義姉様のことを何も知らないくせに好き勝手なデマをでっち上げて……! ああもう悔しい! すっかりだまされたわ! 魔女さん、お兄様とこのデブ……失礼、大司教様に、エリザお義姉様の真実を教えてさしあげて!」
「か、かしこまりました」
さりげなく大司教のことを罵った王妹の勢いに圧倒されつつも、シズシラはエリザ妃の事情を国王と大司教に語った。
すべてを語り終えた時には、国王は今にもけなげなエリザ妃の元に駆け出しそうな表情になっていて、反して大司教はやはりぶるぶるとデブもといふくよかな身体を震わせていた。
「彼女がそんな辛い思いをしていただなんて……。一瞬でも彼女を、エリザを疑ってしまった自分が私は恥ずかしい。皆の者、急ぎ国中のイラクサを集めよ! 私の愛しい妻、エリザの元にイラクサを届けるのだ!」
「流石お兄様!」
「落ち着きください陛下! こんな忌まわしい魔女の話を信じるとおっしゃるのですか!? こんな魔女、あのエリザとかいう女もろとも火あぶりにしてしまえばよろしいのです!」
「引っ込んでなさいこのデブ! 誰か! このデブを城から追い出してしまいなさい!」
「流石我が妹!」
怒涛の勢いである。
国王の執務室にいた侍女達は、イラクサを集めよという国王の命令に大きく頷いてその命令を国中に伝えるために部屋を辞し、騎士達は王妹の号令のもとに、騒ぎ立てる大司教をまるで引っ立てるかのように連れ出していった。
そういう訳で、エリザ妃の元に、国中のイラクサが集められる運びとなったのである。
決して無理はしないようにと愛を込めてささやく国王と、そんな彼に対して可憐にかんばせを薄紅に染めて頷くエリザ妃の姿に、誰もが「なんてお似合いのおふたりなのか」とうっとりと目を細め、王妹は満足げにうんうんと頷いていた。
そして、今回の件において、結果的に立役者となったその王妹は、なんと、エリザ妃の手伝いをすると言い出したのである。
「私の勘違いでエリザお義姉様にお辛い思いをさせてしまったんだもの。私にできることならなんでもするわ!」
だから自分はどう手伝えばいいのかとシズシラに王妹は詰め寄ってきた。
シズシラはヨルと顔を見合わせた。
前提の条件として、エリザ妃が言葉を封じたまま編み上げたイラクサの鎖帷子を着ることで、白鳥の兄王子達は元の姿に戻ることができる。
ここで重要なのは、編み手がエリザ妃であるという点だ。
白鳥の兄王子達にもっとも近しい血を持つエリザ妃が、人間の証としての言語を、自身のまことの愛とともにイラクサに編み込むからこそ、兄王子達は元の姿に戻れるのだ。
血のつながりのない赤の他人が鎖帷子を編んだとしても意味はない。
だが、しかし。
「身体の部分はエリザ妃が編まなくちゃ意味がないけど、袖の部分はそうでもないんじゃないかしら」
「ああ、なるほど。袖だけならエリザ妃以外が編んでもなんとかなるだろうね」
うんうん、とシズシラとヨルは頷き合った。
身体の部分は必ずエリザ妃の手によるものでなければならないが、そこから繋がる袖の部分だけであれば、他人の手が介在しても、『人間』という概念は込められ、理論上は王子達を元に戻すにあたって何も問題ないはずだ。
そういうことなら、と、王妹はさっそくエリザ妃の部屋に押しかけて、彼女に教わりながら袖部分を編み始め、ついでにシズシラも同様に袖部分を編むことになった。
血赤珊瑚の長たるライラシラ・リューは、『エリザ妃に助力を』と言っていた。
ならばシズシラにできる助力なんて、たった一つしかなかったのである。
国王が国中からイラクサを集め、ヨルがふにふにながらも丈夫な肉球でそのイラクサを踏み締めて柔らかくし、エリザ妃が言葉を封じたままその柔らかくなったイラクサで鎖帷子の体幹部分を編み、シズシラと王妹が袖部分を編んで体幹部分にその袖を縫い付ける、という構図が完成した。
そして、三日が経過した。