【4】
こちらの王妹殿下、どうあってもエリザ妃を魔女に仕立て上げたいようだ。
そりゃ確かに夜な夜なよりにもよって棘だらけのイラクサで鎖帷子を編み続ける義姉なんて、兄がだまされているのではと思っても仕方がないほど怪しいが、そこにはちゃんと理由があるというのに。
エリザ妃の十一人の王子を救うため、という、とても尊い理由が。
けれど王妹にはもうそこから信じられない話であるらしい。
まあごもっともではある。
十一羽の白鳥なんてどこにいるのよ、と、問われれば、そこまで調べていないシズシラには「解りません……」としか答えようがないのだから。
「と・に・か・く! あの女を即刻連れて行ってちょうだい! これ以上お兄様のそばになんて置いておけないわ。もし、もしもお兄様に何かあったら、あなた、責任取ってくださるの!?」
「エリザ妃殿下には国王陛下を害するようなお気持ちはお持ちでないはずで……」
「あの鎖帷子が完成するまでの間だけかもしれないでしょう!?」
どうしよう。シズシラは途方に暮れた。
この王妹殿下、本当に取り付く島がない。
周囲に控えている侍女や騎士にとっては、半ば暴走している王妹のその様子はいつものものであり慣れているのか、「またウチのお姫様がイノシシになっていらっしゃるなぁ……」と生あたたかい視線を向けてくる。
ついでに、シズシラがリュー一族の生まれであることも当然彼らは理解しており「ウチのお姫様がすみません……」という視線も感じる。
いやそう思うなら少しくらいフォローしてくれてもいいのではないかと思うのはシズシラのわがままだろうか。
とりあえずこの王妹殿下、言葉はきつく思い込みは激しいが、悪い人間ではなさそうだ。
周囲の人々に愛されているのが伝わってくる。
だとしたらやはり話が通じるのでは、と、助言を求めて、すっかり沈黙を選んでシズシラの膝の上で丸くなっているヨルを見下ろすと、彼はくわあと大きなあくびをしてから、よいしょ、と、テーブルの上へと移動した。
「王妹殿下」
「っ猫がしゃべ……っ!?」
「イラクサを編む妃がいるのだから、人語を解する猫だっているさ。それより、なんだって君はそこまでエリザ妃を敵視するんだい? イラクサで鎖帷子を編むなんて、ただちょっと変わった趣味程度のことじゃないか」
いやそれはどうだろうかとシズシラは思った。
毛糸でマフラーを編む行為のようなノリで、イラクサで鎖帷子を編む行為を同レベルにするのは少々どころでなく無理矢理すぎる気がしてならない。
ちょっとヨル、とそっと声をかけようとすると、それよりも先に、「だって」と王妹が声を震わせる。
「あんな怪しい女、お兄様にふさわしくないわ。お兄様はお若くして即位されて、それはそれは苦労なさってきたのよ。せめてご結婚くらいは最高に幸せなものであってほしかったのに、よりにもよって、連れてきたのが口の聞けない怪しい魔女だなんて、そんなの、そんなのあんまりじゃない。あの女が怪しければ怪しいほど、お兄様のご威光にだって影が差すわ。そんなこと、許せる訳ないでしょう!」
王妹のそのセリフの後半は、もう涙声になっていた。
彼女は彼女なりに、兄である国王のことを思い、だからこそエリザ妃のことを認めることも受け入れることもできずにいるのだろう。
なんだ。
この王妹殿下、傲慢なようでいて、やはり兄思いのいい子ではないか。
だからこそ事態が複雑化しているのは、もう皮肉としか言いようがない。
どう説明し、納得させるものかと頭を悩ませるシズシラを、ヨルがちらりと肩越しに見上げてくる。
任せて、と語る青と黄の双眸に、反射的に頷くと、彼は改めて王妹を見上げた。
「そもそも、どうしてエリザ妃が魔女だと? いくらやってる行為が怪しくても、黒髪でも赤目でもない彼女を魔女だと断定するには、相応の理由があるんじゃないのかな」
「それ、は、我が国の大司教様が、あの女は魔女に違いないっておっしゃったから……」
大司教、という単語に、シズシラはぎくりとした。
古くより魔女狩りを先導してきたのは教会だ。
今のところ教会とリュー一族は和平条約を結んでおり、平和な日々が約束されているが、その平和を面白く思わない、魔女や魔法使いの存在を許しがたく思っている教会側の人間は少なくはない。
その教会に属する大司教、この話の流れから察するに、おそらくはその『教会とリュー一族の和平を面白く思わない』側の人間なのだろう。
そんな大司教が関わっているとなると、話は更により複雑になってしまう。
なるほど、王妹がエリザ妃のことを魔女と断じているのは、その大司教の存在があり、周囲がそんな王妹のことを止められないのも、これまたその大司教の存在のせいといったところか。
これはそう簡単に解決できないのでは、と、内心で冷や汗をかくシズシラをよそに、ヨルは王妹に向かってこてりと首を傾げてみせる。
「へえ? じゃあ君自身が確かめた訳じゃないんだね?」
「そ、そうよ! でも、でも、怪しいことには変わりないでしょう!?」
「まあそうだね。じゃあ、僕らの話を踏まえた上で、エリザ妃の真実を確かめに行こうじゃないか」
「「え?」」
はからずもシズシラと王妹の声が重なった。
思わず彼女と顔を見合わせると、王妹はハッと息を飲んでツンと顔を背けた。
意外と素直だけど素直になりきれないお姫様なんだなぁと思いつつヨルへと視線を向ければ、彼はテーブルから飛び降りて、くるりとこちらを振り返る。
「王妹殿下。エリザ妃の元へ案内してもらえるかな」
「なっなんで私があんな怪しい女のところへなんか……!」
「ああそうか、そりゃ怖いよね。解ったよ、じゃあ僕とシズシラだけで、他の人に案内を……」
「怖くなんてないわよ! ついてきなさい!!」
ヨルに皆まで言わせず、王妹は肩を怒らせて応接室の扉へと向かう。
おやおや、と肩をすくめるヨルと、そんなヨルを呆れ混じりに見つめるシズシラに、王妹は「早く来なさい!」と怒鳴りつけ、扉を大きく開け放して出て行ってしまう。
こうなればもうヨルの目論見通り、彼女についていく他はなく、シズシラはヨルとともに王妹の後に続いた。
エリザ妃は普段は、国王が彼女のために用意した、彼女が国王と出会うきっかけになった洞穴にそっくりの造りの部屋で、せっせと鎖帷子を編んでいるのだそうだ。
「本当に気味が悪いったら。あんな真似をするのは、魔女以外の何者でもないわ。私がお兄様を守らなきゃ」
廊下を歩きながら、決意と覚悟が込められた声音で王妹は言った。
シズシラはそのセリフに彼女の兄への愛情があるのが解るがゆえに答えることはできず、ヨルは元より興味がないのか「ふぅん」と気のない、短い返事をするだけだった。