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【4】

私の胸の中にはターリア姫がいるんですけど!? とか突っ込める雰囲気ではない。

少年の中ではうまいことターリアを自らに引き寄せてついでにシズシラを斬り捨てる算段がついているのだろう。


ターリアを突き飛ばして逃げることもできずにおろおろと困り果てるシズシラは、そのまま少年の剣の露となる――……。


「こっちはこっちで随分思い込みの激しい王子だね」

「うわっ!?」


ことは、なく。


シズシラのとなりから飛び出したヨルが、少年の顔に飛びかかり、ついでにバリリと鋭い爪を立てる。

情けない悲鳴を上げることはなかったものの、慌てて剣を取り落とす少年の頭を宙返りでトンッと蹴り付けて、ヨルは華麗に着地した。


「アンドルの王子。よく状況を見てごらん。君がご執心らしい姫君のあの顔、呪いをかけた魔女に向けるものなのかな?」

「っ!」


顔をひっかかれた痛みで涙をにじませる少年は、ヨルにそこまで言われてからようやく冷静にターリアと、彼女が身を寄せているシズシラの雰囲気に気付いたらしい。

あ、と、唇をわななかせた少年――アンドルの王子は、顔を赤らめてターリアを見つめる。


「ひ、姫、俺は……」

「あなた嫌い」


容赦のない断言である。

シズシラは王子の背景にぴしゃーんと雷が落ちるのが見えたような気がした。


ヨルは「まあそうなるだろうね」と頷いている。

いやそんなことは、と、シズシラがフォローを入れるよりも先に、ターリアは身を乗り出して王子をにらみ付ける。


「わたくしの愛しいシズシラお姉様に剣を向けるなんて! 信じられないわ、絶対赦さなくてよ!」

「姫……そんな……!」

「シズシラお姉様、大丈夫ですか? ご安心なさって、お姉さまのことはわたくしが守りますわ」

「ええええええええ……」


王子に向けていた冷ややかなまなざしから一転、とろけるような熱をはらむまなざしを一身に向けられて、シズシラは遠い目をしたくなった。


これで相手が同年代の異性だったら流石に少しばかりはどきん! とときめいたかもしれないが、実際は自分とは比べ物にならないくらいに美しい、儚げな歳下の美少女である。

いやむしろ私の方があなた様を守らなくてはいけない立場なんですが、とツッコミを入れたくても、初めての恋……そう、おそらくは恋と呼ぶにふさわしい感情に心を躍らせているターリアの耳には届かないであろう。

恋は盲目とはよく言ったものだが、目ばかりではなく耳すらも塞いでしまうのが恋というものらしい。


ターリアの目覚めとともに覚醒した城中の者達が、そろそろこの塔の最上階の部屋へとやってくる頃合いだろう。


〝茨姫〟は無事目覚めたことであるし、これ以上面倒なことになる前に退散した方が身のためであると見た。


うっとりと再び身を寄せてくるターリアをやんわりと引き剥がしつつ、いつのまにかすぐとなりにまで戻ってきたヨルに目配せを送る。

ヨルもシズシラと同様の考えであり、ついでになぜかターリアのことがやけに気に食わないらしく彼らしくもなく苛立っているようなので、シズシラはこのままヨルとともに窓から箒で逃げようと異次元鞄に手を伸ばす。


その瞬間、バチコーン!! と、シズシラの顔面に、何かが叩きつけられた。

痛みよりも驚きで声を失ったシズシラは、顔に叩きつけられてそのまま床に落ちたそれを反射的にひょいと持ち上げる。

「あ」とヨルが若干慌てたように声を上げたが、気付くことなくそれを目の前まで持ち上げたシズシラは、なるほどこれは、と頷いた。


「なんで手袋?」

「決闘だ!」

「えっ」


若干涙目になっている歳若き王子が、その手に着けていた手袋をはずしてシズシラに叩き付けたのだ。

顔を真っ赤にしてにらみ付けてくる王子の姿は、まだ拭い切れない幼さも相まって、怖いというよりもかわいらしいという印象を見る者に抱かせるが、そのセリフは極めて物騒である。


決闘とはどういうことだ。

戸惑うシズシラに、王子はびしぃっ! と人差し指を突きつける。


「ターリア姫をかけて決闘だ、魔女め! 俺の手袋を拾ったのだから、その覚悟はあってのことだろう!?」

「えっうそ! そんなつもりじゃ……!」

「いや、そんなつもりでなくてもこれはシズシラが悪い。王侯貴族が手袋を叩き付けてくる理由なんて決闘の申し込み以外ありえないでしょ。ほんとそういうとこだよ、君」

「だ、だって……っ!」


味方になってくれるかと思いきや非情な現実を改めて示してくれるヨルに、シズシラは震え上がった。


決闘だなんてそんな。

本当にまったく自慢にはならないが、シズシラが落ちこぼれと呼ばれる理由には魔法ばかりではなく、いわゆる武術のたぐいも含まれる。

運動神経が切れているのではないかと、リュー一族では〝脳筋〟と影にささやかれているとある長老に呆れられたのはそう昔の話ではない。


そんなシズシラが、王子が求めるような決闘に臨めるかなど、考えるまでもない。

これはもしかして下手したら死ぬのでは、と顔を青ざめさせるシズシラに気付かないまま、ターリアは花のかんばせをほころばせ、シズシラの手をそっと自らの両手で包み込んだ。


「わたくしを巡って決闘だなんて……! シズシラお姉様、わたくしはお姉様の勝利を信じておりますわ。あんな小童、こてんぱんにしてさしあげてくださいまし」

「こ、こわっぱ!?」

「あなたなんて小童で十分ですわ、この礼儀知らず」


ターリアからの評価にがーん! と打ちひしがれる王子は、涙目でシズシラをにらみ付けてくる。

ターリアは期待のこもった熱いまなざしを向けてくる。


シズシラは悟った。

王子との決闘が逃れることができないものであり、そして、その決闘が、勝っても負けてもシズシラにとっては非常に都合の悪いものになることになるに違いないと。


足元でヨルが溜息を吐いているのがその予感を確信へと変え、そしてその確信が誤りではないことを、この後謁見することになった、ターリアとともに眠りについていたこのリニーユッセの国王夫妻との対話でシズシラは知ることになる。


アンドルの王子とともに賓客として扱われることになったシズシラは、国王夫妻になんと謝罪される運びとなったのである。

尊き身分にある者はそう簡単に他者に頭を下げるべきではないというのに、国王夫妻は深々と頭を下げ、要約すれば「ウチの娘が申し訳ない」という旨のことを切々と伝えてきた。


「思えば昔から思い込みの激しい娘で……」と遠い目になる国王と、そのとなりで「あと、いわゆる典型的なロマンスも大好きな娘でして……」と苦笑する王妃に向かって、シズシラが何を言えたというのだろう。


国王夫妻は、シズシラに、決闘においてうまいことアンドルの王子に負けてくれないか、と提案してきた。

えっ死ねってことですか? と顔を引きつらせるシズシラに、「なんかこう、とりあえず『参った!』という感じで、うま~いことアンドルの王子を勝利させれば、ターリアも魔女殿のことを諦めるだろう」とのことである。


なるほど、理にかなった提案だとシズシラも理解せざるを得なかった。

納得できるかと言われれば微妙なところだが。だ

ってうま~いことやり損ねたらそのままお陀仏なのだから。


なんでこんなことに、と涙するシズシラをフォローしてくれる者は、悲しいことに誰もいなかった。

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