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【2】

門番から城内の衛兵へ、そして騎士へと、シズシラを連行……そう、連行としか言えない勢いで運ぶ面々は、誰もがとんでもなく嬉しそう、というか、なんとも安堵しているように見えてならない。


えっなに、まって、なにこの勢い!? と慌てても、シズシラを連行する勢いは止まらない。

足元をヨルがトトトトと急ぎ足でついてきてくれているのが唯一の救いだった。


彼がしでかしてくれた問題を鑑みるに、てっきり敵意満々で罪人扱いされるに違いない。

そう確信し、それ相応の覚悟をしていたのだが、これはなんだ。

なんだかものすごく歓迎されている気がするのは気のせいではない。


王城の中を連行されるかたわらで、王城勤めのその他の衛兵や侍女や騎士、なんなら重臣であるのだろうかなりの身分にあると思われる貴族達もが、喜びむせび泣き、シズシラに向かって両手を合わせて拝んでくる。

シズシラは魔女であって崇め奉られる聖女ではないのだが。


そのままいよいよこの王城でもっとも重きを置かれるべき部屋、すなわち謁見の間へと続くそれは豪奢な造りの大きな扉の前へと案内されていた。

気付けば左右どころか前後もがっちり騎士に包囲されていてどこにも逃げ場がない。


あ、あれ? となんだか色々とおかしいことに気付きつつあるシズシラがきょろきょろと周囲を見回しても、誰も目を合わせてくれない。

ただものすごーくシズシラの来訪を喜び、そしてやはりものすごーく安堵しているらしいことが伝わってくるばかりである。


――な、なに、なんなの!?


そう内心で悲鳴を上げるシズシラの前の扉が、とうとう開かれる。

今までよりもより一層強く芳しい薔薇の香りが鼻をくすぐり、そして。


「僕は、僕はもうだめだ……彼女に嫌われてしまったら、僕は一体どうすれば……ああ、天の国の父が僕をお呼びなのかもしれない……!」

「陛下、お気を確かに。ようやくリュー一族の魔女殿がいらっしゃいましたよ!」

「そうですとも、まだ完全に振られたと決まった訳ではございません! まだ、まだチャンスはございます!」

「こら馬鹿、シッ! 振られたとか言うんじゃない!」

「ハッつい……! ああっ陛下、申し訳ございません、戻ってきてください!」

「ああ、父上が手を振っていらっしゃる……」

「陛下、諦めてはなりませんわ! ほら、まずは魔女様にご相談をなさってはいかがでしょうか?」

「だが、諦めの悪い男は嫌いだと彼女は……」

「それでそのまま諦められる想いではないのでしょう!? ほら、皆、陛下を応援するのです!」


頑張ってください陛下!

諦めたらそこで試合終了です陛下!

へーいか! へーいか! 我らがロズィエリスト国王へーいか!


大合唱である。

シズシラの周りをガッチリ固めていた騎士達も、涙ながらに玉座に座る青年に向かって声を張り上げて拳を突き上げている。


みんなげんきだなぁ……と最早それ以上の言葉が見つからずただ彼らを見守ることしかできないシズシラの赤い瞳を、玉座に座る、見るからに気落ちしている美しい青年の瞳が捉えた。

薔薇の意匠がほどこされた繊細な王冠が乗るこうべは、それこそしおれた薔薇のようにしょんぼりと垂れていたが、シズシラの姿を認めた彼は、ようやく気を取り直したように姿勢を正す。


たったそれだけで、おそらくは本来彼が持つ威厳を取り戻した青年は、ごほん、と、羞恥に顔を赤らめながら咳払いをした。


「失礼した、リュー一族が魔女殿。私こそがこのロズィエリストが国王である。此度の来訪、誠に感謝する」


朗々とした声音が宣言するとともに、彼の周囲で彼のことを散々なぐさめ励ましていた騎士や衛兵、侍女達が一斉にシズシラに向かって礼を取る。


あまりにも恐れ多くてびくびく縮こまるシズシラとは対照的に、足元のヨルはのんびりあくびを浮かべて極めてつまらなそうに青と黄の双眸を細めている。

そのただの猫にあるまじき優雅さで悠然とたたずむ大きな銀の猫の姿にも、ロズィエリストが国王たる青年は遅れ馳せながらにも気付いたのだろう。

ぱちりと瞳を瞬かせた彼は、がたりと玉座を立ち上がった。


「その銀の毛並み、青と黄の双眸……もしや、あの銀の魔法使い殿か!?」

「あ、気付いた? ご機嫌麗しく、王子……じゃなくて、今は国王陛下か」


にゃっと軽く片方の前足を挙げてみせるヨルの元に、玉座から立ち上がった王は長い上着のすそを引きずって勢いよく駆け寄ってくる。

尋常でない勢いだ。

事態がいまいち掴めずに慌てるシズシラをよそに、王はヨルの前に膝をつき、ヨルのもふもふの小さな手をきゅっと両手で握った。


「その説は大変お世話になった……! 改めて感謝申し上げる、銀の魔法使い殿」

「いやいや、それほどでもあるよ」


国王らしからぬ平身低頭ぶりで深く頭を下げる青年に対し、これまた猫らしからぬ尊大な態度で鷹揚に頷く銀の猫。

シズシラはますます自分の混乱が深まっていくのを感じ、「あのぉ」とそっと口を挟むことにした。王とヨルがこちらを見上げてくる。


ええと、とりあえず。


「あの、あなた様は国王陛下でいらっしゃる?」

「ああ、つい先日即位したばかりだ」

「では先日までは王子殿下でいらっしゃったと?」

「その通りだ」

「……この猫、もといヨルに、獣の姿に変えられたのでは?」

「それもその通りだが、私はまことの愛を得た。そのおかげで見ての通り人間の姿を取り戻し、先代王である母から譲位されたんだが……それが何か?」

「ええええええっと……?」


なんだか色々と聞いていた話と違うのではないだろうか。

えっだからどういうこと?


そう説明を求めてヨルを見下ろすと、彼はこちらを見上げ返してこてりと首を傾げ、にこりと確かに笑った。


「だから言ったでしょ? 僕は〝まっとうなる善意の魔法〟をほどこしただけなんだってば」


いっそ不遜にすら聞こえてくる得意げな響きをはらんで彼は言い切ってくれた。

これは怒っていいやつなのだろうか。

なんだか違う気がしてきた。

とは言え「流石ヨルね!」と褒め称えることもできずに、なんど微妙な表情を浮かべて戸惑うことしかできない。


そんなシズシラの様子が、先日即位したばかりであるという国王たる青年の目にも奇異に映ったのだろう。

長衣をひるがえして立ち上がった王は、「とりあえず」とその口を開いた。


「どうやら魔女殿には我が国の最新の状況が正しく伝わっていらっしゃらないようだ。説明を兼ねて、落ち着いて話せる場を設けようと思うのだが、いかがだろうか」

「……よろしくお願いいたします」


願ったり叶ったりの提案に、深く頭を下げる。

ゆったりと頷きを返してくれた王が周囲に目配せを送ると、心得たように騎士と侍女が動き、それぞれ王とシズシラを取り囲む。


「では行こうか」という王の誘いにより、シズシラとヨルはそのまま王の私的な応接室へと案内される運びとなった。


騎士に丁重に護衛され、しずしずと侍女にかしずかれる王の後ろ姿は凛々しく立派なもので、初っ端のあの悲嘆に暮れたなんとも情けない……もとい、なんとも涙を誘う姿を忘れてしまいそうになるが、たぶんアレは忘れてはならないものだろう。

この王様、王城勤めの皆さんにめっちゃなぐさめられて応援されてたなぁと改めてあの姿が思い返されるが、アレは忘れてはならない姿であるのと同時に、口外してはならない姿でもある気がしてならない。


今回シズシラが、というかリュー一族がこのロズィエリストに呼び立てられた原因が関係しているのだろうか。

てっきりヨルがしでかした問題、つまりは元王子で現国王である青年を醜い獣の姿へと変えた件について、青年の母である女王……いや今は〝元〟なのだろうが、その元女王陛下からの抗議を解決しなくてはならないとばかり思っていたのだが、はてさてこれはどうしたものか。


元より獣の姿から人間の姿に戻す高等魔法なんてシズシラには逆立ちしたって行使できない奇跡の御業だ。

元王子、現国王にかけられていた魔法は既に解けているのならば、ラッキー! と素直に喜べばいいのだろうか。

いやいや、話はそう簡単ではないのでは。


妙に嫌な予感が胸をよぎるシズシラは、その予感がなんたるかを掴むよりも先に、とうとう応接室へと到着してしまった。

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