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【7】

「いやああああっ! ブランシェ――――ッ!」


王妃の絹を引き裂くような悲鳴がこだまする。


「ブランシェ、ブランシェ、今行くわ、待っていて、あたくしが今……!」

「落ち着いてください、レディ、ここは私が……っ!」

「部外者は引っ込んでなさいこの小僧!」

「ああああどうしようやっちゃった、ブランシェ姫! って、きゃああああああっ!?」

「ブランシェ!?」

「「「「「「「姫さん!?」」」」」」」


ばしゃーん!! と再び泉の水面が荒立ったかと思うと、びしょぬれの美少女が、げっほごっほとむせ返りながら泉からそのまま這い上がってきた。


「よかった……! やっぱり林檎が喉に詰まっていただけだったんだわ」


そう安堵に息を吐くシズシラの発言が合図となり、ぬれぼそってもなお愛らしい少女を、王妃をはじめとしたその場の全員が泉から引き上げる。

こほ、こほ、と、未だにむせている少女、もといリヒルデ国が王女ブランシェ姫を、そのまま王妃は抱き締めた。


「ああ、ああ! ブランシェ、あたくしのいとしい娘……! 生き返ってくれたのね!」

「お、お継母様……? わ、私のこと、いとしい、って」

「ええそうよ、ブランシェ、あたくしのかわいい子、あたくしのいとしい子……!」


ぎゅうぎゅうとブランシェを抱き締めて歓喜の涙を流す王妃の背に、こわごわとブランシェの細腕が回される。

やがてその腕に力がこもり、すがるようになって、ブランシェは涙を流して「お継母様ぁ……!」と声を震わせた。


「ごめんなさい、ごめんなさいお継母様。私、私がいらない子だと思っていたんです。お父様が亡くなって、お継母様はお一人でご立派にこのリヒルデを治めていらして、でも私がいるからお継母様は女王にはなれなくてっ! お継母様が私のために私に厳しく接してくださっていたのは解っていました。でも、それじゃお継母様ばかりが悪者になって、お継母様はお幸せになれないと思って……! 私、私が、私さえいなかったら、きっとお継母様はっ」

「馬鹿!!」

「っ!」


ブランシェに皆まで言わせずに、王妃は柳眉をつり上げて、腕の中の娘に怒鳴りつけた。

そして王妃は、びくりと身体を震わせるブランシェを、ますます強く抱き締める。


「本当に馬鹿な娘。あたくしの幸せは、お前の幸せよ。あたくしが見つけたまことの愛はもう黄泉へと旅立ってしまったけれど、まだその証であるお前はここにいてくれる。たとえ血が繋がっていなくても、お前はあたくしのかわいい娘、お前こそがあたくしのまことの愛の証。お前がそんなにも悩んでいたことに気付けなかった愚かなあたくしを、どうか赦してちょうだい」


ぽろぽろと涙を流しながら最愛の娘を抱き締める母に、娘もまた涙を流しながら何度も頷き、「お継母様ぁ……!」とすがりついた。


感動的な光景に、ぐすっずずっと七人のドワーフ達が涙の浮かんだ目尻をぬぐったり、鼻をすすったりしている。

割と思い込みの激しい母娘の壮大なすれ違いに思い切り巻き込まれる形になったというのに、この光景に純粋に感動できるドワーフ達は本当に善人なのだろう。

シズシラもつられてついつい感涙しそうになるが、自分で拭う前に、飛びついてきたヨルに舐め取られてしまいそれは叶わなかった。


「人騒がせな母娘だね」

「あなたがそれを言っちゃだめだと思うわ……」


完全な他人事としてつぶやくヨルを抱き上げ直して溜息を吐くシズシラだったが、その視線の先、互いに愛情を確かめ合う母と娘に改めて近付く影がある。

この場に最初からいたものの、何故ここにいたのかまったく誰にも解らない例の美青年である。

彼は王妃とブランシェのそばにひざまずくと、優雅に完璧な一礼をしてみせた。


「私は隣国の王子です。リヒルデ国の姫君がこの黒き森に住んでいるといううわさを聞いてやってきたのですが……どうか、私の妻になっていただきたい」

「!!」

「なんですって!?」


ブランシェの雪のごとき白の肌が赤くなり、王妃の顔色もまたさっと朱で染まる。

前者は羞恥によるもの、後者は怒りによるものであるとは、誰の目にも明らかだ。


青年、もとい隣国の王子が差し出してきた手を、王妃がばちーん!! と思い切り跳ね除け、ブランシェを抱き締めたまま彼から距離を取る。


「あたくしのいとしい娘をそう簡単に嫁にできるとは思わないでちょうだい! 交換日記から始めるなら百億歩譲ってまだ許してさしあげてもよろしくてよ!」


譲歩しているようでまったく譲歩していない条件である。


「お継母様……!」と、王妃の腕の中でブランシェが今度は歓喜に頬を上気させる。

跳ね除けられた手をひらひらとひらめかせた王子は、気を悪くした様子もなく、それどころかなぜか嬉しげに頬をゆるめて立ち上がり、その確かな熱の宿る瞳をブランシェ――ではなく、彼女を抱き締める王妃へと向けた。


「申し訳ありません、王妃殿下。私が娶りたいのは、ブランシェ姫ではなく、王妃殿下。あなたです」

「えっ!?」

「!?!?」


再びブランシェと王妃の顔色が赤くなる。

理由は先程とは逆だ。

え、あ、と、うぶな乙女のように恥じらう王妃を、王子は熱っぽく見つめている。


そんな王妃と王子の間に立ち塞がる存在がいた。言うまでもなくブランシェである。


「だめ! だめです!! お継母様は、私だけのお継母様なの!! お継母様は、これから私と一緒に、リヒルデを立派に守っていくんだから――っ!」


絶対お継母様は譲りません宣言に、王子は「障害は大きいほど恋の炎は燃え盛るものですからね」と挑戦的に笑い、王妃は顔を赤らめつつも「ブランシェ……なんて立派になって……!」と感激し、ドワーフ達はやれやれなにはともあれよかったよかったと頷き合っている。


なんだかしっちゃかめっちゃかな状況ではあるが、『白雪姫を蘇生させてほしい』というドワーフからの依頼は達成できたと見ていいだろう。


シズシラは腕の中のヨルを見下ろした。

ヨルもシズシラを見上げていた。

こっくりと互いに同時に頷き合い、シズシラは異次元鞄から箒を取り出す。


なんやかんやと言い合っている貴人達を置き去りに、シズシラは箒に乗ってヨルとともに空へと飛び立った。

これ以上この場にいたらまた厄介ごとに巻き込まれるであろうことは目に見えていたからだ。


三十六計逃げるに如かず。

落ちこぼれの処世術のひとつである。


「まことの愛、かぁ」


空を駆るシズシラの耳に、王妃のセリフがよみがえる。

リヒルデの亡き王にそれを見つけたのだと言った王妃は、彼がいなくなっても、彼の娘であるブランシェもまた自身にとってのまことの愛であると言っていた。


「ねぇ、ヨル。まことの愛って、言葉や態度からだけじゃ証明できないものなのかもね」


シズシラの腕の中から、定位置である箒の柄の先に移動した銀の猫に話しかけても、返事はない。

ゆらりと揺れるばかりの立派なしっぽに、もう、とシズシラは溜息を吐いて、次の国へと向かうのだった。

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